〜〜〜今回視点があちこち飛びまくりです。ラストスパートへ向けて、頑張れ。頑張れ、龍亞(遊星は?)〜〜〜





 懐かしい夢を見た。


『また、いつでも帰ってこい』
『次こそは、貴様を倒す!!』

 それは、もう二度と叶わぬ過去(ゆめ)だった。





***




 オンラインデュエルの覇者、yuuseiの名は最早インターネット上の中だけでは収まらず、プロ決闘界の中でもまことしやかに噂されていた。公に発表はしていないものの【あのチームユニコーンやチームラグナロクのリーダーがyuuseiと決闘し敗北を喫した】という信憑性があるのかないのか分からない情報が、【彼】の実力に箔を付ける一因となったのが大きい。



『まぁ、残念だがそれは本当なんだけどな。激闘だったらしいぜ。どっちもな』
「ほう」
『インタビューやあんま戦った事のねぇ相手まで、yuuseiは知ってるかお前はyuuseiなのかってよ。違うっつーのになぁよくもまぁ皆飽きねーもんだ』
「……不機嫌そうだなクロウ」
『他人事みたいに言ってんじゃねえよ。死んだ不動遊星と友人である俺はどう思ってるかなんて聞く奴もいるんだぜ? 逆に聞きたいよな。それを聞いた俺がどう思ってるのかってよ』
「……ふん。だから、あの様な大胆な挑発をしたという事か」
『おう。こんな馬鹿げた偽者騒動はとっとと終わらせるに限るぜ』





 ――yuusei。俺はお前に、決闘を申し込む。

 ――今夜から三日間。夜十時から一時間だけ、お前のフィールドに出向いて待っている。このクロウ様をさしおいて、これ以上その名ででかい顔をさせはしねぇ。お前は俺が、全力で叩き潰してやる!!



 今から丁度二時間ほど前。クロウは取り囲むマスコミのカメラを利用し、yuuseiへの挑戦状を叩きつけた。
 つい先程まで鮮やかで圧倒的な決闘を披露し通算二十五連勝を打ち立てたクロウのインタビュー中に起きた突然の展開に、決闘系チャンネルはこぞって【あのクロウが宣戦布告をしたyuuseiとは?】について議論し合うドングリの背比べ放送を始めた為早々に電源を切った訳だが……そこから二時間連絡が付かなかった為幾つかの予定を先送りにした事は不問に付した。久しぶりとはいえ二時間もクロウに連絡を入れようと思った自分の衝動には、今や呆れと侮蔑の感情しか湧いては来ない。




『……で、ジャック。どう思うよ』
「何がだ」
『俺はyuuseiをぶっ潰す。それは変わりねぇし、負けるとも思っちゃいねえ。だがそれだけで止められるか自信がねぇ』
「……ネットの闇に隠れながらでしか強さを示せない奴の正体など、興味はない」
『ハァ。まぁお前なら、そう言うだろうとは思ったぜ。だが正直俺は気になってる。遊星の名前を使ってるって事を除けば、シングルとはいえあのジャンとハラルド、それに鬼柳まで倒してるんだからな』
「鬼柳だと? 奴も負けていたというのか」
『そうだ。まぁ他にも知り合いがたくさん挑んでは負け、遊星のデッキを預かってる俺にデッキを見せろと言ってきた。皆遊星が絡むと熱くなる奴ばっかだからな……だからこそ気になるんだ』
「……その三人を倒したとなると、アマチュアや一般人とは考えにくい。プロ決闘者によるものだとすれば、そいつが出現している時間予定が開いていた者という事になる。だが実力あるプロは多忙が常。到底、オンラインデュエル等にうつつを抜かす暇など無い」
『ああ。もしそいつがプロ決闘者なら、他の奴等から聞いたyuuseiの力と時間の帳尻が合わねえ。だから考えられるとすれば、あのゾーンやゴーストみてぇに、遊星のデータを取り込んだロボットとかになるんだろうが……』
「ん? どうしたクロウ」
『……いや、ちょっと引っかかる事があってよ。でもそれはあり得ねぇから、気にすんな』
「気にしているのはお前であろう」
『……はは、まぁな。じゃ、そろそろ切るぜ。お前も暇なら、アカウント作って見てみてくれよな。俺が偽者ぶっ倒す所をよ』
「ふん。俺はそこまで暇ではない」
『ちぇ。つれねー奴』



