そして次の日。約束通り午後三時におやつを持ってきたメイドでしたが、並べられたおやつを見てきらきらと目を輝かせるルアとは対照的に、ユウセイの顔には苦笑が浮かんでおりました。



「すごーい! おかしいっぱいー!」
「……作り過ぎだ」
「申し訳ありません。何がお好きかお聞きするのを忘れておりましたので、色々作らせていただきました」


 皿に並べられたプチカップケーキとプチガトーショコラ。新鮮なフルーツを乗せたタルトレット。カスタードたっぷりのプチシューとプチエクレア。すりおろした人参とほうれん草で作ったベジタブルクッキーとプレーンクッキー。そして、ミニカップの上に生クリームを乗せたプリン。

 種類ごとの数自体は少なくとも、全種類となると結構な量になります。少なくとも二歳の子のおやつには多すぎです。というより、たった90分でこれだけのお菓子を作れるものなのでしょうか? 特にプリンなんて30分ではけしてこうはならないだろうと思えるほどひえひえです。



「……まぁ、あんたの手際の良さはよく分かった」
「お褒めに与り光栄でございます」
「ゆうせー、だぁれ? はじめてー」
「王子。こちらが今朝話したメイドでございます」
「(? 王子?)初めましてルア様。メア……ミールと申します」


「みーる?」
「はい。ルア様のお誕生日に、ルア様やユウセイ様とご一緒に、小さなお城へ行きたいな〜と思っております」

「……いっしょ?」
「はい」

「……とーさまに、いけっていわれたの?」
「いいえ。ミールが一緒に行きたいな〜と思ったので、一緒に連れて行ってほしいな〜とお願いしに来たのです」



 椅子に座っているルアの前にしゃがんで、見上げるミール。

 そのミールをじっと、吸い込まれてしまうのではないかと思えるほど大きな瞳でじっと見つめるルア。


「……」
「……」

 ぺと、とルアがミールの頬に触れます。どこかおそるおそるな手つきに、ミールは何も言わず、笑うだけです。

 ぺとぺとぺと、むぎゅ、とミールのお顔で遊んだ後、ルアはにこーっと満面の笑みを浮かべました。


「みーるも、いっしょ!」
「! ありがとうございますルア様」

「ゆうちぇー、みーるも、いっしょ!」
「はい。良かったですね王子。……これであんたは、ルア様の専属メイドだ。ルア様のお誕生日にこの城を離れる事になる。ちゃんと準備をしておけよ」
「はい!」
「それと、ルア様の専属メイドは今のところあんただけだ……つまり郊外の城へと移ったら、扱いは家政婦同然となる」
「は、え?」

「家政婦と執事は殆ど同格……だから別に、俺に様付けはいらない」
「ぇ、え? いえ、そんな失礼な事は」
「一々俺の指示がなければ動けないようでは仕事が終わらない。自分で何でもやってしまう位が丁度いいんだ。あんたはそれに見合う力量も持っている。だから、俺を敬うのではなくそれはすべてルア様への忠誠に注いでくれ」
「……畏まりました。ではルア様のお誕生日に、この城を出た時に切り替えさせていただきます。この城にいる間は、ユウセイ様とお呼びしますね」
「あぁ、分かった」
「ゆーせ、おいしいー!」


 二人の大事な話が終わった頃。もぐもぐとプチカップケーキを食べていたルアが、にこにこと満面の笑みでユウセイに感想を述べました。その笑顔に、メイドの顔にもほっとした様な、嬉しそうな笑みが浮かびました。


「よかったですね王子」
「みーるも、たべるー?」
「あ、いえルア様。わたしはその、味見でお腹いっぱいでございます」
「いっぱい?」
「はい。お腹いっぱいでございます」
「じゃあ、ゆーせー、たべる?」
「ぇ、いえ、王子のおやつを俺がいただくなど」
「あげるーv」
「そ、その、王子」
「たべてー」


