【素晴らしい願いとくだらない願い】





 龍亞が夢の中でノーガルドに出会い、魔法の石を貰ってから一週間が経過していた。が、しかし、願いはまだ一つも叶えられてはいなかった。【今日世界が終わっても構わない】ような願い等、そうそう思い付く物ではないのである。しかも叶えたい願いを思いついたとしても、ノーガルドに一言、


『それで本当によろしいのですか』

 と問われると、もうちょっと大きな願いを考えようかなと思い直してしまうのも、原因の一つに挙げられた。




「ねぇノーガルド。君はオレの願い事を叶える気はあるの?」
『勿論にございます』

 誰もいない男子トイレの個室の中で服越しに魔法の石を擦り、龍亞は半透明状で現われたノーガルドにじと目で問う。が、当のノーガルド本人は涼しい顔だ。
 ノーガルド曰く、自分の姿は魔法の石を持っている者、即ち龍亞にしか見る事は出来ないらしい。だから教室など人目のある所で会話をすれば周囲には龍亞が虚空を見上げて独り言をしているように見える為、二人の会話は基本人目も人気もない場所で交わされる。ちなみに今、彼の姿は初めて出会った時のような民族衣装ではなく、礼節な黒と白の執事の格好をしている。どうやら石の中にいる間色々と今の時代や世界の知識を吸収し、主である者と接するのだからこの格好の方が良さそうだと思ったらしい。が、その殊勝な考えも、主を前にアフタヌーンティーを頂いているようでは色々と台無しである。場所が男子トイレなので、輪を掛けて控えてほしい行動だ。



「……ねぇ、じゃあさ。君が今まで叶えてきた願いってどんなの? って聞くのは、お願いに入る?」
『……ふむ。その位でしたら、願いにカウントせず話させていただきましょう』

「え、いいの?」
『この話を参考にして貴方様が素晴らしい願いを仰ってくれるなら、安いコストにございます。……素晴らしかった願いとくだらない願い、どちらをお話しましょう』
「んーと、じゃあ先に、素晴らしかった願いってのを教えてよ」
『畏まりました。ではそうですねぇ』





 と、ここでチャイムが鳴り、龍亞は教室へと帰らなくてはならなくなったので、その願いの話は放課後まで引き伸ばされた。補習のレポートを書き上げなくてはならなくなり、一人放課後の教室に残っていた龍亞は、そこで呼び出したノーガルドの話に、静かに耳を傾ける。




『自分だけの王国を作りたい、という願いを叶えた事がありましたね』
「王国を?」
『ええ。今から丁度三千年程前、私はとある国の貧しい若者に拾われました』
「え、三千年前!? ノーガルドって、そんな昔から願いを叶え続けてるの!?」
『んふふ。いえいえもっともっと大昔からにございますよ。……さて、その若者は第一の願いに、願えばどんな食べ物でも出てくる壺を要求しました』

 望めば食べ物を無限に生み出せる壺は、割れない限り男に食料を与え続ける。だが壺の力で空腹を満たした男は、その壺の食料を誰にも与える事無く独占し、ノーガルドに第二の願いを言った。それこそ先程彼が言った、自分だけの王国……若者の住んでいるその国の王となり、贅の限りを尽くしたいという願いだった。



『その国はいわば昔のこの街のトップスとサテライトの様に、貧富の差が大変激しい格差社会でございました。なので壺の事で調子に乗ってさらに大きな願いを望んだのでしょう』
「で? で? その願いは叶えたの?」


『はい。その国の民全員に、その男を見れば無条件で素晴らしい国王だと思い込む魔法を掛けました。それにより本来の国王は追放され行方知れず。その家族も男の事を王だと思い込みましたので、国王が追放された事に対しておかしいと思う人間はおりませんでした』
「……そんな」


『元々追放された国王の時から大して変わりはしませんでしたが、男が国王に成り代わってその王宮は更なる堕落の道へと転がり落ちましたねぇ。政治経済など名前だけ。貧富の差はさらに広がるばかり……そして三つ目の願いとして、その男は永遠の不老、まぁいつまでも若々しい肉体で居続ける事を望みました。当然、その願いも叶えました』
「……その人は、今も生きているの?」


