〜〜〜ジャンがyuuseiと決闘したのは、遊星の葬式(2ページ)から約十ヶ月後です〜〜〜







『遊星だと?』
『ああ。アルファベットのローマ字でな。yuuseiって名乗ってる』

 それはつい、最近の話だ。チームメイトであるブレオが最近どうも顔色が優れない様子だった為、プラクティスを終えた後に尋ねてみた。何か悩みでもあるのかと。すると彼は、あまり気分のいい話じゃないぞと前置きしてからyuuseiの事を口にした。何でもチームスタッフの中にオンラインデュエルを嗜む者がいて、その者から聞いたのがきっかけだという。


『何でもそいつは、この半年あたりの間に現れた新参者らしい。凄腕のタクティクスの持ち主で、今の所全戦全勝。決闘の相手を選り好みする事はなく最近ではほぼ先着順、そして挑まれれば必ず受けて立つ。だが対戦後のチャット等には一切応じず、その殆どがネットの闇と謎に包まれた決闘者』
『……』
『最初にそれを聞いた時、俺もお前と同じ事を考えた。オンラインデュエルというツールを利用した、【彼】の名を騙る偽者だってな。だから俺もオンラインデュエルに登録して、そいつのデュエルを観戦する事にした。そしたら……確かに、噂通りの強者だったよ』



 ブレオもジャンも、そして会話には参加していないがアンドレも、あの日遊星の葬式に参列していた。だから彼が……遊星が実は生きていたなんて、馬鹿げた幻想に捕われる事はない。


 けれどだからこそ、ブレオは苦渋と混乱に苛まれる事となった。観戦し続けたyuuseiの決闘内容……発動するカードのチョイス、チェーンの応酬に、心理的駆け引き……それはWRGPにおいてブレオが遊星と対戦した時に感じた記憶とも、その前までに集めていたデータとも、ぴったりと一致してしまったからだ。

 その正確さたるや赤の他人が興味本位で真似出来る範疇など遥かに超えていて……遊星の熱心な信者のコピーや、彼の決闘パターンデータを組み込んだ人工知能やロボットだとしても、一回一回手札や状況がガラリと変わる決闘においてちょっとした瞬間の判断思考までまるっきり被る等あり得ない。




 データを集積すればするほど、yuuseiの後ろに【彼】の面影がくっきりと浮かぶ。ブレオが観戦する様になった最初の頃は発動のタイミングに不自然な一拍が置かれる事が多かった為それを偽者の根拠としていたが……最近、二週間程なりを潜めていたと思ったら再び現れ、その一拍すら消えている事が増えた。

 人工知能が行っているとすれば相当高度な技術と言わざるを得ない、消えた一拍。それによってよりyuuseiは、ブレオの記憶している本物の遊星へ近づいた。
 だが本物は、遊星はもうこの世にいない。その絶対に覆らない事実が齎す矛盾が、追究を追求するブレオの前に立ちはだかり続けている。



『……デッキも、同じなのか』
『ああ……殆どな』
『殆ど?』
『俺が最初yuuseiの決闘を観戦した頃は、まさにデータの中にある不動遊星のデッキだった。全戦全勝なんて戦績をおっ立ててるからな。ちょっと調べれば、yuuseiの使ったカードとそこから連想されるデッキレシピなんてのも見つかった。まあそんなものを見ずとも確実な【彼】のデッキレシピを知る事は可能だが、そのサイトで対策を練りあからさまなアンチデッキで挑む奴等もいたみたいだ。見事に返り討ちにされてたけどな。……そしてその後、新しいカードデータが追加され、彼のデッキにも新しいカードが入っていった』
『なるほど。だから殆どか』

 新しいカードが発売(更新)されれば、自分のデッキに合うカードかを考え組み込んでみる。決闘者ならば誰でも行う、当たり前の行動だ。そしてyuuseiが新しいカードを組み込み、決闘を行えば行う程、ブレオの中に、死者への冒涜に等しい錯覚が芽生えるのだ。






