【一つ目の願い】






 龍亞がノーガルドから魔法の石を貰って三週間後。つまりノーガルドが龍亞に過去の願いを叶えた者達の事を話してから、二週間が経った時。

 一つ目の願いを叶える時がやってきた。



「ノーガルドお願い。皆の病気を治してあげてっ。皆を元気にしてあげて!!」

 この一週間、ネオ童実野シティには新型インフルエンザが大流行していた。デュエルアカデミアでは学年閉鎖になる程の猛威を振るうそのインフルエンザの毒牙は、体の弱い龍可を襲い、他の仲間達にまで及んでしまっていた。その病気を治し、元気にしてくれという龍亞の願いに、しかし呼び出されたノーガルドは苦い顔で眉間に皺を寄せた。



『……』 
「の、ノーガルド? どうかしたの?」
『……あぁ、失礼。主、貴方様の仰る“皆”というのは、一体誰々の事なのですか。その願いはあまりにも抽象的過ぎますので、せめて治す人数をお教えください』
「え、あそっか。そうだよね。えっとね、まず龍可でしょ。それからジャックとクロウ、天兵とパティと……アキ姉ちゃんはどうだろ。あ、遊星とブルーノも大丈夫かな!? ごめんノーガルドちょっと待ってもらっていい?」
『……構いませんが……とりあえず五人と、増えても三人、という事ですね』

「うん。ボブは確か大丈夫だった筈。……もしもし、こんにちは。あの、アキ姉ちゃんは元気ですか? え、アキ姉ちゃんもインフルに!? わ、分かりました。お、お大事に、早く元気になってねってお伝えください」
『……これで、六人』
「うん。後は……もしもし、あ、ブルーノ? どう? ジャックとクロウの具合……そう。遊星とブルーノは平気? あ、そっかそれなら良かった。え? あぁオレも平気だよ。龍可はまだ治ってないけど……あ、遊星? うん分かってる。オレも気を付ける。それじゃあね!」



 電話を終えた龍亞は、ノーガルドへと向き直る。観念するように目を閉じたノーガルドは、今にもやれやれと言い出しそうな口を噤み、彼の言葉を待つ。



「ノーガルド、お願い! 龍可とジャックとクロウとアキ姉ちゃんと、天兵とパティの病気を治して、皆を元気にしてあげて!!」
『……その願いで、本当によろしいのですね?』
「当たり前だよ! だってこんな事、出来るとしたらノーガルドだけだし!!」
『……畏まりました。ご主人様』


 ルアのお願いに頭を下げたノーガルドは、龍可が眠っている寝室へと飛んでいく。荒い息を吐く龍可の体にそっと手を翳すと、彼女の体が明るい青緑の光に包まれる。すると苦しそうだった寝顔が穏やかな物へと変わり、息もどんどんと落ち着いていく。光が消えた後龍亞が頬に手を置いてみると、今まで熱に魘されていたのが夢だったかのように、平常時のものへと下がっていた。



「凄い! 治った!! ありがとうノーガルド!!」
『……まだ一人しか治しておりません。さ、主。残りの病気を治したい者達の所へ私を連れて行ってください。家の前まで案内していただければ、それで充分にございます故』
「うん! あ、けどオレ、アキ姉ちゃんの家知らないや。遊星達なら知ってるかな」
『……あぁ、あの赤い髪の娘の家でしたら、問題ございません。私が案内していただきたいのは、貴方様のご学友の家だけでございます』
「ごがくゆう……あ、天兵とパティの事? じゃあ最初は、その二人から行こうか」
『ええ。そうして頂けると、早く終わらせられます』
「分かった。よし、行こう。最初は天兵の家から」


 そう、マフラーとマスクをしっかり装着して家を飛び出す龍亞を追いながら、ノーガルドは静かに、龍亞に聞こえないようにして吐き捨てる。




『頭以外全滅ですか……まったく。端末の世話は、表のやるべき義務でしょうにねぇ』


 その言葉の真意を知る術は、龍亞に聞こえなかったので得る事は出来ず。そのまま闇の中へと消えていくのであった。












【二つ目の願い】




『んふふふ』
「何ノーガルド。機嫌良さそうだね」
『ええ。分かりますか』
「まぁね」


 一つ目の願いを叶えてから一週間後、インフルの脅威も去り久しぶりとなるデュエルアカデミアにて、ノーガルドは龍亞の二つ目の願いを叶えた。それはデュエルアカデミアの購買にて売られている期間限定ドローパン、黄金の玉子パンとハンバーグカレーパンに関する物だった。