 そこでクロウとの通信を終え、彼――ジャックは静かに天井を見上げ、目を閉じる。

 彼が、遊星が死んで、もう十と半月。あっという間だ。世界を救った英雄が死しても、救われた世界の歯車はいつだって無情に回り続ける。そしてその世界に生きている自分達もまた、彼を過去の住人とし、前を向きいつか同じ場所に逝きつく為に未来へと歩み続ける矛盾を繰り返す。



「遊星。俺は、貴様を許さんぞ」

 また、いつでも帰ってこい。――――俺に勝利を奪わせる事無きまま、その言葉を守れなくなった事を。完全なる勝者であり、真の王者としての称号を、永遠に奪い消失させた事を。けして。けして。





「……ふん。俺とした事が、似合わぬ感傷に浸るとはな」

 今朝見たあの悪夢(ゆめ)が原因か――エクストラデッキから抜き出していたスターダストを見つめた後思考を変える様に首を振り、部屋に備えていたパソコンの前へと移動した。クロウからサイト名を聞きそびれていたが、少し調べればすぐにyuuseiの居場所が特定出来た為、特に困る事無くアカウント登録を済ませたのだった。





***



 一枚、また一枚。他に誰もいない一人の部屋でカードをめくっては移し、広げていく。
 このデッキに触れる時は、薄手の手袋を付ける。他者に触れさせる時もそう。別に素手で触っても問題無いのだが、何となくそうしてしまっている。


「……そうしちまうのは、まだ俺が、このデッキを預かり物だと思ってるからか」
 ジャンク・シンクロン、スターライト・ロード、ワン・フォー・ワン……【彼】が選び、大切にしていたカード達を、一枚一枚丁寧に種類分けしテーブルへと並べていく。毛布を退けたベッドの上にはもう一つのデッキが既に占拠しており、使いこまれたSpが電灯の光を薄く反射している。


「……遊星」
 すべてのカードを並べ終えたクロウは、じっと、カードの向こうに垣間見える【彼】を想う。そして脇に置いておいたメモを取り、じっくりと思案する様に目を細める。
 あの宣戦布告をテレビで流してから、多くの仲間が連絡を入れてきた。アキやジャック、マーサといった、オンラインデュエルもyuuseiも知らなかった者達とも、短いながら話をした。チームユニコーンなど、わざわざyuuseiの最新デッキレシピ(的中率98%らしい)まで送ってくれた。
 そのレシピを印刷して、スターダスト以外の【この】デッキに無いカードを確認したクロウは、そこから生み出される様々なコンボも連想する。


「……お前は死んでも、人気者だぜ?」
 良くも……よくもよくも、悪くも。こんな事が起こっているなんて知ったら、【彼】は一体どう思うのか。
 自分の名を騙る強者との決闘に、どこか心躍らせながら挑むかもしれない。そして墓への納骨まで見届けても尚【自分】を忘れられないクロウを、仕方のない奴だと言って……

 はぁ、と、クロウは頭を抱えて重いため息を吐く。駄目だ。あの時の偽者のジャックとは違い、yuuseiは【彼】の名を使っているだけで他に被害を齎していない。だからどう考えても、クロウの記憶の中にいる遊星はどこか楽しそうに、不敵に笑みを崩さなかった。呑気なものだ。今クロウがどれだけ、様々な意味で頭を悩ませているかも知らずに。