 お皿に乗っていたもう一つのプチカップをユウセイに渡すルア。その可愛さにうっかり流されそうになりながら、いやいや自分は執事でいくら王子があげると仰っても、と葛藤するユウセイに、メイドがこっそりと囁きます。


「あの、わたし、ルア様のバースデーケーキを任せていただいても……?」
「! あ、あぁそうか。でも王子がお気に召したのならそれで」
「ゆーじぇーも、たぶぇるー!」
「あ、はい、はい分かりました。分かりました王子。食べますから泣かないでくださいっ」
「たべるーv」

 受け取ってもらえない事にぶくーっと膨らませた顔を真っ赤にして涙を浮かばせるルアに、慌ててそのケーキを受け取るユウセイ。とすぐさま、にぱ、と嬉しそうに笑うルア。王子だから執事だからという前に、ユウセイがルアに甘々で、頭が上がらないのがよく分かります。


「い、いただきます」
「どーじょ」
「……! おいしい」
「お口にあって良かったです」

「ゆーしぇ、くっいーも」
「く、クッキーも、いただけるのですか」
「たべてー」
「で、では、いただきますね」
「えぅえぅ、ゆーしぇーと、おやつーv」

 蜂蜜のしっとりとふわふわが絶妙に織り交ざるプチカップケーキ、口の中でほろっと解けるのにさくさくなクッキー。どちらも、絶品。メイドの腕の良さをまざまざと理解させられる味でした。


「……合格だ」
「ありがとうございます。当日のバースデーケーキも、張り切って作らせていただきます」
「けーき?」
「王子。……今年のお誕生日ケーキは、どのようなものにいたしましょう」

「! あのね。いちごとー、ばななとー、ちょこ! ふわふわー!」
「今年は、チョコレートのケーキにいたしますか」
「しろいのもいるー!」
「白……ホワイトチョコですか?」
「いや、生クリームとチョコクリーム両方だと仰っている。それに苺とバナナが乗ったふわふわのスポンジケーキだ」
「なるほど」

「ちょこにはー、ちょこもー」
「スポンジはチョコ味が良いらしい」
「はい、スポンジは、チョコで……メモいたしました」
「ふあふわ〜!」
「スポンジはふわっふわがいいそうだ」
「ふわっふわ……砂糖菓子などは」
「まだ硬いだろうな。この位のクッキーならいけるだろうが」
「砂糖菓子×、クッキー○」

「あと、ディナーの準備は出来るか」
「でぃなーの……ディナーでございますか? それは、テーブルセッティングの事ですか? それとも、料理を作るという事でしょうか」


 メモを取っていた手を止めてユウセイを見るメイドに、ユウセイは料理が作れるかどうかを尋ねました。メイドはメイドとしての色々なお仕事はしてきたものの、コックの仕事はしたことがなかったので少し悩むように眉を寄せてこう返しました。


「街の定食屋で出しているメニュー程度でしたら一通り。ただ、ルア様のような目上の方にお出しする凝ったものをとなると、練習時間を頂きたいのですが」
「お子様ランチと聞いたら、何が浮かぶ」
「え、あ、ハンバーグですとか、エビフライやミニグラタン、たこの形に切ったウインナーや旗付きのケチャップライスなどでしょうか」
「エビフライ以外、作れるか。あと、盛り付けも」
「その位でしたら、全然問題なくお作り出来ます」
「なら、当日はそれも頼む」

「畏まりました。……あ、すみません。わたしそろそろ仕事に戻らないと」
「ああ。もう行っていい」
「ありがとうございます。それでは失礼いたします」


「みーる? ばいばい?」
「王子。彼女はまだ他のお仕事が残っているので、今日はバイバイです」
「ルア様。またお誕生日の日に、お会いしましょうね」
「ゆーせぇは?」
「俺は勿論ここにいます」
「ん〜……わかった。だっこ」


「わたしが、だっこでございますか?」
「みーる、だっこー!」
「……ふふっ。畏まりました」

 よいしょっ。しゃがんでルアを抱えて立ち上がったメイドは、そのままとことことベッドの周りを歩き回ります。きゃっきゃとミールの腕の中ではしゃぐルアは、ミールがそのままベッドへと降ろすともっとー! とせがみます。


