【初めまして】





 不思議なメールに応募してから二日後。龍亞は不思議な夢を見た。ネオ童実野シティではなく、日本でもない、どこかの外国。満天の星空の下、下から篝火に照らされている石畳の上に立っているパジャマ姿の自分は酷く不釣り合いで。こんな場所来た事も行った事もない筈なのに初めてだと思えないのは、どうしてなのだろう。



「How do you do?」
「っえ?」

 石畳の……否、石で作られた祭壇の上に立っていた龍亞に、突如何処からか声が聞こえてくる。ふと見れば先程まで誰もいなかった筈の場所に、一人の男が立っていて、こちらを見ている。暗くて見えにくいが、遠い篝火の光と周囲の闇の中で見える、自分や龍可によく似た色の髪と、遊星やクロウ、あるいはかつてのダークシグナーを思わせるような、青紫色のペインティング。以前図書館でナスカについて調べた時に見たような、現地の人達が着ているような服を着たその男は、もう一度龍亞に対して声を掛けてくる。



「How do you do?」
「え、あの、オレ」
「? Niza para encontrarsete。Nice te rencontrer。Nett, dich zu treffen。Nizza per incontrarti。初次见面……、あぁ成る程。今回は初めましてか。初めまして。ご機嫌麗しゅう」
「え? あ、ていうか日本語使えるの!?」


 なーんだ。突然外国語で話し掛けられるからビックリしたよ。そう、はぁ~と硬直していた体の力を抜く龍亞に、話し掛けた男はくすくすと笑みを浮かべる。



「失礼。日本人の手に渡った事が無かったものですから、色々な言語で挨拶をしてしまいました」
「渡った? お兄さん、旅人なの?」
「旅人……まぁ、近しい物には違いありませんね。長き眠りの合間に僅かばかり旅を楽しみ、人間の欲望から世界を見つめております」
「? なんか、変な人だね」
「……くす。残念ながら、私(わたくし)は人ではありません。なのでその感想は間違いにございますよ」
「え? 人じゃない? じゃ、じゃあ、! じゃあ、お化けとか!?」


 お化け、と自分で言って大層怯える龍亞に、男はくすくすと笑みを深くする。まるでとても、とても面白いおもちゃを見つけたように、嬉しそうに笑い続けるから、笑うな! と龍亞が怯えながらも怒る。



「失礼。そういえば、自己紹介がまだにございました。ではまず、ご応募ありがとうございます」
「へ? ご応募?」
「はい。数万にも上る候補の中で、貴方は見事私の独断と偏見による抽選にて選ばれました。よってここに、賞品の贈与をさせていただきます」
「しょ、賞品? 抽選? 何の事? オレそんなのに送った覚えないよ?」
「おや? それはおかしなお話で。貴方は確かに私の送ったメールにて、ご応募されておりますよ」
「メール? ……あ、まさかあの時のアレ、夢じゃなかったの?」
「おやおやこれは愉快な話。まさかあのメールを夢だと思っていたとは……ふふ、まぁ外れた者達ならば、夢だったと思っている方が都合は良いですがね」



 そう言って、男は右手をぐっと握った状態で龍亞の元へと歩み寄り、長い青緑の髪が背中を伝って地面に触れるのも構わず視線を合わせて跪くとその手を開く。美しい翡翠色に輝く肉球を連想させる形の石を、銀の紐で簡単に括っているペンダント。どうやらこれが、男の言う賞品らしい。

 顔のペインティング同様深い青紫の瞳で見つめながらお取りくださいと言う男に促され、龍亞はそのペンダントを手に取り、首から掛けてみる。少し紐が長いのかペンダントヘッドである石は丁度龍亞の心臓の上辺りに吊らされ、闇の中で淡くも綺麗な光を灯していた。



「メールにも書いていたと思いますが……夢だと思っていたのなら、初めからご説明いたしましょうか」
「う、うん。よろしくです」
「畏まりました。ではそうですね……貴方様は、アラビアン物語をご存知ですか」
「え、あ、アラビア? それって、絵本とかに載ってる、あのお話?」
「はい。その中に、擦った者の願いを何でも叶える魔法のランプのお話がございます。簡潔に言えばランプを擦る事で、その中に住んでいるランプの魔人が願いを叶えるというお話なのですが。平たく言ってしまえばこの石が魔法のランプで、ランプに住んでいる魔人が、この私めにございます」


「…………じゃあ、オレがこの石を擦ったら、お兄さんが願いを叶えてくれるって事?」
「その通りです。ただし、壊れぬ限り何度でも願いを叶えてくれるランプと違って、私が叶える願いは三つだけ、三つまでです。よって最初に申し上げておきますが、叶えられる願い事の数を増やしてくれという願いだけはお聞き出来ません。それをよく覚えておいてください」
「う、うん。……ん? じゃあ、他のお願い事なら、何でもいいって事?」

「はい。どんな大きな願いでも構いません。莫大なる富や栄誉を望むも良し、食べ切れない程の好物を望むも良し、今すぐ大人になりたいとか、他者が持たぬ不思議な能力を得たいと言う非科学的な願いも良し。望むままの願いを叶えましょう」
「え、本当!? お兄さんそんなお願いまで叶えられるの!? 凄い!!」



「ええ。ですから望む願いは、慎重にお考えください。今日世界が終わるとしても構わないと思えるような、大きな願い事をお考えください」

「うん分かった!! うわ~楽しみだなぁ。どんなお願いしよっかなぁ」



「――それと、もう一つ。その石の事は他の誰にもお教えしない方が賢明です。たとえそれが、どれほど信用するに値する人物でもです」
「え? 内緒にするって事?」
「はい。何度も申しておりますが、私が願いを叶えるのは三つのみ。貴方自身の願いでも他の者の願いでも、三つ叶えればそれでおしまい。勿論この石を無くしてしまい余所の手に渡って願いを叶えられてもおしまい。……折角手に入れた幸運を、他者に使われる事で手放したくは無いでしょう?」
「そ、そうだね。オレが貰った魔法の石なのに、それは勿体無いや」

「そうです。ですから、その石の事は誰にも内緒。そして肌身離さずお持ちする事です。……では暫くの間ですが、よろしくお願いしますね」
「うん。よろしく! あ、そういえば、お兄さんの名前って何て言うの?」
「名前……ふむ。それがないと、不便ですかね」
「え、名前ないの? あ、じゃあオレが付けてあげるよ! えーっと、ランプ君でいい?」
「……一応名前はありますので、少しお待ちいただけますか。日本人の発音に合わせておかないと、貴方も呼びにくいでしょうから」



 そう、宙に指先を走らせて何かを思案していた男は、ふむ、と一回頷き、龍亞へと向き直る。



「……お待たせ致しました。私の名は、ノーガルド。ノーガルド・デーと申します。気軽にノーガルドとでもお呼びください」
「分かった。オレは龍亞。よろしくねノーガルド」
「こちらこそよろしくお願いします。……ふふふ」



 こうして、龍亞とノーガルドとの奇妙な関係は、誰にも知られる事なく静かにスタートしたのであった。


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