「絶対ありえねぇ事とはいえ……俺は俺にとってもお前にとっても、大事な仲間を疑ってんだぜ?」

 それまで定期的に現れていたyuuseiが、一度だけ長く消息を絶っていた二週間。その二週間の間に【まったくオンラインデュエルを(、、、、、、、、、、、、、、)する暇など無かった(、、、、、、、、、)プロ決闘者】はごく僅かで。



『何だよ。退院したって聞いたから来てやったってのに、もう帰っちまったのか』
『そう言うなって。急にいつものメニューに戻して、また病院へ逆戻りされちゃ困るんだよ』
『そうそう。それに今あいつ、パソコンのメンテもしとくって言ってたしな。帰っても暇って訳じゃないみたいだぜ?』



「……冗談キツイぜ。本当に」
 なぁ。龍亞?




†††



 サイトにログインし、デッキ編集画面を開いて最終チェックを済ませた。あとは一番上に設置されている対戦ボタンを押して、オンライン対戦の場へと入るだけ。
 午後九時五十三分。クロウが指定してきた十時まで、あと少し。デッキ編集を終了させて、オレは後ろでじっと何かを考えている遊星へと振り返る。……それにしても、本当にビックリした。まさかクロウの決闘を見てたら突然、クロウ本人に挑戦状を叩きつけられるなんて思いもしなかった。


『クロウらしい、大胆な挑発だな』
「(あ、ごめん。気が散った?)」
『まだ少し時間がある。平気だ』
「(なら良かった……でもちゃんと間に合ってよかった)」
『ああ。ありがとう、龍亞』
「(もういいって! 今更でしょ?)」

 机の横には、いらないとは思ったけど一応お茶を半分程入れたコップ。そしてドアには鍵を掛けて、家族にも部屋に来ない様言っておいた。あのクロウの宣戦布告の後色々やってたyuuseiについてのワイドショーも一緒に見て、プロとしてクロウとyuuseiの決闘を集中して見たいと言ったオレに龍可も疑う事無く頷いてくれた。きっと龍可も今頃自分の部屋のパソコンか、居間のテレビで決闘チャンネルが急遽作った特別番組(クロウの決闘の総集編を流しつつ、対戦が始まれば切り替える仕組みらしい)を見ているだろう。そして龍可だけでなく遊星の事を知っている仲間達の多くがこの決闘を、クロウへの応援と共に見るのだろう。




『時間だ』
「(うん。遊星)」


 頑張って。
 入れ替わる前に、パソコンの画面を見つめながらそう呟けば。後ろで少しだけ空気が和らいだ。閉じた目蓋がゆっくり開き




「ああ」
 迷いなき深い青の双眸はすぐに、対戦リストの中からCrow Hoganの名を見つけ出した。




***



 クロウとyuuseiの決闘は、クロウ自身の希望によりライディングではなくノーマル形式にて行われる事となった。
 現役のプロD・ホイーラーであるクロウがその選択をした事にテレビの実況達は驚いていたようだが、すぐに【クロウはyuuseiのフィールドに赴いて戦うと宣言した事もありノーマル決闘を選んだのでは?】という推測を打ち立てて余計な停滞を回避する。yuuseiも元々ノーマル形式での決闘の方が多かった為異論はなく、そのまますぐに決闘開始へと相成った。



「なん、だ、これは……」
 自室でパソコンを開き観戦していたジャックは、画面で繰り広げられる二人の激闘を前に、茫然とそう呟くのが精一杯だった。

 ジャックはテレビを点けていなかったが、何故クロウがノーマル決闘を選んだのかはすぐに分かった。鉄砲玉として敵陣に一人乗りこむ為、ではない。今現在彼がデッキに入れている最新のSpがオンラインにまだ投入されていなかった為、致し方なかったのだ。クロウはyuuseiのフィールドに出向くとは言ったが、それ以上に、絶対にyuuseiを倒すと言い切った。そのクロウが、ジャン、ハラルド、鬼柳を破ったyuuseiを相手に、もてる力のすべてを尽くして戦えなくなる選択をする等ありえない。