 まるで……まるで、あの日死んだ筈の遊星が何らかの方法を用いて現世のオンラインデュエルの世界に復活し、新しいカードと知識を学び、組み込みながら、今も尚自らのデッキを、決闘を進化させ続けているようだ。なんて。






『……すまないな。こんな話を聞けば、お前がどう思うか分かっていたんだが』
『気にしなくていい。むしろ今まで、お前一人に抱え込ませていてすまなかった』

 ブレオが今まで自分に話さなかった理由は、ジャンもよく理解している。WRGPでの遊星との決闘は、ジャンに今までの自分を変える始まりを齎してくれた。ジャンにとって、初めて本気で戦いたいと思えた相手である遊星は、ブレオやアンドレとはまた別に特別な存在だった。その遊星の名を騙る偽者がいる事、そしてその決闘が、自分の記憶と記録の中の彼と酷似しているという情報を、考え無しにジャンに話せばどれだけの痛みと負の感情に苛まれるか分かっていたからだ。……本当に自分は、良きチームメイトに恵まれたものだ。



『ブレオ。そのオンラインデュエルのサイトを教えてくれないか。……それと、yuuseiの決闘データに、出現時刻の傾向もだ』
『! ジャン、まさか』
『丁度、明日は英気を養う為に半日のオフを提案するつもりだった。……俺のタイミングが、相手のタイミングと合うかは分からないがな』


 十を言わずとも理解してくれるブレオにあえていつもの調子を崩さずそう語ったジャンの双眸は、虚空の中に垣間見えるあの日の激闘を見つめ……奥歯を強く、噛みしめるのだった。





***



『クロウ。すまないが、遊星のデッキを見せてくれないか』

 最近、クロウはかつて戦った者達から、こんな連絡を貰う事が増えた。ある者は電話の通信画面で、またある者はメールで都合の付く時間を聞いて、あるいはデュエルリーグでクロウの試合が終わった後、感想と共に頼まれる事が増えた。



 最初は確か、チームユニコーンのブレオだった。いきなりどうしたんだろうと思いはしたものの、故人を偲ぶ気持ちからかと深くは考えなかった。

 だがそこから間を置かずシェリーや、チームラグナロクのハラルド、チーム太陽の太郎、果てには牛尾や鬼柳にも頼まれた。全員あの日の葬式に参列していた者達ばかりで、遊星と深い絆で結ばれた仲間。デッキレシピを漏えいする事はあり得ないとはいえ、こうも連続で来られれば訝しむのは当然と言えた。


「どうしたんだよ鬼柳。いきなり、遊星のデッキが見たいなんてよ」
『いや、ちょっと気になる事があってな』
「何かあったのか」
『ああ。一応聞くが……お前、オンラインデュエルってやってるか?』
「オンラインデュエル? いやしてねぇよ。あんまり時間も取れねーしな」
『そう、だよな……そうだよな』
「何だよ鬼柳。歯切れ悪ぃな。遊星のデッキ見てぇのとオンラインデュエルが何か関係……おい待て」

『話が早くて助かるぜ。そう、俺も見つけたのは偶然なんだが……とあるオンラインデュエルサイトで、遊星の名を騙る奴が現れた』
「まさかお前、俺が遊星のデッキをそのまま使って遊星の偽者してるとか思ったのか!?」
『いいや。お前が遊星のデッキを預かった以上まったくとは言えないが、まず無いと思っていた。第一、今ネット上で決闘している奴のデッキは、遊星が生きていた頃には発売されていなかったカードも投入されてお前が持っている遊星のデッキとは違っているしな。……細かい所は覚えていなかったから、こうしてお前に連絡を入れといて言えた事じゃないけどよ』
「……なるほど。どうりでここ最近、色んな奴から同じ事頼まれた訳だぜ」
『そうか。おそらくそいつらも、俺みたいに』

「ああ。きっとな。……で、そいつの名前は」
『アルファベットローマ字でyuuseiだ。全部小文字だぜ』
「強いんだな」
『……』
「そうか」


 そこで言葉を切った鬼柳に、クロウはそれ以上聞かなかった。弱ければ、こうして鬼柳を始めとしたかつての戦友達が連絡を入れに来る筈もない。その沈黙こそ、どんな言葉にも勝る返答だった。



