集いし渇望が、在りし日の約束を手繰り寄せる時。宿命呼びよせし戦いの風が、地上の星を空へと巻き上げる。

 悪魔よ啼け。王よ構えよ。時は来たれり。


 さぁ。嘘か真で塗り固められ覆った空を、一筋の
客星が流れ落ちん――――








JA:貴様へ決闘を申し込む。この様な場所でなく、本物のレーン上でのライディングデュエルをだ

JA:このジャック・アトラスとの勝負、受けないとは言わせん。逃げるなら貴様は偽者だ!!


 クロウとの決闘を終えて、ログアウトしようとした一瞬の隙を突いて申し込まれた挑戦状。オンライン上ではなくレーン上で。本物のライディングデュエルを、【あの】ジャックが申し込んできた。



「(……こ、こんなの、偽者、だよね?)」
『……』

 確認する様に尋ねるオレに、遊星は何かをじっと考える様に沈黙を貫く。あれだけ大胆に挑戦状を叩きつけたクロウの決闘を、本物のジャックがどこかで知り、観戦していたとしてもおかしくはない。けどあくまでその程度であって、本物だと言い切れる証拠等どこにもない。



「(……きっと、偽者だよ。もう切るね)」
『待て、龍亞』
「(え?)」
『本物である可能性は、0じゃない。確認してみたい』
「(確認って、ネット上はいくらでも嘘吐けるじゃん。どうやって見分けるの?)」
『今から幾つか質問をふっかける。本物ならすぐに答えられる筈だ。……頼む』
「(……あんまり時間掛けないでね。あと長い質問は止めてね)」
『分かった』

 きっと偽者なのに、律儀だなぁ、なんて。……ざわざわと胸の中を何度も行き来するあの時のミスティの言葉を思い出しながらコップのお茶を飲み干したオレは、渋々、本当に渋々だよ? 遊星の言う通りにキーボードを打ち始める。




yuusei:あなたが本物かどうか、確認させてほしい
yuusei:あなたがナスカに行った時出会った、ボマーの弟の名前は何


JA:マックス



「(合ってる?)」
『ああ……次だ』



yuusei:あなたがアーククレイドルで、三人で戦った相手は


JA:アポリアだ

JA:いつまで続ける気だ


「(……合ってる。あの時アポリアと戦った事、オレも龍可も誰にも言ってないのに)」
『龍亞。あと二つ、と打ってくれ。……決闘をする為の条件があると』



***



 寝室で一人、突き破らんばかりに鋭い双眸をもって、パソコンを凝視する男がいた。

 彼の名は、ジャック・アトラス。今現在、ライドAという世界最強のデュエルリーグに所属する覇者であり、王者。絶対的な力を以て君臨する、世界最強のプロ決闘者。



JA:俺は忙しい。そんな暇等作れん

yuusei:出来ないなら、本物とは信じない


 画面上に表示した自分の文章への返信に、歯噛みし、揺さぶられ、苛立ちのまま好機を逃さぬように握り締めた左手で自分の膝を叩く。だがそれでも、その少し上に表示されている相手からの要求を、素直に呑もうとは思えなかった。




yuusei:あと二つ、条件がある


yuusei:一つは、来月中に日本でなら、相手が出来る。今月は、出来ない
yuusei:そしてもう一つは、スターダストを貸してほしい



 ライディングデュエルにおいて最善で最高の選択を即時即決し自分のペースへと引き込む事を当然の行いとする彼を逡巡させる、二つの条件。大雑把だがジャックにとってほぼ選択肢の無い時間と場所の指定と、スターダストの貸与。


 スターダストを貸してほしい。yuuseiは遊星のデッキを使っているのだから、今ジャックが持っている世界に一枚しかないスターダストの貸与を求めるのは当然の流れだ。勢いのまま本物のライディングデュエルをと挑戦状を叩きつけた自分と違い、冷静に状況を把握して出された条件と言える。腹立たしい事この上ないが、こんな細かい所まで【彼】に似ているなんて……似ているなんて、思う自分に虫唾が走る。



JA:俺はシューティング・スターは持っておらん。シューティング・クェーサーもだ


yuusei:構わない
yuusei:スターダストがあればいい


JA:スターダストは、俺の生涯の親友にして好敵手のエースだ。デュエル後そのまま返すか分からん者に、簡単に貸与していいカードじゃない!!



