貴方の行く末に、世界の行く末が繋がっている。貴方が進化を起こす時、世界もまた、絶望を砕く希望へと進化する。
 見届けてあげましょう。貴方様の引き起こす未来を。せいぜい、私と表を対立させるような結果にだけは、導かぬようお願いしますよ。

 ……んふふ。それではこれで、さようなら。二度とお会いしない事を願っております。貴方様の記憶にまた私が残らぬよう、淡白で味気ない善人の魂であり続けてくださいね。


 どうか、お元気で。そしてこれ以上、美味しそうな魂にならない事を。心の底からお祈り申し上げます――――








【そして世界はまた笑う】






「龍亞の馬鹿!! もう、どれだけ心配したと思ってるの!!」

 龍亞が目覚めた翌日の事。彼が入院している病室では、龍可が先程からずっとこの調子で怒り続けていた。時刻は朝の十時。どうやら今日は休日らしく、彼女の傍では同じく私服姿の天兵やボブ、パティ達もお見舞いにやってきていた。


「ま、まぁまぁ龍可。龍亞だって、好きで病気に罹った訳じゃないんだし」
「そ、そうそう。まさか十日間も寝込むほど酷くなってるなんて、思わなかったもんね」
「龍亞は黙ってなさい!」
「すみません……」

「でも、もうとっくに流行は終わったのに今更 インフルに罹る(、、、、、、、) なんてなー。これが風邪だったら夏風邪って言えるんだけど」
「似たようなものじゃない? 時期外れには違いないもの」
「ふ、二人とも酷いぞ! 今はもうほぼ完治してて、体ぴんぴんなんだからな!」
「昨日起きたばっかりの病み上がりが何言ってるの!!」
「ご、ごめんなさい」
「龍可落ち着いて。龍亞は一応病み上がりなんだから」
「ていうか、何でこんなに怒ってんの? 昨日はこんなんじゃなかったよね?」
「そりゃ昨日は、龍亞君が起きた事が嬉しくて頭いっぱいになってたもの」
「そうそう。で、一晩経って冷静になったら、心配し続けた怒りが、さ」
「天ちゃん」
「龍可。怒りは龍亞にね? とばっちりはごめんだよ」

「まぁ龍可や天兵達が 自力で治せて(、、、、、、) 、龍亞が十日間も寝込む程の重たい奴に罹ったって事はさ。そういうことだよな?」
「? 何がそういうことなんだよボブ」
「……あぁー成る程。今回の新型インフルは、馬鹿ほど重症になるインフルだったって事ね」
「そういうこと!」
「ボブ! 天兵!! 人がインフルで死に掛けてたってのに何だよそれはー!!」
「十日間心配掛けたんだから、この位言わせろよな」
「あ、それについては同感」
「この位の毒が強すぎるだろっての!! ぁ、めまいが」
「龍亞! もう、いいから大人しく寝ときなさい。……何だか私まで疲れちゃったじゃない」




 時期外れのインフルで重症になり十日間ずっと眠り続けて昨日起きたばかりの(、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、) 龍亞が眩暈を起こすと、それに慌てた龍可が龍亞をベッドへと沈ませシーツをぐいぐい押し付ける。苦しいって! とバタつく龍亞の主張も勿論無視だ。




 そうしていると、また別の見舞い客がやってくる。



「お。何だ何だ。お前らも来てたのか」
「クロウ!」
「アキさん」
「ジャック、ブルーノも!」
「あれ、遊星はー?」
「遊星は何か買いたいものがあるから先に行ってろってよ。で? どうだよ具合は」
「へへっ、もー元気元気! 元気が有り余りすぎちゃって困ってるよ! 早く退院して美味しいもの食べたいよ。何かおかゆとかしか出してくれないんだもん」
「当たり前でしょ。インフルエンザで寝込んで、十日間も点滴生活だったのよ? そんなすぐにいつもと同じ物を食べたら、胃腸がビックリしちゃうわよ」
「そうね。龍亞が元気だと思ってるだけで、まだまだ体はそうじゃないかもしれないもの。ゆっくり治していくに越した事はないわ」

「うむ。だが出来る限り早目に退院して欲しいところだな。この俺が願掛けとしてブルーアイズ・マウンテンを封印してやったからお前はちゃんと目を覚ましたのだ。通院でもいいから一秒でも早く快方へと向かわせろ」
「龍亞。頼むからあと一週間位は入院し続けてくれ。一週間後給料入るから。それまで勝負なんだよ」
「クロウ貴様、入院患者にもっと入院しておけとはどういう事だ!!」
「じっくりゆっくり治してくれって事だよ。不謹慎だけど、お前の願掛けには本当に心の底から感謝してる」
「確かに、今この願掛けを終えたら、今度は財布が重度のインフルエンザに罹りそうだもんね」
「貴様等言わせておけば言いたい放題言いおって」

「クロウ、ブルーノ大丈夫よ。龍亞は元気だって言ってるけど、病院側だってそれを鵜呑みにするほど馬鹿じゃないもの。十日間インフルエンザで寝込んだ分、機能が落ちてる臓器の様子を見ながらちゃんと精密検査して回復させるって。最低でも一週間はまだ入院よ」
「ぬぁ!?」