 それは言い換えれば、今彼が使っているデッキは、最新のカードも投入されたクロウの本気にして全力を発揮出来るデッキだという事。

 そして序盤からBFの力を限界まで引き出して仕掛けてくるクロウの猛攻を、yuuseiは一歩も引く事無く受け止め、クロウと互角に、渡り合っているという事。



 一瞬でも気を抜けばすぐにでも足元を崩される。彼等の決闘は、ジャックだけでなくすべての視聴者に呼吸を忘れる程の緊張と、ただただ圧倒されるばかりの迫力ある駆け引きをぶつけてくる。だがその衝撃は単なる余波でしかない。今決闘場にて対峙する二人が直接ぶつけて、ぶつけられるプレッシャーに比べれば、否、比べられる筈もないのだから。




「……なんなのだ。これは」

 白熱の一途を辿るばかりの激闘。なのにジャックは、何もかもを忘れて戦いの傍観へ意識を没頭する事が出来ないでいた。
 これはクロウとyuuseiの決闘。クロウと、遊星の偽者の決闘。その筈だ。その筈なのに、その、筈なのに、




「yuusei……貴様はいったい、!?」

 だがその時、突如ジャックの意識はすべて画面上へと注ぎ込まれた。クロウが発動したデルタ・クロウ−アンチ・リバースに対し、yuuseiがスターライト・ロードを発動して破壊を無効。そしてエクストラデッキからスターダストを呼び出した。対処としてはこれ以上無い最適な判断。だがそのyuuseiの判断は、今までの彼の決闘の中ではありえない、不自然な一拍を生じてからの発動だった。



「なんだ、今の間は……何か別のカードで、対処しようとしたのか」
 いや、二人の決闘を最初から観戦していて、墓地に落ちたカードも見ていたが、デルタ・クロウ−アンチ・リバースに対してスターライト・ロード以上に最適な対応が出来るカードは無かった。
 では、手札にそのカードが? そう瞬時に考えたが、その仮説もyuuseiのターンに手札がすべて使い切られる事で間違いと気付く。yuuseiの手札は三枚あったが、その内二枚はエフェクト・ヴェーラーとADチェンジャーで、ドローし加わったのはクイック・シンクロン。いずれもデルタ・クロウ−アンチ・リバースを対処出来るカードではない。


「……やはり、偽者は所詮偽者、という事か」
 ちらりとパソコンに表示された時刻を見ると、決闘開始からもう二十分も経過していたらしい。今尚解けない謎が混乱を呼ぶ胸中で、だがジャックは先程まで激しく掻き鳴らされていた魂の芯が冷えて行くのを感じた。そしてふつふつと、きっと今クロウも同じ様に感じているだろう、激しい怒りを芽生えさせる。




 だがこれ以降、yuuseiが不自然な一拍を生じさせる事はなかった。

 そして激闘に次ぐ激闘の末、死闘の如く苛烈を極めた決闘は――――yuuseiの勝利で、幕を閉じたのだった。




***



 画面に大きく表示される[YOU LOSE]の文字。エンターを押せばすぐ対戦相手とのチャット画面に移れるが、その手間すら怠惰に感じる程の脱力感に深く、深く息を吐いた。実際にD・ホイールに乗ってライディングデュエルをした時位、いやある意味それ以上の疲労が体中を包み、巡っていく……どう処理すればいいのか分からない、行き場の無い想いと共に。


「……ちくしょう」

 強かった。本当に。本当に。そして負けた。紙一重、綱渡り、そんなありふれた単語でしか言い表せないけれど、どんな過程を経てもクロウが負けたという結果は変わらない。……だが、彼にはただ負けたという言葉だけでは片付けられたくない気持ちがあった。……ただ負けた、だけじゃなかった。