「だっこー!」
「王子。俺がだっこさせていただきますから」
「ゆーしぇーが、だっこ?」
「はい。俺がだっこいたします」
「かちゃうるまは?」
「肩車も、させていただきます」
「かちゃうるまーv」

 きゃっきゃと肩車の事で頭がいっぱいになったルアの相手をしながら、ユウセイは後ろ手でメイドにさっさと手を振ります。それに気付いたメイドがさっと気配を消し、すすすーっと音もなく部屋を出て行きました。


「はっちーん!」
 ぶるーんぶるぶるーん! きゃっきゃっきゃっきゃ!

 身長の高いユウセイに肩車してもらったルアはとっても上機嫌で、ユウセイはそんな彼の気が済むまで、ずっと部屋の中を歩き回ります。ちなみに、残ったお菓子はプリンをディナーのデザートへと回し、残りはすべてユウセイが食べる事となったのでした。



 ルアとルカの誕生日まで、あと一週間ちょっとの事でした。










 そして、誕生日当日。
 城で盛大にルカの誕生日を祝っている頃、ルアはユウセイとメイドと一緒に汽車に乗っていました。

 ユウセイの予想していた通り、彼等は汽車の時間等の都合から、国王と王妃に祝いの言葉を貰った後すぐに……バースデーセレモニーの前に城を出る事を命じられたのです。


「ゆーちぇー、もーもー!」
「はい。牛がたくさんいますね」

「わんわんー!」
「はい。犬もいますね」

「めぇめぇ〜!」
「羊もたくさんおりますね」


 初めて乗った汽車と、窓の外に広がる未知の景色にキラキラと目を輝かせていたルアでしたが、はしゃぎ過ぎて疲れたのでしょう。隣に座っていたユウセイに凭れるようにして、すぅすぅとお昼寝タイムになりました。先程まで優しい声で対応しルアの頭をよしよしと撫でたユウセイでしたが……メイドの方へと向き直るその一秒にも満たない瞬間の中で、感情の70%位を消した無愛想な表情へと戻っていきました。


「駅に到着したら、まずは城下町の方達に挨拶をしなければならない。これから協力してもらい、世話になる方々だ。王子はともかく、俺達が無礼な態度を取る事は絶対にないようにしないとな」
「はい」
「それと城に着いたら、掃除から始めないとな……必要な家財一式を後日送ると言っているから、早目に済ませておかないと」
「その必要はございません」
「? 王子を埃まみれの部屋に住まわせる訳にはいかないだろう」
「いえそういう意味ではなく、もう終わらせております」
「……ん?」

 一人であれやこれや頭の中で整理していたユウセイでしたが、メイドのその言葉の不可解さにワンテンポ遅れて気付き返事をします。にこにこと人の良い笑みを浮かべるだけの彼女は、もう一度言い直すこともありません。なのでユウセイは彼女の言葉の意味を反芻し……もう一度、詳しい意味を聞こうと尋ねます。


「……終わらせているとは、どういうことだ?」
「これからルア様とわたし達が住む事になる古城の掃除と庭のお手入れでしたら、もう終わらせております。なので掃除は軽くはたきを掛ける程度で充分にございます」
「……どういうことだ。仕事を終えた後についでに寄って行けるような、気軽に往復出来る距離じゃない筈だ」
「はい。なので正確に言うとしたのではなく、していただきました」

「掃除をしてもらった? 誰に?」
「それは詳しくお答えしかねますが、わたしのプライベートな横の繋がりにございます」



 事情を説明したら快く引き受けてくださいました。ついでに、古城の見取図と城下町のショップマップも作っていただきました。

 にこにこと笑みを崩さずその城の見取図を出してくる彼女に、ユウセイはもしかしてこれはとんでもない当たりを引いたのでは? と内心……否、無意識に口元へ笑みを浮かべます。