「えー! オレそれまでずっとおかゆなのー!? もうおかゆはいいよハンバーグとかカレーとかスパゲティナポリタン食べたいよー!!」
「我慢しなさい。退院したら、私がカレー作ってあげるから」
「え、本当? 約束だよ? 約束だからな!?」
「んじゃあオレ等からは、退院したらハンバーガー奢ってやるよ。ジャックの無駄な出費を抑えてくれたお礼も兼ねてな」
「あれは必要経費だと言っておろうが!!」
「一杯三千円なんて暴利な経費認められるか! インスタントコーヒーにコストダウンしやがれ!!」
「もー二人とも落ち着きなさい。病人の前で大声出さないの」
「あ、いいよアキ姉ちゃん。それを言ったら龍可だってさっき」
「ん?」
「…………ごめんなさい何でもないです」



「なーんか人いっぱいになってきたね」
「そうだなーそろそろオレ達は帰るか」
「え? 帰るの? だったら出口まで見送るよ」
「いいわよここで。歩いて眩暈を起こされたら大変だもの」
「眩暈? あー確かにまだ起きて一日目だもんな」
「うん。龍亞、無理はしないほうがいいよ」
「無理じゃないって! それに……トイレにも行きたいし」
「トイレならここを右に出て最初の角を左に曲がった所だ」
「詳しいなジャック」
「一度入院したからな。この程度で詳しい事にはならん」
「まぁでも、行くなら早めに行っておいた方がいいかもね。そろそろ点滴も終わりそうよ」
「分かった。じゃあ天兵、ボブ、パティ、見送ってやるから早く行こうぜ!」
「……トイレの前まででいいよ」
「うん。変に動き回って点滴の針抜けちゃったら大変だしな」
「えぇー大丈夫なのにー」
「気持ちだけ受け取っておくわね」
「俺等もついてかなくて平気か?」
「へーきへーき! 大丈夫だって!」



 さ、いこ! 天兵達と共に部屋を出た龍亞は、内心、少しの間とはいえやっと病室から出る事が出来た事を喜んでいた。他の皆にはけして言えないけれど昨日目が覚めてから今日に掛けてトイレに行きたくなっても絶対安静で、看護師さんに尿瓶とおまるでさせられちゃった為、またそれが来る前に自力でトイレに行っておきたいと思っていた為である。


 が、天兵達を見送りトイレの前までやってきた所で、龍亞はある事に気付いた。



「……点滴、入れられるかな」

 当然だが、点滴で繋がっているのに扉を閉める事など出来ない。前だけならまだしも後ろもしてしまいたいので、個室に入らないという事も出来ない。おまる嫌だ。絶対。ならば扉を開けたままするか点滴スタンドごとすべて個室内に入れてするしかないが……こんな時に限って唯一の車椅子用のトイレに先客が居るとか勘弁して欲しい。




「うぅ……とりあえず、何とかして個室に入れれば後はどうにか」
「龍亞?」
「え? あ!」


 点滴スタンドを持って狭いトイレの入口に傾けながら入れようとした龍亞に、誰かが声を掛けてくる。遊星! と嬉しそうに声をあげちゃった事で手の力が緩まり、スタンドの傾斜が急になったので慌てて持ち直す。というか遊星もすぐに駆け寄って支えてくれた。



「……トイレに入りたいのか」
「そう! 遊星ホントいい所に来てくれたよ」

 お願い手伝って。オレおまるでするのヤなんだよ!! と切羽詰った顔で頼られて、NOと言ったら遊星じゃない。とりあえず一緒に中に入り、龍亞を個室に入れ点滴パックを上に開いていたスペースで通るようにしてやり、自らは持ち上げたスタンド片手に閉じたドアの前で待ってあげる事にした。



「遊星ありがと〜。一時はどうなる事かと思ったよ〜」
「いいから早く済ませてしまえ。点滴が終わりそうだぞ」
「トイレに入った人をせっつくのは良くないよ〜」

 ドア越しにいつもの淡々とした声で話しながら、ふ、と遊星は嬉しそうに、安心したような顔を浮かべている。昨日までずっと眠り続けていたのが嘘の様に元気な龍亞を、十日以上前に見た記憶と照らし合わせ、新たに刻み記していくように。




 そしてそんな彼等の様子を、絶対にバレない場所からこっそり、覗き見ている者達がいた。




「なぁーんだ。もうあいつ超ぴんぴんしてるや。もうちょっと寝込んどけば良かったのにさ」
「俺には好都合だ。これでやっと、あの腑抜けもデュエルする気になったろうさ。スタンディングデュエル用の二足歩行タイプが未完成でなけりゃ、病院を襲撃してやっても良かったんだがな」
「デュエルをしない者達まで巻き込むのは良しとしない。が、まさかあの少年の存在がここまでシグナー達に影響を及ぼすとは思わなかったな」