「そういう事かよ、鬼柳……」


 クロウは負けた。yuuseiという、【彼】の名を騙る偽者に。なのにクロウはどこかすがすがしい気持ちすら抱いていた。yuuseiの決闘の中に何度も垣間見える、いやくっきりと見えた、【彼】の……遊星の決闘に、激しく掻き乱されながらも心が確かに弾んでしまったのだ。自分は今、もう一度、遊星と決闘をしているのだと、思ってしまった。


 一度思ってしまったら、もうその思いを完全に消し去る事は不可能だった。どれだけそれが不可能で不可逆な前提の上に成り立っている事であると否定しても。事前に知っていた不自然な一拍が起こった事を根拠にしても。そんな事は関係ないと言わんばかりに、彼のプレイングによって決闘が激しさを増す度に何度だって去来し苦しんだ。
 後半に入ってからクロウは何度も画面が滲んで見えなくなり、鼻を啜る事すら諦めた。他の誰にも見せたくない様な酷い顔でお互いライフ500以下までもつれ込み、たった一枚読み合いで上回られて敗北した。




「……」
 カタカタ


Crow Hogan:俺の負けだ。お前、強いな


 エンターキーを押して出てきたチャット画面に、クロウは素直に結果を認める一文を打った。決闘前までは龍亞がyuuseiと何か関係があるのではなんて考えていたが、決闘を終えた今はそんな事を考えた事すら恥ずかしかった。龍亞本人にはけして言えないが、彼とはまだここまでの激闘は出来ないという事を、決闘が始まって数ターンで理解したからだ。だからクロウはそれだけのメッセージで終わらせた。yuuseiは誰ともチャットを交わさない。すぐに画面が閉じられておしまいになるだろうが、それでも伝えたかったからそう送った。



 だがしかし、それから暫くチャット画面が閉じる事は無く。パソコンの調子が悪くなったかとマウスを動かそうとした時、



「……!!」
 勢いよく立ちあがったせいで掛けていた椅子が後ろへ倒れ鈍い音を立てる。だがそんな些細な事等眼中になかった。これでもかと開かれた彼の双眸は、ただただ無機質な光を灯し続けるパソコンだけを、




yuusei:また

yuusei:ありがとう



 その画面が映し出した、yuuseiからの短い短い返事だけを。向こうがリストへと戻る事で閉じて消えるまで、その瞳と心の中へ鮮烈に焼きつけていた。



†††



「勝った……」

 全身の力も息も抜ける様に出た言葉は、オレと遊星どっちの物だったんだろう。
 ……きっと、オレが言ったんだ。いつの間にかまた戻ってしまった視界と、体中に広がる疲れに痺れる頭で、それを理解するのに少し遅れた。酷い疲れに今すぐにでもベッドに横になりたいのと同じ位、椅子に預けきった体は火照って、興奮していて、何を言えばいいのか分からずもう一度深く息を吐いた。


「……凄かった」
 出てきた言葉は、もう少し冷静だったら引いてしまう位うっとりとした声で蕩けていた。凄い、本当に凄い決闘だった。今の自分で出せる全力を限界まで引き出したとしても、まだ辿り着けない場所で、遊星とクロウはぶつかり合い、語り合い、読み合い、激闘と言うしかない激闘を繰り広げていた。決闘者として嫉妬しないと言えば嘘になるけど……それでも今この二人の決闘を見ている人達の中でも特別な位置から観戦出来た優越感にもまた体を震えさせていた。




「……あぁ、もう。悔しいなぁ」

 でもだからこそ、途中で交代が解けてしまった事が本当に申し訳なかった。慌ててその場の処理を終えてすぐまた交代したけど、危うく伏せカードをすべて破壊される所だった。
 そしてその不自然な一拍は、クロウにも分かったのだろう。そこから白熱していた決闘の空気が、ほんの少しだけ失速した事が分かったのがつらかった。……まぁすぐまた、忘れて没頭してしまったのだけど。