 龍亞達の通うデュエルアカデミアは小等部から高等部までの生徒が同じ建物の中で勉強している為、昼休みの混雑は大変な事になる。一応ワゴンは三つ設けられているが、ドローパンの特性上隣のワゴンにあるかもしれないとなると最後はいつもごちゃ混ぜでごった返す。体の小さな龍亞では、中等部や高等部の生徒にはどうやったって叶わない。だから今日の昼休みもまた、高等部生徒の肘をもろに喰らって吹っ飛ばされてしまっていた。



「いってて……」
『大丈夫にございますか』
「あれ、ノーガルドどうして……あそっか。さっき無意識に擦れちゃったのかな」
『おや、お呼びされたわけではなかったのですね。てっきりあの人ごみを消してくれとでも言われると思っておりましたが』
「そ、そんな事恐ろしい事言うわけ………………」


 そこまで言ってふと押し黙った龍亞。何も言わずその先の言葉を待っているノーガルドに、小さく問う。



「誰かに聞かれたらヤダからテレパシーで伝えたいんだけど、出来る?」
『問題ございません』
「(……じゃあ、言うね。二つ目のお願い)」


 龍亞が言った二つ目の願い。その願いに、ノーガルドの唇が嬉しそうに上がる。



「(期間限定パンをお腹いっぱい食べたい。そしてオレがそれを買えるのが、当然だと思わせて)」
『畏まりました』

 そうしてノーガルドが魔法を発動させると、まるでモーゼが海を分かつかのように生徒達の波が二つに分かれる。その中の何人かの生徒達の手とワゴンの中から浮き出たパンを龍亞がすべて買い占めるまで、誰も何も言わず、まるで王の御前にいる従者達のごとく静かに、指一本動かさず待ち続けていた。そして龍亞が会計を済ませその場を後にしてから、まるで止まっていた時が動き出したかのごとくまたワゴンの前で取り合いを始めたのであった。





『私は嬉しいのでございます。主が自分の為にこの私に願いを仰った事が』
「あんな自分勝手な願いをしたのが、嬉しいの?」
『はい。まぁ少々規模は小さかったですがね。主が為に力を使えた事が、とても嬉しいのですよ』
「……パン、いっぱい買いすぎちゃったけどね」


 黄金の玉子パンは一つだけだったが、もう一つのハンバーグカレーパンは四つもあり、お腹いっぱい食べたいという願いもあって龍亞は計五つもの袋を買うことになった。黄金の玉子パンもハンバーグカレーパンもとっっっても美味しくて、願いを言ってよかったと心から思ったのだが……さすがに同じパンを三つ抱えるのはつらい。


「もう一個は自分用に取っといて、残りの二個は遊星達にあげようかな。龍可も食べるかな」
『……主は、お優しゅうございますね』
「え、そうかな? なんか照れちゃうな」
『……』
「それになんかね。オレが購買に行ってる間にさ、龍可が痣が反応したとか言ってたんだ。何かあったのかもしれないから、遊星達にも聞いてみようって」
『左様にございますか。……なら、私はその間静かにお待ちしております。私とその石の事は、けして話してはなりませんよ』
「うん勿論!」


 嬉しかったのも落ち着いたのかいつもの様子に戻ったノーガルドは、消える前に、主、と龍亞を見つめる。まるで言い聞かすように、噛んで含めるようにしてゆっくりと言う。



『三つ目の願い、楽しみにお待ちしております。先程のような、自分の為に使われる事をお勧めしますよ』
「あそっか。……もう後一個なのか」

 なんだか寂しいなぁ、と視線を地面へと向ける龍亞を見て、ノーガルドはふっと笑う。



『そう。あと一つ、何でも願いは叶えられるのです。今日の願いが小さかったと思われるなら、最後の一つこそ、大きな願いを。【今日世界が終わっても構わない】ような願いをするのだという事を。お忘れなきよう』


 失礼、と消えたノーガルドの言葉は、龍亞の耳の奥に、優しく儚い甘言として残ったのであった。


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