yuusei:必ず返す。もうそれは、お前のカードだから


「っ!!」
 まるで、まるで死んだ【彼】自身に言われたかのような返信に、ジャックの脳が沸騰直前まで憤怒で満たされる。激情のままご破算となる言葉を打たない様に拳を作れた事は奇跡に等しい。先の二つの質問のチョイスに酷く心掻き乱されたものの、ジャックにとってyuuseiは未だ偽者の域を出てはいない。その相手に大切な親友の形見であるスターダストを貸す等、考えられなかったし、考える余地すら生みたくなかった。



 そして彼にとって、yuuseiの出した条件がより呑めないと思わせる最大の理由。



「……よりにもよって、奴の一周忌に決闘を強いるなど」

 実力あるプロは多忙が常。何時間か前にクロウへそう言った様に、最強の称号を欲しいままとする彼のスケジュールは三年先までみっちりだった。その中で彼が朝から日本にいられる日は、たった一日……遊星の一周忌だけだった。二ヶ月前にマーサから一周忌の日程メールを送られる前から、この日と前後の半日だけはけして他の予定を入れない様スケジュールを調整していた。それを、奴は知ってて?




 ヴーッ! ヴーッ!

 その時、電源を切っていなかった電話が着信を告げる。その相手を見たジャックは、静かに目を閉じ、その電話に出る。


『ジャック』
「なんだクロウ。慰めの言葉はやらんぞ」
『いらねーよ。いや、ちょっと聞きてぇんだけどな。今yuuseiに挑んでるJAって奴』
「……あとで掛け直せ」
『は? え、待てやっぱり』

 一方的に通信を切り、大きく深呼吸を一回。それにより、ジャックは再び王者の精神を取り戻す。



JA:いいだろう
JA:この俺自らの手で、貴様の敗北を奴への手向けにしてくれる!!



 王者が背を向ける事は許されない。キングと呼ばれる自身に必要なのは、逃走ではなく闘争なのだから。

 傍らに置いていた携帯が再び震え始めるのをたっぷり一分以上放置させつつ、ジャックのチャットはもう少しだけ続くのだった。






†††








 JA……ジャックとの通信を終えたオレは今度こそログアウトして電源を切り、深い、深いため息を吐いた。

 ジャックはyuusei……遊星の出した条件を呑み、文字だけでも分かる位激しい怒りを滲ませながらも冷静にこちらの条件を踏まえた日時を……遊星の一周忌が行われる日の、午後二時からと指定した。さっき確認した来月の一周忌の日程メールによると……墓参りが終わってからこっそり抜け出して向かう必要がありそうだ。食事は諦めよう。空港でおにぎりでも買っとけばいい。



「(で? 遊星。オレに何か言いたい事は?)」
『……すまない』

 後ろをけして振り向かずに聞くオレに、謝罪した遊星から本当に申し訳なく思ってる気持ちがビンビン伝わって来る。でもこの位言わせてもらわなきゃ、オレはただの都合のいい体の提供者になっちゃうんだから言わずにはいられない。




yuusei:こちらも一ヶ月で、スターダスト以外を準備する。あまりここには来れなくなるだろう

JA:待て。それではもし急な変更等があった場合、どう連絡を取るつもりだ。俺にクロウの様に公共電波で呼びかけろと言うのか


yuusei:あなたの仲間の一人に、協力を要請させてもらう

JA:仲間にだと? 一体誰に

yuusei:それはこの後、きっと分かる


 オレだよジャック。ただでさえクロウとの決闘で疲れてるってのに、この後何知らぬ顔で電話しないといけなくなったよジャック。
 まぁこれでオレは【あくまでyuuseiから依頼されてよく分からないままジャックの為に協力する事になった巻き込まれポジ】を手に入れた訳だけどさ……その決闘をする為の【準備】って奴の内容を遊星から聞いた時、オレ本当に耳を疑ったよ? 本気なのって思ったよ本気だろうけどさぁ!! それ実質すっごく大変なのオレだけだよねだってその準備の為に動くのはオレだもんねー!?




「(ミスティの占いって本当に当たるんだね。オレにも予定はあるんだよ? もうこっからの一ヶ月を考えるだけで憂鬱だよ)」
『……』

 頭の中の言葉以外も、生まれる感情を隠しもせず全部溢れさせれば、すべてお見通しの遊星の気配がどんどん小さくなっていく。ハァ、とため息と共にコキコキと肩を鳴らして……よし、と気持ちを切り替える。



「(さてと、じゃあまあ愚痴も言ってスッキリしたし、順番でも付けようか?)」
『……すまない、龍亞』
「(いいよもう。今まで忘れてたらしいけど、ジャックとの約束もあったんでしょ? それならちゃんと果たしてあげなきゃジャックが可哀想だよ)」
『お、俺は』
「(ん?)」
『……何でもない』
「(……勿論、遊星の為にも頑張りますよー)」



 絶対逃げ出したりしないって、約束したじゃん?