『いいえ。老いる事がないは、死なないという事にはなりません。私がその願いを叶えた後、他国の襲撃と民衆の大クーデターを受けて呆気なく死んでしまった様です。貴方様はまだ幼いので具体的に申し上げるのは控えますが……かなり、エグい殺され方をしたそうですよ』
「……」


『まぁ私がそれを知ったのは、眠りに着く前に偶々風の噂で聞いた事です。三つの願いを叶えた事でその男の傍にいる必要性が無くなっていた為、結末が曖昧なのはご容赦ください』
「……」




 口を噤み、何も言わなくなってしまった龍亞をノーガルドはふよふよと浮きながら見下ろし……暫くしてからまた口を開く。




『私が死ぬまで、毎晩私に絵本を読んで。という願いもありましたねぇ』
「……? え、絵本?」

『ええ。先程話した男よりも二千年程昔の事です。こことは異なる次元にいた時に、貴方様よりももっと幼い、一人の少女に拾われました』
「次元?」
『んふふ、少々SFチックなお話に感じますよね。まぁ小難しく考えずとも、五千年前にしてはとても文明が進んでいる国があった、とでも考えてくだされば結構です』


 ノーガルドを拾った少女は、そこそこお金のある屋敷に住む一人娘だった。体が弱く外で遊べない為、いつも屋敷でたくさんの絵本を読んでいた。彼女は絵本を読むのが好きでまた読んでもらうのも大好きだった為、第一の願い事としてそう望んだらしい。



『来る日も来る日も本を読み続けた為、童話にはとても詳しくなってしまいました。……最も、彼女の屋敷になかった絵本や童話については、まったく知らないのですがね』

 そして二つ目の願いは、病気を治して、お店で売っているケーキを食べたいというものだった。彼女はその時流行り病に罹っており、液体しか飲めない程衰弱していた。それを完治させ、彼女が一番お気に入りだという店で一番高いケーキと同じ値段の金を出した。



『そして三つ目の願いとして……彼女は、お母さんを助けてあげてと願いました』
「お母さんを助ける?」
『はい。さすがに詳細は昔過ぎて思い出せませんが、確かにそう言いました。彼女は最後の願いを、他人を助ける為に使ったのですよ。すべての願いを叶え終えた後、眠っている彼女の顔はとても綺麗でした。いばら姫や白雪姫も、会えるとしたらあのような感じなのかと思う位には』
「……ノーガルド」


『さて、少しは参考になりましたか』
「……うん! たった三つしかないんだもん。ちゃんと考えて使うよ!」
『それは何よりでございます。貴方様には自分に正直に、素晴らしい願いを申して頂かなければ、私も寝るに眠れませんからね』
「何その大袈裟な言い方。あ、やばいレポート仕上げなくちゃ、てかうわっ、外もう暗くなってる! どうしよう今日帰れないよー!!」
「……はぁ、まったくもう。こんな事だろうと思ったわ」



 ノーガルドの話を聞き終え、レポートを書き終えていないのに外がもうとっぷり日が暮れてしまった事に気付いた龍亞が、慌てた声を上げる。すると入口から入ってきた少女……龍亞の帰りが遅かったのでもう一回アカデミアへと足を運んでくれた龍可が、呆れたように声を掛ける。



「龍可!」
「ほら、とっととレポート終わらせるわよ。余所見してボーっとしてる暇があるんなら、とにかく書く書く!」
「よ、よそ見なんてしてないやい!!」
「はいはいお口はチャック。今晩は龍亞の好きなハンバーグなんだから」
「え、ホント? やったぁオレ頑張る!!」
「ならとっととレポートを完成させないとね」


 双子の兄妹の微笑ましいやり取りを見下ろしていたノーガルドは、ふふ、と楽しそうに笑みを浮かべ、すっと姿を消したのだった。龍亞にも聞こえぬ程、小さく何かを呟くようにして。



『本当に、良き願いを期待しておりますよ。あの時の……のような、くだらない願いなど叶えたくはありませんからね』



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