「で? その偽者とのオンラインデュエルはどこで出来んだよ」
『やるのか』
「お前は、行ったのか」
『……ああ』
「なるほど。なら尚更、行かねぇとかねーだろ」


 時刻は丁度午後十時。今から登録さえ済ませておけば、明日の最終戦を終えれば暫くオフが取れる。そうすればじっくり探す事が出来るだろう。そして見つけたら追いつめて追いつめて、自分にとってかけがえのない親友の名を騙る偽者を、完膚なきまでに打ちのめす。



「あとついでに、お前の仇も討っといてやるよ」
『冗談じゃねぇ!! お前の手を借りずとも俺の不覚は俺自身の手で返上するさ!!』
「はははっ遠慮なんてしなくていーんだぜ?」
『ったく……だがクロウ、気を付けろよ』
「分かってるって。お前を倒す程の実力なんだ。気は抜かねぇよ」
『……それだけじゃない』
「あん?」
『お前は特に、頭に血が昇るからな……それに俺以上に、ジャックと共に遊星の傍にいた。だからこそ、気を付けろ』
「おい。それ忠告してんのか馬鹿にしてんのかどっちだ?」
『両方だ。……サイトの名前は【デュエル●●●】……じゃ、健闘を祈るぜ。精々、満足させてくれ』
「……お前に言われずとも」


 絶対に、負けたりしねぇよ。






†††





 画面上でスターダストがとどめの一撃をくらわせて相手のライフがゼロになる。遊星が詰めていた息を吐いたと思ったら、引っ張られる様な感覚と共に目の前へ[YOU WIN]と書かれたパソコンの画面が広がった。



「(今日は、結構長い間交代出来たね)」
『ああ。おかげで、的確にチェーン処理をする事が出来た』
「(確かに複雑なチェーン発動してたもんね。……へへっそれが見れるようになったのも、大きな前進かな)」


 あの【遊星の拉致監禁未遂事件】の日から、短い時間だけどオレの体を遊星が動かす事が出来る様になった。入院してる間に龍可が貸してくれた決闘王武藤遊戯の本に書いてた言葉を使わせてもらうなら、マインド・シャッフルが出来る様になった。


 最初はそれこそ五分位が限界で、交代が終わると体がだるくなったり筋肉痛を起こしてたけど、今はだいぶマシになった。プラクティスや試合前とかには出来ないけど、それ以外で二人きりの時ならそれほど支障は起きないから普段使わない筋肉のトレーニング程度に考えている。

 なんとかそのタイムを延ばせないものかと入院してる間から何度も二人で交代を繰り返した結果、今では最大二十分も遊星が表に出られるようになった。交代したら心の部屋から出られなかったオレも、幽霊みたいに遊星の隣に浮いて出れる様になった。半透明な自分の姿とか動いている自分の顔を見るのは正直結構複雑だったけど、もう慣れた。本当にオレってこういう時の慣れが早い。……あと、やっぱり遊星が入ってるからかな。普段鏡やテレビでしか見た事が無いオレの顔は、すご〜く凛々しくてカッコよくなってたよ。何だか別の意味で、複雑な気持ちになったよ。これにはまだ、慣れてない。



『遊戯さんもお前みたいな気持ちを抱いていたんだろうか』
「(てことは遊星が名もなきファラオで、千年パズルはこの指輪にでもなるのかな?)」

 まあそれに、良かった事も増えた。退院してから漸く手掛けたパソコンのバッテリー交換を、何度も交代を繰り返したとはいえ遊星本人の手で出来たからだ。そこからオレの体が普通に動かせる限界まで交代を繰り返し、合計四日間掛けて自力でメンテナンスまで出来た。……退院したてだからって事でプラクティスやトレーニングの時間を減らしてくれたチームメイトに、本当にお礼を言っても言い足りない位感謝した。