 薬指に嵌めた指輪を見ながら一回深呼吸して、携帯電話の電源を入れる。時間的には、そろそろ大丈夫だろう。




「もしもしジャック? 久しぶり。あのさ、ついさっきクロウと決闘してたyuuseiからメールが届いたんだけど、これホントなの?」

 電話の向こうで息を呑んだジャックにごめんねと内心で謝りながら、オレはあくまで【オレも戸惑ってるんですオーラ】の装備が外れない様に気を付けつつ話を続けるのだった。









 何度かの連絡の橋渡しの末、ジャックとの決闘のスタート地点であり集合場所は、ネオダイダロスブリッジの記念モニュメント真下に決まった。

 マスコミに漏洩すると面倒な事になるから誰にも他言するなとジャックには釘を刺され、面倒を掛ける事に詫びを入れられた。あのジャックに詫びを入れられるとは思ってなかったから凄く驚いたけど……とりあえず今度ご飯かプラクティスに誘ってよと茶化しておいた。たぶんご飯になると思う。その場合、最低二回はフルコースを御馳走にならないとね。







 そしてオレは遊星の望みを叶える為に、心も体も粉にしながら多忙を極める一ヶ月を送っていた。






「アキ姉ちゃん。お願いがあるんだ。遊星の着ていた服を、貸してほしいんだ」

 まず、個人的に一番の難関である、アキ姉ちゃんにそう頼みに行った。突然すぎるオレの頼みに当然アキ姉ちゃんは理由を尋ねてきたけど、オレはヤバかったりやましい事ではないけど真実を言えないから決闘で感じ取ってと返した。久しぶりに戦ったアキ姉ちゃんはオレがプロになってもやっぱり強くて、でもどうにかオレが勝って、無事遊星が着ていたライダースーツ一式を預かる事が出来た。


「強い、真っ直ぐな覚悟を感じたわ。どうやら、何か退っ引きならない事情があるみたいね」
「うん。突然ごめんね。絶対にちゃんと返すから」
「貴方は決闘で、私に大丈夫と思わせた。負けても悔しくない。けれど一つだけ……貴方の決闘から、遊星を強く感じたわ。……遊星は、貴方の中に生きているのね」
「……。それは、アキ姉ちゃんもでしょ?」

 一瞬遊星に憑依されてるのがバレたのかと思ったけど、違うみたいだった。一ヶ月後には返すからと約束をするオレを、少し赤くなった眼で信じてくれた。





「龍可。お願いがあるんだ。一ヶ月、遊星の決闘盤を貸してほしい」

 同じ様に、龍可にも遊星の決闘盤を貸してもらった。アキ姉ちゃんと違って龍可は深く聞こうとせず、代わりにじっとオレの目を見た。そしてミスティから、【オレの手助けをしてあげて】とメールが届いていた事を話した。


「でも勘違いしないでね。ミスティさんのメールが無くても、龍亞が困っているなら力を貸す気だったわよ」
「ありがとう、龍可」
「……こんなの、力を貸した内に入らないわ。他に何かないの?」
「うーん……じゃあ、もう一つ」

 連休を取る為にスケジュールを詰めていたから時間が取れなかったオレは、龍可に何枚かのカードを買いに行ってもらった。中にはオレがあまり使わないSpもあったけど、サイドデッキに入れようか検討すると説明し事無きを得た。





「遊星のD・ホイールを調整させてください。遊星の大切にしていたものだから、いつでも乗れる様にしておきたいんです」

 次にオレは日本のネオ童実野シティへと飛び、マーサのおばちゃんに頼んで遊星のD・ホイールをヘルメットごと預かった。この一ヶ月の間に連休を取れるのはここしか無いから、預かったD・ホイールは簡単に確認した後WRGPの時にもお世話になったボルガー&カンパニー社に託す事にした。


「もう一度遊星さんのD・ホイールを託していただけるなんて光栄です。遊星さんに胸を張って誇れる様、我が社の総力を挙げて取り掛からせていただきます」

 リックさんは交代した遊星によって出される細かい調整箇所も踏まえ、一年前には無かった新エンジンや最新技術も駆使して最高の決闘が出来る様に改良すると約束してくれたので……ついでにその際あらかた調整し終えた遊星の決闘盤も預け、さらに色々と細かい頼みもしておいた。






