シグナーとかダークシグナーとかイリアステルとか……嘘みたいな非日常的な事っていうのは子供の時にも散々経験して来たけれど、相変わらず突然やって来るものだなと思う。 平凡とか普通の日々ってものは死ぬまでずっと続きそうだけどそんな保証何処にもなくて。一息吐いた途端あるいはそんな暇すら与えてくれる事無くあっさりと、まるで今までの時間が夢だったかのように消えてしまうものなんだ。 いや、死ぬまでっていうか……死んでからって言った方が、合ってるのかな? この場合。 突然だけど、遊星が死んだ。本当に突然すぎる、衝撃的ニュースだった。 死因は、えーっと拳銃による射殺だっけ……え、違う? あそっかバスの事故? ……両方。……ああ、そうだったね。……遊星はバスに撥ねられて拳銃で撃たれて死んだらしい。 聞いてるだけでも相当普通じゃないんだけど……牛尾さん達から聞いた話を、分かりやすく区切るとこうなる。 @遊星はその日たまたま昼食を外で食べようと外出してたらしい Aもちろん、D・ホイールに乗ってだ B右折の為交差点中央で待機していたら、猛スピードで蛇行運転してる回送バスに避ける間もなく撥ねられて Cその時はまだ息があったから救急車を呼べば助かったのに、実はそのバスはバスジャックされてて牛尾さん達に追われてて D遊星を撥ねた事で止まったバスから出てきたバスジャックが腹いせに遊星を撃った これが致命傷となって、遊星の命は呆気なく潰れて死んでしまった。一応そのバスジャックは牛尾さん達に無事現行犯逮捕されて、現在も取り調べを続けているらしい。 モーメントの新しいメインフレームを作り出した遊星の死は外国にも流され、オレも龍可と一緒にすぐさま日本へと飛び立った。 遊星の通夜と葬式には、たくさんの人が集まった。オレと龍可だけじゃなくて、アキ姉ちゃんもクロウも、あれだけ連日テレビに出てて忙しい筈のジャックも同じ日にやって来て再会した。 WRGPで戦ったチームユニコーンや太陽、ラグナロクの皆も来て、ボマーやシェリー、牛尾さんやマーサのおばちゃん達も来てて、オレのよく知らない遊星の仲間達や職場の同僚の人達も来てて。皆喚いてたり、唇を噛みしめて黙ってたり、呆然と棺の中にいる遊星の顔を見てた。 一つだけ共通してる事として、皆泣いてた。アキ姉ちゃんは正座する様に大声で泣き崩れて、ジャックとクロウは棺の中の遊星に掴み掛からん勢いで。龍可は静かに、顔をぴったりと手の平で隠しながらオレに寄りかかる様にして。泣いていないのといえばオレ位なものだった。 「るあ、ねぇるあ、ごめんね、ごめん、わたしばっか、ごめんねっ」 「……いいよ龍可。いっぱい泣いてあげて。オレちょっと、涙出てこないからさ」 そう、オレは泣いてなかった。いや正確に言うと来る時飛行機の中でちょっと泣いた。……夢や幻に縋っていると分かっていても、動いている遊星に会って、どうした龍亞って言ってほしかった。 でもこの、もう魂が抜けた死体と化した遊星を前にしては、泣こうにも泣けなかった。そこまで大切に想ってなかった、なんて事は絶対ない。でもあまりに悲しすぎて遊星の死を受け入れられず涙が出ない、という訳でもない。……ある意味その方が理由としては説得力があるから、聞かれたらそう言おうとは思うけど。 だって、泣ける訳ないじゃん。 『皆、遠かったのにわざわざ来てくれて……申し訳ないな』 「…………」 色んな悲しい気持ちが飛び交いまくってるこの場で……まさに【死体から抜け出た魂そのもの】の遊星が、自分の入ってる棺に腰下ろして感極まってるようにほろっと泣いてんだもん。見えてんだもん。 そうだよ何故か、半透明状で、どう見ても幽霊になって化けて出ちゃった遊星が見えてんだもん。 しかも何故か、オレにだけ。 「……何で」 いやホント、何でオレには見えてんの? オレそういう特殊能力無いよ? 龍可ならまだしも何でオレが。うっかり誰かに聞かれたら困るから言えないけど。 