 そしてもう一つが、このオンラインデュエルを遊星自身が行えるようになった事。

 今までは遊星の指示を聞いてオレが動かしていたから、カードの発動やチェーンに変な一拍を置く事があった。オレも一応プロだからある程度遊星の求めてる事は分かるんだけど、時々思いもよらないコンボやプレイングを繰り出す時とかはどうしてもワンテンポ遅れてしまって、それが遊星と相手の流れる様な応酬を止めてしまってるみたいで何だか申し訳なかったんだ。それが解消出来る様になった事は、オレも嬉しい。短時間しか交代出来ないから半強制的に意識が体に戻っちゃうのには、今でもビックリするし緊張するけどね。




「(……で、どう思う?)」
『こいつは違うな』
「(そっか。次行く?)」
『いや、今日はもういい』
「(分かった)」

 決闘が終了して出たチャットのメッセージを無視してログアウトし、ふぅ、と一つため息を吐いた。考えている事は全部筒抜けだけど、あえてちゃんと、自分の言葉として頭の中で話しかける。



「(懐かしい?)」
『ああ。皆相変わらず、いや俺が知っている時よりもずっと、強くなっているな』
「(そうだね。オレは結構、ハラハラもしてるけど。偽者も増えてるし)」


 最近、退院してからというもの懐かしい名前のアカウントに勝負を挑まれる事が増えた。以前遊星はネットのアカウントは簡単に偽者を演じられる、本物なら戦えばすぐに分かるって言ってたけど、ほんと、決闘すればそれがすぐに分かる。

 Jean、Sherry Lebrun、Harald、太郎、Ushio、satisfaction……皆遊星と全力で決闘した相手であり、あの日遊星の葬式に参列し涙を流してくれた大切な仲間達。見ているだけのオレにすら分かるんだ。戦っている張本人である遊星は、もっともっと深い所で彼等と繋がっているのだろう。……遊星がオレに憑依してるからってのを除いても、再び彼等と決闘が出来た感動と懐かしさが強く伝わって来るのだから。



「(でも、向こうはそれだけじゃないだろうね)」
『……そうだな。当然と言えば、当然だが』


 オンラインデュエルで連戦連勝しているyuusei。その情報だけを聞けば、何処かの誰かが遊星の名前を騙って決闘をしていると考えるだろう。オレだって彼等の立場なら絶対にそう思う。そしてその偽者を自分の手で倒し、遊星を馬鹿にするな、二度とこんな真似するなとメッセージを送ろうとする筈だ。

 でも実際に決闘するのは、幽霊とはいえ遊星本人。遊星が死んだというのは日本だけじゃなく外国にすらニュースが流れた程大きな出来事で、そして覆り様の無い事実。【死んだ筈の遊星と決闘をしている】というあり得ない状況に対峙する彼等の混乱と衝撃は、けして回避出来るものでも、小さなものでもないだろう。……牛尾さんと鬼柳さんが送って来た【お前はゴーストなのか】【お前はダークシグナーか】ってメッセージは、ドンピシャじゃ無いけど遠くもないって奴だ。



『それを言うなら、当たらずと雖も遠からずだ。それに牛尾が言ったゴーストについては、本来の意味では当たっている』
「(うーん確かに……って、もう、話がずれちゃったじゃん)」
『……それでも、お前は俺が決闘する事を止めたりしない』


 話を戻した遊星が、オレをじっと見つめる。それは【そうだろう?】と確信を持ってる様な言い方じゃなくて、【どうして?】て疑問を持ってる言い方。……こっちの考えが筒抜けでも信じられないみたいだけど、オレそんなおかしな事してるんだろうか。



「(そりゃあ、遊星が幽霊として見えてるのはオレだけなんだから、yuuseiの正体がバレたら大変だって事は言われなくても分かってるさ)」
『……』
「(それでも止めないのは、好きだからだよ)」
『っ! え』
「(遊星が決闘するの、本当に好きって事がさ。決闘が出来る事を心の底から喜んで楽しんでるって事がさ。オレにもいっぱい伝わって来るんだよ。そしてオレも決闘が好きで。そんな遊星の決闘を見る事が好きなんだから、止めようって思えないんだよね)」
『……』
「(大好きなんだもん。遊星ってば、決闘の事をさ。そして同時に決闘からも愛されててさ。こんなにも愛されてるなんて、ちょっと羨ましいけどね)」
『………………』
「(ん? 遊星?)」