「クロウ、久しぶり」
「よお龍亞。アキやタクヤから聞いたぜ? 俺にはデッキを借りに来たんだろ?」
「……うん」

 そして最後に、オレはクロウに遊星のデッキを貸してもらいに行った。クロウは相変わらず遊星のデッキを【預かり物】として大事に保管していて、お前に貸すと又貸しになるんだよなと茶化してから真剣な顔になった。


「遊星と同じデッキを使っても、あいつになる事は出来ねぇ」
「うん」
「なのに俺はyuuseiと戦った時、遊星を感じ取った。いや遊星と戦っている、そう思っちまった」
「うん」
「ジャックはyuuseiと戦うのか」
「……」
「そうか。じゃあお前は差し詰め、その手伝いの為にパシらされてるって所か」
「……それは」
「言わなくていい。そういう事なら今晩、言葉じゃなくて決闘で納得させてみろ」


 あの決闘以降、走りたくてうずうずしちまってよ。そう言うクロウのプラクティスに参加し、オレに出来るすべてを出した。遊星が交代するか聞いてきたけど断った。クロウが見たいのは【オレの】覚悟なんだ。……結局、アキ姉ちゃんの時の様に勝つ事は出来なかったけど、



「強くなったな、龍亞」
「お前は俺達に何か隠してるみたいだが……絶対に譲れねぇ、その大事なもんの為に戦ってるってのが分かった。だから今回だけ、特別だぞ」
「! ありがとう、クロウ!!」
「そんかわりちゃんと返せよ。又貸しの借りパクなんてしたら10万人の観客の前で公開処刑だかんな」

 決闘を終えたクロウはけしてヘルメットを取ろうとせず、意地でもその下の顔を見せなかった。……だから茶化す事はせずありがとうとだけ言ったら、この馬鹿と震える声でヘッドロックを掛けられた。





 そしてついに、運命の日がやって来る。





***




 遊星の一周忌には一年前に葬式に駆け付けた顔ぶれが一人残らず集合しており、遺影に写った遊星に涙を滲ませる者や穏やかな笑みを浮かべられた者、様々な感情が整理出来ず複雑そうな表情の者もおり、死しても尚彼の残した絆の太さと、彼との思い出は色濃く残っていた。四十九日の時に来られず彼が納骨された墓にて長い間手を合わせる者もおり、また人数も多かった事から、お斎を出す店への送迎用バスは随分と長く待たされたという。





 その群の中からジャックはこっそり抜け出し、人気のない道を選びながら日本に運んでおいた自身のD・ホイールで約束の場所へと向かっていた。





『ジャック。止まって』
『……ここが、奴との待ち合わせ場所か』
『うん。ジャックもここで着替えていくといいよ』

 つい先程までの、共に抜け出した龍亞とのやり取りを思い出す。龍亞はyuuseiとの連絡の際信用の証として既に顔を見ているらしい。ネオダイダロスブリッジに上がる手前で降ろした桟橋は、何台かの小舟や積み荷、寂れた倉庫があった。倉庫の一つに入り着替えを済ませて出発する際、彼はもう一度ジャックの名を呼んだ。



『頑張って』
「……辛気臭い顔で声援を送るでないわ」

 何か言いたそうな顔だった。けれど言う事は出来ないと空気が語っていた。だから何も聞かず約束場所へと着き、腕を組んでその時を待った。すると時間を確認する為にあえて電源を付けたままにしていた携帯が着信してしまった。仕方が無いので、そのまま出る。



『この自分勝手キング! お前今何処、に』
「クロウ。俺は忙しい。食事は俺の分も勝手に食っておけ」
『……お前、何で着替えてんだ。龍亞もいねえし、まさかっ』
「ふん。そこまで分かっているなら言う必要もなかろう。そろそろ相手も来る」
『て、てんめーふざけんなよ!! よりにもよって今日決闘するたぁどういうつもりだっ!!』


 勘付いたクロウの怒声で電話の向こうが一気に騒がしくなる。どういうつもりかなんて、それはジャックも散々思った事なので涼しい顔だ。











 するとその時、海風に運ばれる様に、一台のエンジン音が耳へと届く。時刻は二分前。導かれる様に視線を向けて……彼の中の時が、表情と共に凍りついた。








「……きさま、は」

 ジャックの元へと到着した、見間違える筈の無い、赤いD・ホイール。ヘルメットのシールドを濃い色へ交換しており顔はよく窺えなかったが……赤いヘルメット、青のライダースーツに、茶色のグローブとブーツ……それは、そのD・ホイールから降りてこちらを見る、その姿は。




「久しぶりだな。ジャック」
「っ!」
「約束だ。スターダストを」
「っ、っ――――ふざけるな!!」

 鼓膜を震わせる、忘れる筈のない【彼】の声も纏う空気も拒絶する様に、ジャックが吼える。【彼】の声が聞こえたらしい電話の向こう側も、しんと静まり返り……すぐさま、バタバタと慌ただしくなる。だが外野に気を取られている余裕など無い。そんなものもう、彼の耳には入っていない。



「この事か、貴様の言った準備というのはっ!! 貴様はどこまで俺と、遊星を侮辱すれば気が済む!!」
 所々に見える小さな傷や色落ちに、擦れたり切れたのを繕った跡……けして再現出来ない、生前の彼が使っていた【本物】。彼の、yuuseiの言った準備とは、【遊星として】ジャックと戦う準備!


