そしてそれから、三日後の事です。執事から、ルア様の専属を希望しているメイドがいると連絡が入りました。


 ルアがおやすみになられたのを見届けた後、業務を終えたユウセイは執事と共にそのメイドに会いに行く事になりました。




「仕事は出来る方ですか」
「ああ。今回の新人メイド達の中ではトップクラスだ」
「……」
「ユウセイ。そんな怖い顔をするな。眉間の皺が取れなくなったら、ルア様が怖がるだろう」


 ルアの名前を聞いて皺を伸ばそうとするユウセイと共に歩き続け、執事の足がある部屋の前で止まりました。どうやらこの部屋にそのメイドがいるようです。



「先に来て待っているよう伝えておいた。第一印象は大きい。一緒に仕事が出来そうか、しっかり見極めてくれ」
「勿論です」


 うん、と頷いた執事の前に立ち、ユウセイがドアを開きます。すると声が聞こえていたのでしょうか。開けて姿を確認したと同時に、ドアを開けてすぐの所に立っていたメイドは、静かに一礼しました。



「――ルア様の専属の執事をしている、ユウセイだ」

 ユウセイの射るような視線と声に、メイドはまったく怯む様子も無く、上げた顔を彼に向けて微笑みます。柔らかな笑顔と綺麗な立ち姿から、入り立ての新人メイドとは思えぬ程しっかりとした貫禄が伝わってきました。第一印象は、合格です。先程よりも幾分眼力を弱めつつ、ユウセイはメイドへと話し始めます。


「これから、あんたにはいくつかの質問をさせてもらう。俺はあんたがすべての質問に答えた後、ルア様専属のメイドとして働いていけそうかを判断する。ただしルア様がお懐きにならなければここで俺が大丈夫と判断しようと別の所へ行ってもらう。それで構わないか」
「はい」
「では、まず名前を教えてもらおうか」



 予め執事に受け取っていた資料を見ながらのユウセイの質問に、メイドの口がゆっくりと開きました。


「メアリーと申します」
「――本名ではないな」
「はい。こちらへの専属を希望した際、メイド長の方からそう名乗るようにと与えられました」

「……何故偽名を使うんだ」
「ユウセイ。メイドにはメイドにふさわしい名前というのがあって、本名とは別にその名を名乗る時がある。ましてルア様は王子。王子専属のメイドとなるとよりその辺はしっかりしてくるのさ」


「……では、本名は」
「ミール=パインシー=サウザンドと申します」
「ルア様はまだ三歳に満たない。ふさわしい名前がどうこうと言う複雑な事は理解出来ないだろう。もし専属になった場合他の場所ではどうあれ、ルア様の前では本名で名乗ってもらうし、ルア様にもそう呼んでいただくと考えろ」
「はい。……? あの、つまり」

「もしなった場合と言っただけだ。まだ色々と質問しておきたい事はある。……すみません。長くなるかもしれませんので、後日報告としてもよろしいですか」
「いいや残っておくよ。私の事を気にする必要はない。君と一緒にルア様をお守り出来るかどうかしっかり見極めてもらわないとね」
「畏まりました。……では、次の質問だ」
「はい」


「ここ以外に、希望していた配属先はあったのか」
「いいえ」
「では言い方を変えよう。もしルア様に専属メイドが必要なかった場合、どこに配属を希望していた」
「……スティルルームメイドを希望していたと思われます」

「メイド長の補佐役か」
「はい。わたしはこの城に仕える様になる前、ある屋敷のメイドとして働いておりました。様々なメイドのお仕事を経験させていただいたので何処に配属されても大きな問題はないと思ってますが、お菓子を作るのがとても好きだったので」

「菓子を?」
「はい」
「……」




 そこでふと押し黙るユウセイ。何か失言でもしただろうかとメイドが表情を変えないまま頭の中で会話をリピートしていると、ややあって口を開きます。




「……ルア様は、王位継承権がほぼ剥奪されたも同然だ」
「はい。存じております」

「ルア様が、何か仕出かした訳じゃない。ルア様は、何も悪くない」
「はい」

「けれど、三歳のお誕生日をお迎えになった時、郊外の小さな城へと移り住むことになる」
「はい」


「……ナニーやナースの経験は?」
「ございません」

「故郷に、幼い兄弟や親戚の子供は?」
「……弟同然の子が一人おりますが、今のルア様よりは年も大きく、わたしが世話をした事はありません」

「もう一度言うがルア様は三歳で移り住まれる。……俺だけを連れて、二人だけで」
「……」

「同じ国の郊外とはいえ、全く知らない場所に違いはない。幼いルア様に掛かるストレスも、相当なものだろう」
「……」



「だから、専属として連れて行く者は、技量も勿論だが何よりもそれ以上に、ルア様を無条件に愛してくれる者でないと駄目だ」
「……はい」


「ルア様専属のメイドという事は、城からAの命令をされてもルア様にBのお願いをされれば、優先すべきはBとなる」
「ルア様を優先、はい」



「勿論大人になる為の躾は必要だが……ルア様の願いは、出来うる限り叶えて差し上げたい。だからこの城のメイドではなくルア様のメイドとして、何よりもルア様の事を一番に考えて接してもらわなくてはいけない」
「はい」