 何だか黙ってしまった遊星を覗きこみつつ名前を呼んでみると、物凄く渋い顔を返される。どうしたんだろう。オレ何か変な事言ったかな? 別におかしな事は言ってない筈なんだけどなぁ。






『……龍亞』
「(うん?) て、わっ」


 遊星がオレの肩に触れた。と思った瞬間、視界がぐるんと回転して部屋が一気に暗くなった。いや違う。遊星によって、オレの意識が遊星の心の部屋に連れ込まれたんだ。でもって、



「Σちょ、ちょ、ちょ、ちちちちか、近いよ!!」
「オンラインデュエルをする時はいつもこの位だ」
「今はしてないじゃん!! そ、それに、この体勢はいつもじゃないでしょ!?」

 いきなり部屋に連れ込まれただけじゃなく、オレはあの日以降も何度か使っている遊星のベッドの上に寝転がされ、その上に覆い被さる様にして遊星に押し倒されていた。オレももう子供じゃないから、この状況がドウイウ事を連想するか位は分かるつもりだ。あんまり分かりたくはないけども、冷静ではいられなくなる位には分かってるつもりだ。


「ゆ、ゆゆ、遊星? あのね、オレこういうのは、恋人同士でやる事だと思うんだ? オレと遊星は恋人じゃないから、この体勢はまずいと思うんだけど」
「なら、今日こそ返事を聞かせてもらおうか」
「へ、へへ返事? 返事って」
「それとも、さっき言った事が、お前なりの返事なのか?」
「うえ? さ、さっき言ったって、どの事を言って」
「お前が、俺が決闘する事を止めないのは、好きだからと言っただろう」
「え!? い、いやあれは遊星もオレも決闘が好きって意味で」
「お前はここ最近昔ほどストレートじゃなくなったからな。どんな形であれ、お前のYESを取りこぼす様な真似だけはしたくない。何度だって、すべて受け止めてみせる」
「それ昔からよく聞くフレーズだけどさ! オレの気持ちを自分に都合の良い様に受け止めるのはちょっと違うと思うんだけど!? ていうか表に出てる間オレの考えてる事筒抜けなんだから取りこぼしなんてないでしょ!!」
「そうでもない。こうしてお前に返事を迫っている時、お前がどう返答するのかは分からない。表に出ていても、お前が本当に隠したいと思っている事については同じだ。……精々、お前が嘘を吐いているか否かを見抜くので精一杯だ」
「え……い、いやそれだけ分かれば結構凄いと思うよ。オレ限定の嘘発見器って事だし」
「龍亞。俺は一言も、『いつまでも待つ』なんて言った覚えはない。俺の我慢を試しているつもりなら、……拉致監禁、【未遂】では済まなくなるぞ」
「……」
「龍亞」


 まずい。遊星の目が本気すぎる。返事をしてないのは別に我慢を試してる訳じゃないけど、これはまずい。まずすぎる。下手に茶化したら本当にそのまま監禁される。でもYESと言ったとしても、その言い方によってはやっぱり監禁されそう。あるいは襲われそう。いやきっと、絶対襲われる。でも、だからと言ってNOと言ったら……NOと言ったら、どうなっちゃうんだろう。




「……遊星」
「っ」

 そっと、その頬に手を添えれば。固い顔でじっと見下ろしてた遊星の瞳が揺れる。両手で頬を挟むように触れればますます眉間にしわが寄って、告白の返事を待つ恐怖にも屈する事無く睨み返してくる。そんな顔をするのは、きっとオレの顔も固くなっているからだろう。




「……本当に、どんな返事でもすべて受け止めるの?」
「っ、それは」
「深読みしないで、そのままの意味で聞いて。……本当に、オレの返事を、聞きたいの?」


 遊星の瞳が揺れ、共鳴する様にベッド脇で光る裸電球が転がって、床に落ちていく。明かりが遠くなって、でも頭上の星の光を背負う遊星が見えなくなる事はない。遊星がオレを捕まえ続ける限り、オレも遊星を見失う事はないのだから。