「……いい、自己判断だ。おかげででかい仕事が一つ減った」
「あの城を出た瞬間からわたしはルア様専属のメイドでございます。……ビギナーではございますが、貴方の負担を減らす事がルア様の憂いを減らす事になる程度の事は、理解しているつもりです」


 まぁ今回のこれは、手腕ではなくコネクションでしたけど。

 古城一つ掃除して庭の手入れもしてくれて見取図とショップマップまで作ってくれるようなコネクションを、一介のメイドが持っている事はまずないのですが……それを対した事ではないようにさらっと言って微笑む彼女は、ところで、と一枚の紙をユウセイに差し出します。


「ユウセイ様、ではなくユウセイ。ルア様のディナーのデザインはこんな感じで宜しいでしょうか」
「ん……王子は最近隣国から輸入した玩具の乗り物に興味をお持ちだ。熊や兎より、汽車等の乗り物にデザイン出来るか」
「勿論可能でございます。では飛行機や船、自動車等も作らせていただきますね」
「ヒコーキに……ジドウシャ? それは、あの玩具のような感じか」
「? はい。あ、すみません。この国にはまだ乗り物としては普及しておりませんでしたね。では、船の形に作らせていただきます」
「あ、ああ……他国の出身なのか」
「はい。この国は緑豊かで、とてもよい国ですね。……それで、こちらがケーキのデザインなのですが」

 てきぱきと今度はバースデーケーキのデザインを描いた紙を取り出すメイドに、ユウセイは一筋の冷や汗を流して、その相談に応じます。



 別の国から来た事による、この国の思想に捕らわれない感性。てきぱきと何でもこなせる器用な技量と手腕に、それをけしてひけらかさない穏やかな物腰の器量。そして、「お願い」しただけで古城の掃除と庭の手入れに見取図とショップマップまで作ってもらえる一般人ではまず持つことの無い人徳とコネクション。

 味方に付けられればこれ以上などそうはいない『大当たり』。でも一度でも敵に回せば、最悪の『大外れ』となるのは必死。そんな彼女を味方として得られた自分達は、果たして運が良かったのか、否か。そこまで考えたユウセイは、ふ、と馬鹿な事を考えたなと自嘲の笑みを浮かべます。



 運は、いい。最高だ。それが自分のものか、この幼い主のものかは分からずとも……これからのルア様を支える人材として、最高の逸材を手に入れられたのだから。



「それでですね。バースデーケーキはサッカーボールをイメージして、生クリームとチョコクリームで表面のデザインをしていこうと思っているのですが」
「……あんたの気が、変わらないことを祈るよ」
「? 野球ボールにすると、チョコクリームの割合が減ると思うのですが」
「いいや。そうではなくて」
「?」


 たとえ彼女が自分達に秘密を隠し持っていても……ルア様への忠誠がブレないのなら、何の問題もない。



「あんたは王子専属のメイドだ……一緒に、王子を守ってくれ」
「! 勿論でございます!」

 ユウセイはそう結論付け、膝の上に乗せたルアの頭を優しく撫でながら、メイドとバースデーケーキのデザイン、そして向こうに着いてからの町民達への挨拶を相談しあうのでした。




 ルアの三歳のお誕生日。煙を上げて走る蒸気機関車の上には、彼のこれからの人性を祝福するかのように、どこまでも綺麗な澄み渡る空が広がっていたのでした。



―END―
千バト6にて販売したお試し本の蟹執事(仮)です。お試し本はユウセイとメイドが出会うまでを収録して販売し、ここに本文を載せる形にしました。
舞踏会?編等で載せていたのも含め大まかな設定をここでアップ。生まれた城からルアに付いてきてくれた使用人はユウセイとメイドの二人だけ。そしてメイドは元スティルルームメイド希望だった為他の小説も少し変更する必要が生まれる。メイドの正体は依然謎のままだけど、ユウセイが言っている様にルアへの忠誠心がブレないのなら何の問題もないのである。

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