 イリアステルの三皇帝、ルチアーノ、プラシド、ホセは柱の下に見える光の中で、トイレを済ませ遊星と共に病室へと帰っていく龍亞を見ている。ふと遊星が持っている袋の中に見えた、十日、いや十一日前に喧嘩の原因となったヨーグルトを見つけたことで、龍亞の顔が嬉しそうに明るくなる。これでやっと、仲直りのヨーグルトを渡せた事で遊星の顔もまた柔らかくなるのを見たルチアーノが、可笑しそうに言葉を続ける。



「不動遊星の場合はそれだけじゃないでしょ? たかがヨーグルト食っただけであんだけ怒るようなガキ、ぶっ倒れようがおっ死んじまおうが気にせず放っとけばいいのにさぁ! キェッハハハハハハ!!」
「まったくだ。あのガキが性質の悪い病気なんぞに罹った所為で、奴をゴーストで襲う事すら出来なかった。 まるで自分まで入院したかのように(、、、、、、、、、、、、、、、) 病院に入り浸り、決闘盤を持ち歩かねーほど腑抜るなんて思いもしなかったぜ」
「まぁね。僕もまた龍可からエンシェント・フェアリーを奪おうとしたけど、デュエルをする以前に生きているのすら危うい感じだったし」
「それだけではない。クロウ・ホーガン、ジャック・アトラス、この二人にゴーストを差し向けてデュエルさせても、一向にサーキットが描かれる事はなかった。そして十六夜アキは不動遊星に引き摺られるようにして心を窶していった……それらを踏まえて考えれば、あの少年が目覚めた事は我等にとっても吉報という事になろう」
「…………ちぇ、あいつが起きた事が吉報だなんて、絶対考えたくないけどな」


 尿瓶とおまるを持ってきていた看護師に叱られる龍亞を見下ろしながら、ルチアーノの吐き捨てたその言葉には同調出来る部分が多かった為か。プラシドも、自分でそう結論付けたホセも、それについて何も言う事はなかったのだった。






 今日世界が終わっても構わないような願いなど、思いつかない方がいいのかもしれない。


 貴方は貴方が思っている以上に、貴方の大切な人の世界に、大きな影響を与えているかもしれないのだから。






「いぃいいぃいいぃやぁあああぁああぁあだぁあああぁあああぁあああっ!!!!!!!!!!!」
「はーい大丈夫よ〜。昨日はちょっと新人の子が採血でヘマしたみたいだけど、私はベテランだからね〜」
「やだやだやだやだ注射嫌い〜〜〜!!!! ちくっとするのも抜かれるのも痛いから大嫌いぃいい〜〜〜〜!!!!!」

 病室に戻った龍亞は医者の診断を受けた後、二日続けて刺していた点滴針を抜きまた針を刺し直されることとなった為全力で拒否していた。



「往生際が悪いぞ龍亞。この位すぐに終わるであろう」
「そうそう。だからほら、大人しくしとけって」
「……龍亞、すまない」
「ちょっとの我慢だからね? だからごめんね!」
「うぁああああぁああああああ皆酷いよ〜〜〜!!! はなしてぇえむぐっ!!」
「もう龍亞、うるさい。少し静かにしときなさい」
「もがむげむぐぐぐぐっ」
「龍可。その、抑えすぎじゃないか」
「この位しとかないとすぐに振り切るわよ。遊星ももっと力入れて抑えて!!」
「……あの、今の内にお願いします」


 遊星、ジャック、クロウ、ブルーノによって四肢と胴体を押さえ込まれ、龍可によってうるさく喚いていた口を頭ごと塞がれた龍亞はそれでも必死に抵抗していたが、龍可はともかくやはり大の男四人の腕力には到底叶う筈も無く。その輪に加わる事を躊躇ったアキが新しく刺す用の点滴の準備をしていた看護師に促した事で、彼の運命は確定した。そして無事に点滴も繋がれ、苦笑しながら病室を出ようとした医師に、遊星がすみませんと声を掛ける。



「あの。彼はもう、ヨーグルトを食べても平気ですか」
「ヨーグルト? あぁ、その位なら大丈夫ですよ。でもあまり多くは食べさせないでくださいね」
「はい。ありがとうございます。良かったな龍亞……龍亞?」
「気絶したわ。まったく、いつまで経っても注射嫌いは治らないわね」

「……どうしようか」
「ここに冷蔵庫があるから、入れておけばいいんじゃない? 龍亞も気付くでしょ」
「……そうだな」
「……あるいは、起きるまで待っていればいいんじゃないかしら。遊星はワクチンを打ってるのよね。冷たい方が美味しいけど、今の龍亞には生温い位が丁度いいわよ」
「そうだな」
「……ふふふ」



 ヨーグルト片手に遊星と龍可がそんな会話をしている事も、その二人の浮かべる表情が安心したような、優しそうなものだという事も気絶した龍亞が気付く事は当然なく。いつもとは確かに違う筈なのに、いつも通りと思えるような平穏の時間の中。



 ネオ童実野シティに昇った太陽は、今日もゆるやかに快晴の空を滑るのだった。



―END―

くるくるくるくる、世界は回る。微笑むように。嘲笑うように。


ここまで読んでくださり、ありがとうございました!!

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