 そうして、オレの耳のすぐ隣にあった遊星の手が、ベッドのシーツをぎゅうって握り締めて、



「ああ。聞きたい」


 何度だって運命を切り開いてきた、覚悟を決めたあの双眸でそう言い切ったから。





「分かった」
「! る」

 オレは大きく、深く深く、肺の中の空気を全部出しちゃう位の深呼吸をして、伸ばしていた手を遊星の首へと回して彼の上半身を引き寄せる。そして、




「遊星……………………、ごめん」


 その双眸から逃れる様に視線を逸らした事とあと色々諸々詰め込んだ『ごめん』と一緒に、遊星のだいじなだいじなだいじゃくてんへ足を振り上げ、強烈なダイレクトアタックをお見舞いした。






×××



「あの、勘違いしないとは思うけどさ。一応言っとくけど、これが返事じゃないからね」

 同じ男として直前まで力加減を迷ったとはいえ、やっぱり全力で行かないと避けられるかもしれないとか持ち堪えられるかもしれないとか考えちゃって間を取り80%位の力でヒットしたオレの一撃は、遊星から未だに言葉を奪いついでにベッドからも動かせない位のダメージを与えたらしい。

 一応さっきからテーソーの危険は感じてるので、外の体に戻るか、この部屋とオレの心の部屋を繋ぐ廊下にまで出るかとも考えたけど……とりあえず遊星の下から抜け出し部屋のドアのすぐ前まで避難して、大事な事を伝えとく事にした。遊星があまりにも瀕死状態に陥っていたからってのもあるけど、遊星に誤解されると怖いし、その誤解を解くのはとっっっっても大変だからだ。





「ちゃんとね。考えてるから」


 左手に嵌めたメモリアルリングへ、誓う様に触りながら言葉を重ねる。

 遊星への返事。まだ答えを出せてないけど、少なくとも今ここで言える程には、ちゃんと形になってないけど。




「だから、もう少しだけ待って」

 遊星の本気に、オレもちゃんと向き合う。それが凄く……怖くて仕方なくても、向き合うから。



「……あの、遊星? 大丈夫?」
「……っ……っ、っだれの、せいだとっ」
「……申し訳ない」

 ポルターガイストでも起こせそうな呻き声に、オレは黙って自分の非を認めその場に正座する。とりあえず遊星の状態が回復して、一緒に表に出られる様になるまではここにいよう。少なくともこの決断は、間違ってなかったと言い切れる。










 でも、遊星の告白の返事を先延ばしにした事が正しかったのかは、結局その時のオレには分からなかった。


 そしてその答えをオレが出す暇も与えないまま、宿命の歯車は完全に噛み合い、繋ぎ合わさり、


 引き寄せる未来へと加速を掛ける。





『yuusei。俺はお前に、決闘を申し込む』

 遊星との心の部屋でのやり取りから数日後。オレは夕食を食べ終えて、龍可と、遊星と一緒に別の国で開催されているクロウの決闘を生放送で見ていた時だった。
 シングルリーグの通算二十五連勝を打ち立てたクロウが、取り囲むマスコミのカメラに向かって、静かな声でそう言った。


『このクロウ様をさしおいて、これ以上その名ででかい顔をさせはしねぇ。お前は俺が、全力で叩き潰してやる!!』

 ついさっきまで鮮やかで圧倒的な決闘を披露したクロウの、遊星へ……いや、yuuseiへの宣戦布告に等しい突然の挑戦状に沸き立つマスコミ達の事等一切気にする事無く、テレビの向こうで彼の眼は凍てつく殺気の刃を尖らせ、噴火直前の火山の様な憤怒を滲ませていた。




――――きっと近い内に、貴方はその秘密が引き寄せる強い宿命に直面する。そんな気がするの。


 クロウの宣戦布告と、あの日のミスティの言葉が、頭の中でゆっくりと混ざり合う。



―†††―

(平穏な日々はとっくに、オレ達の隣から姿を消していた)

遊星が表に出ている間、龍亞の目は金色ではなく遊星と同じ深い青になります。

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