ていうか、これはやっぱ見えてるのオレだけなのかな? うんだって皆全然幽霊の遊星の方見てないもんね。あんな目立つ場所に堂々と座ってるのに気付かないとか無いよね。 「るあ、お前な、泣けよ」 「……クロウ」 バシンといきなり肩を叩かれたと思ったら、顔も目も真っ赤で、涙でぐしゃぐしゃになってるクロウが来てた。ていうかオレにちょっと、寄りかかって来た。 「俺もまぁよ、涙腺、よぇえ方だったけど……こういう時よぉ、まっさきに泣いてたのは、つか泣くのはおめーの仕事だろ。おめーが泣かなきゃ、俺もおもいっきし泣けねーだろっ」 「……ごめん」 お酒を飲んでる訳じゃないけどよろよろでぼろぼろなクロウの頭に手を乗せてみると、馬鹿野郎ってオレの肩に顔を埋めてまたぐしぐしと泣き始めてしまった。 オレよりもずっとお兄ちゃんで、実際にたくさんの孤児達のお兄ちゃんでもあったクロウが、ここまで、オレに身を預けて泣き崩れた事なんて一度もなかったのに。……それだけ遊星の死によってぽっかりと開いた穴が大きかったんだって事を、嫌って程分からせてくれる。 「お前もな゛ぁ、えんりょなんてせず、泣きゃい゛んだよ龍亞っ!!」 「……うん。オレも、泣きたいんだけど……」 プロとしてデビューする時に一式購入した黒のスーツ。家を出る時はもう一秒でも時間が惜しくて、黒のネクタイや靴は日本で調達すればいいってパスポートと財布とスマホと一緒にスポーツバッグにぐちゃっと押し込んだら変なしわが出来てた。それが今クロウと龍可二人に掴まれてまたしわが出来て二人分の涙も染みて…… 『クロウ……すまない、クロウ』 「……さすがに、本人を前にしては、ちょっと」 『龍亞……お前は、泣かないんだな。意外だ』 「誰のせいだと思ってんだよ」 『……え?』 「遊星がそこにいる限り、オレ泣こうにも泣けないよ」 ……そんなオレ達を見て幽霊の遊星がまた申し訳なさそうにでも少しだけ嬉しそうに涙ぐみ続けてて……泣けばいいって言われても、本当に泣けないんだよ。クロウだって立場が逆だったらきっと泣けないよ。もうホント何この状況。シュールにも程があるでしょこんなんじゃ泣こうにも泣けないよ。 『……』 「……」 遊星が、信じられないものを見る様な目でオレを見る。じっと見つめられるのが色々居たたまれなくてすっと目を逸らすオレ。 半透明じゃなければ、生きてる人間として、オレと龍可以上に似ている生き別れの双子とでも見間違えられただろう。けど半透明状の遊星が立ち上がってふわりと宙に浮くから、やっぱり幽霊なんだなと思いながらちらりとオレも彼を見やる。でもすぐに、棺の中の遊星へと視線を戻す。 『見えてるのか』 ミエテマセン。 『声も、聞こえているのか』 キコエテマセン。キノセイデス。 今更ながらに見ちゃいけないものを見ているんじゃないかと思いだして、オレは冷や汗を流しながらも頑なに反応を返す事を拒否する。そしたら、 『龍亞』 「っ、うわ!」 視界いっぱい……いや若干向こう透けて見えるけど……オレの視界いっぱいに、半透明状の遊星の顔がどどーんとドアップで迫ってきて、ビックリして思わず声を出してしまった。オレが突然驚いたから左右にいた龍可とクロウも驚いてたけど、まぁ曖昧に誤魔化して。そのまま目の前で動かない遊星の顔からも視線を逸らす。 『……やっぱり、見えているんだな』 「……見えてない」 『っ、声も、聞こえてるんだな?』 「……気のせいです」 『約束、守ってくれたんだなっ』 「……」 嗚呼。やっぱりあれは、 「(夢だけど、夢じゃなかったんだな)」 ハハハ、と乾いたというか低い低い脱力する笑い声を零すと、左右にいた龍可とクロウが凄く心配そうにオレの顔をじっと見た。でもオレはもう二人の事を気にする余裕は無く……二人の向こう側で嬉しそうに、本当に嬉しそうに笑みを浮かべた半透明の ―†††― ←PROLOGUE 02→ |