『お前のせいじゃない。一度に表に出ていられる時間の限界が来たから交代が解けた。それは龍亞や俺の希望でどうこう出来るものじゃない』
「(そうだけど……うーん)」
『それにお前は、自分の体に負担が掛かる事も厭わずすぐに俺へ交代させてくれた』
「(そんなの当たり前じゃん。この位の疲れなんてたいした事無いよ。それより交代が一回だけで済んで良かった。さすがに何度も変な一拍置いてたら、クロウとの決闘が台無しになっちゃうとこだったよ)」
『……龍亞……』


 背もたれに全身を預けて逆さまに見ていた半透明の遊星が、そっと、オレの頬を挟むように触れる。

 あ、これは、キスされるかも。そんな予感がして、だけど動く気になれなくて静かに目を閉じると、ずっと画面を見ていたから少し明るい目蓋の向こう側で、遊星が小さく息を呑むのが分かった。





「……」
『……』


 暫くして目を開ければ、閉じた遊星の目蓋が見えた。きっとおでこ、いや髪にでもキスしてるんだろう。

 心の部屋じゃないこの世界では、目を閉じれば遊星が何をしているのか分からない。だから――――





『龍亞?』
「! も、もうほら、決闘も終わったし、画面閉じるね、て」

 何かに気付いた様に目を開いた遊星との距離の近さに、今更ながら顔が真っ赤になって誤魔化す様に体を元に戻してマウスを持つ。と、そこはチャット画面に変わっていて、クロウからのメッセージが打ち込まれていた。クロウはこういう時、言葉を取り繕ったりしない。だからきっと、もう決闘前の様な怒りは無いだろう。



『龍亞。返事を打ってくれるか』
「(え?)」
『またお前と決闘出来て嬉しかった。ありがとう、と』
「(それ、思いっきりこっちの正体が遊星ってバレちゃうよね。あるいは、遊星のなりきりとか)」
『駄目か』
「(……あーもう、どうなっても知らないよ!?)」

 最近気付いたんだけど、オレは何だかんだで遊星に頼まれると弱い。子供の頃から殆ど頼られる事が無かったからってのもあるし、いつもカッコいい遊星に雨の日に捨てられた仔犬みたいな目をされると、それがどんなにヤバい事件でも首を突っ込んじゃう気がする。



『そんな事件にはなるたけ突っ込ませない様に努力する』
「(うう、これもお見通し。もーちゃっちゃと返事打ってもう寝るからね! えっと、ま、た)あ」

 遊星にリアルタイムで心を読まれながらも返事を打ってたんだけど、どうやらこのチャット画面はエンターを押すとすぐに反映されてしまうみたいだった。だからクロウのメッセージの下には【また】だけという短すぎる返事が表示されてしまった。どうしよう。



『龍亞……ありがとう』
「(はぇ?)」
『いや、もう続きはいいから、ありがとうだけ打ってくれるか』
「(あ、あーうん。ごめんねいつもいつも)」
『それはお互い様だろう』

 エンターを押さない様にしながら、キーボードをじっと見つつ何とか打ち終わる。画面に映った【ありがとう】の五文字に、どっと疲れが押し寄せたのが分かった。どうやら今ので、決闘の興奮も引いたみたいだ。



「(じゃあ、もう画面閉じるね)」
『……ああ』
 余韻を噛みしめる様に遊星が頷いたのを確認してから、チャット画面を閉じる。これでクロウとの決闘は完全に終了。さーあとはログアウトしてパソコンを切るだ



「(って、あーもうまた申し込みが、今日はもう決闘はターンエン、)ど? え?」
『これは……』
 決闘の申し込みをしてきた相手が、こっちがログアウトする前にメッセージを送って来る。






JA:貴様へ決闘を申し込む。この様な場所でなく、本物のレーン上でのライディングデュエルをだ


JA:このジャック・アトラスとの勝負、受けないとは言わせん。逃げるなら貴様は偽者だ!!





「……」
 嗚呼、やっぱりそうか。


―†††―
(全然忙しくなかったって、思ってた所だったよ)


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