「っ、どれだけ、どれだけ龍亞を、傷付けさせたと思っているっ!!」
 その為に仲間の一人である龍亞に協力させ、複製品ではなくかつて最も遊星と絆で繋がれた仲間達に相続された彼の遺品すべてを集めさせた。その時の彼の心情を、自分達の決闘の為にと黙秘を貫き通した龍亞の心情を想像するだけで、魂が引き裂かれ壊れる程の激痛と義憤に駆られる。




 なのに、


「龍亞の、おかげだ」

 なのに彼は、繋がる様で繋がらない言葉で、ジャックの神経を更に逆撫でする。



「龍亞のおかげで、俺はここにいられる。お前との約束を果たせる。もう一度、お前と風の中で戦える」
「きさまっ」
「俺には、時間が無い。俺が赦せないなら許さなくていい。だがその怒りは、すべて決闘の中でぶつけてもらう。だから」
「っ、よかろう……この俺の全力をもって、いいや限界も超えて、奴の亡霊を騙る貴様を叩き潰してくれる!!」



 エクストラデッキから抜き出していたスターダストを、彼の身ごと切り裂かんとするように投げつける。それを受け取った彼は、久しぶりに見る相棒の姿を懐かしむように笑みを浮かべ、すぐに決闘盤へとしまいD・ホイールへと跨った。その間にジャックも携帯の電源ごと通話を切り、D・ホイールへと跨る。





「決闘はマニュアルモードで行う!!」
「当然だ」
『……』

 走り出すジャックを追いかける彼の……遊星の傍らを、半透明状の姿で追いかける龍亞は、気付かれない様に遊星を見やる。

 彼は今日、まだ遊星と一言も言葉を交わしていない。遊星によって歯へ装着する超小型変声機と、龍可の協力で集めたカードを組み込み最高のデッキを完成させた事で、龍亞に出来るすべての準備は終了した。そんな彼を昨日の夜から乗った飛行機の中で心の部屋へと呼んで、あの日の夢の様に遊星はこう言ったのだ。




『お前に取り憑いていられるのも、あと少しの様だ』
『え……それ、いったい』



『俺の未練。それは、ジャックを含むかつての仲間達との再戦。そして龍亞。お前の傍にいたいという願い』


『俺はきっと、生きてた頃から無意識に仲間として以上の気持ちでお前を見ていたんだろう。それを死んでから未練として気付いた……だからきっと、お前以外の皆の夢枕に立てなかった』


『お前は俺にこの世に留まる為だけでなく、俺の願いをすべて叶えてくれた……感謝しても、し足りない』


『ゃ、め、やめてよ、やめてよそんな事言うの!! まだオレ遊星に、返事をしてないのにそんな事言うな!!』
『……お前が応えてくれなくても、この気持ちだけは先に伝えておきたかった。最後の戦いに、全力で臨める様に』
『ゆ、』
『龍亞。好きだ』




 お前を好きになって、お前と一年一緒にいれて、幸せだった。


 ――――やめろ、やめろよ。止めろよ!! そんな顔するなよ、そんな愛おしそうな顔で見るなよ。オレはまだ、君に気持ちを伝える覚悟も、【その】心の準備も出来てないのに……君の想いに応えても答えなくても、君がいなくなっちゃう未来が来てしまうなんてっ!!










「「スピード・ワールド2」、セット!」

 D・ホイールに内蔵されたカードが、起動する。



『デュエルモードオン』

『デュエルが開始されます。一般車両はただちに退避してください。繰り返します』

『使用可能なデュエルレーンを検索。セントラルに申請、オーソリゼーション』




 決闘を祝福する様に、ブリッジが決闘の場を設けて誘う。選ばれたコースは……あのWRGPのスタート地点を含んでいた。そしてその第一コーナーを取ったのは、世界最強の称号を掲げる王者、ジャック・アトラス。




 さいごの戦いが、今、


「「ライディングデュエル! アクセラレーション!!」」


 今、幕を開けた。


†††

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