「……ナースやナニー以外に、やった事のない仕事はあるか」
「バター作りや授乳をするミルクメイドは経験ございません。それと家庭教師(ガヴァネス)、馬とハント関係の仕事にも就いた事はありません」
「……それだけか?」
「思いつく限りでは以上でございます。以前働いていた屋敷で屋敷内移動が多くほぼ雑役婦(オール・ワーク)として働いておりましたので」
「……雑用全般の掃除・裁縫(ハウス)だけじゃなく、接待・給仕(パーラー)料理手伝い(キッチン)皿洗い(スカラリー)洗濯(ランドリー)寝室関連(チェインバー)も出来ると?」
「はい。スティルルームも含め、すべて経験ございます」



「……雑役婦ではなく、ハウスキーパーではなかったのか?」
「仕事自体は殆ど変わらない量を担当させていただいてましたが、家政婦をするにはまだ若いと……それに、お恥ずかしい話ではありますが、人の上に立って指示を飛ばすのが苦手でございまして」


「……自分でやった方が早いと思うタイプか」
「そのせいか前に勤めていた屋敷では、わたしより後に入ったメイド達がまったく仕事が上達しなくなってしまったらしく……だから移動が多かったのかもしれないと」



「……そうか」
「すみません。無駄話をしてしまいました」

「いや、参考になった。……では、最後に一つ聞かせてくれ」
「はい」


「菓子作りが、好きだと言っていたな」
「はい」



 最後という事で気持ち背筋の伸びたメイドに、ユウセイは……ある意味、一番大事な事を尋ねました。



「バースデーケーキは、焼けるか」

「は……、! はいっ」


「別に特別大きくなくても、派手じゃなくてもいい。生クリームと苺の乗ったスポンジケーキか、バナナの乗ったチョコレートケーキ。……作れるか」
「勿論でございます。精一杯心を込めさせていただきます」

「ユウセイ。ルア様のケーキはコックが作ってくれると思うが」
「……来年からはそうもいかなくなりますので。……それと、もしも専属メイドとして就いてもらう場合、ルア様の使用人は俺とあんたの二人だけだ」
「はい」

「後々城下町の者達を雇う予定だが……それまで城で行われる仕事は二人で兼任することになる。かなりハードな仕事になるのは間違いない。雑役婦同然。スティルルームをメインに、とはいかない」
「はい」



 ユウセイはメイドをじっと見つめます。澄んだまっすぐな瞳に、躊躇や迷いは見受けられません。……ふっ、と、固かった彼の表情が笑みと共に解れました。




「こちらからの質問は以上だ。……何か聞きたい事は」
「……その、わたしはいつルア様にお会いすれば。あ、いえその前に、お会いしても良いのでしょうか」


「……ルア様は、毎日午後三時におやつを召し上がる」
「は、はい」
「……明日、何種類かお菓子を作って、午後三時にルア様の部屋に持ってきてくれ。ただしルア様はまだ二歳。好き嫌いは特にないがまだゼリーは食べさせられない。その事を考えて作ってくれ」
「! はい。畏まりました」


「頼むぞ。メイド長には、俺から話しておこう」
「あぁ、その必要はない。彼女は先程からドアの前で待っていてくれたから伝えておいた。明日の14時から15時半までは仕事を抜けてもいいそうだ」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」

「うん。では二人とも、そろそろ部屋に戻るといい。明日も早い。寝坊はしないように」
「はい。失礼いたします」
「失礼します」


 ぺこ、と頭を下げて退室するメイドの背中を見ながら、ユウセイはルアが彼女を気に入ってくれる事を願いました。




「(……誕生日当日の、いつ移動になるかも分からないからな)」


 毎年ルアとルカの誕生日パーティーは、ルカを重点的に祝うばかりでした。ルア様が郊外の城に移り住むとなると、下手をすれば、今年祝われるのはルカ様だけになるかもしれない。ユウセイはそう考えていたから、メイドにバースデーケーキが焼けるかを聞いておいたのです。




 一年に一回しかない誕生日を、たっぷりの愛情に包まれて迎えてほしい。


 けれど王子を一人にしてケーキを作る事は出来ないし、城下町でケーキを売る店がどこにあるのかも分からない以上、代わりにケーキを作ってくれる存在がとても重要だったのです。




「……彼女の腕前がどれ程か、しっかりチェックしないと」


 もし期待よりも下回っていたら、ルア様をキッチン前で捕まえてもらっておこう。いやそもそもルア様が懐けばの話だが……そんな事を考えているユウセイは、本当に、ルアに対して甘々でした。




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