……まるで、ご褒美を貰ったみたいだった。







家庭教師とハッピーラブレッスン☆







 季節はそろそろ、衣替えの時期である。



「……よし。これで全部か」
 ガタ、と収納ケースをクローゼットへと押しこんだ後、遊星はふぅと一息吐いた。今日は朝から収納ケースに入っていた冬服をハンガーに掛け、綺麗に畳んだ夏服と防虫剤を入れて、ついでに着なくなった服を別の袋にも分けたりと動き回っていた。

「やっと終わった」
 窓の外では秋晴れの空に、ぱたぱたと洗濯物が揺れている。今年は夏が暑かった分寒くなるのも早く、衣服と一緒に冬用の布団も出して、でもって掃除機も掛けたりとしていたので、朝から着替えることなく着ていたパジャマは汗でじっとりと濡れている。今夜はシャツとジャージで寝ることになりそうだ。


「! もう昼か」
 時計の針が12と6を指示しているのを確認した後、遊星は昼ご飯をどうしようかと考える。が、


「……先にシャワーを浴びるか」
 今決めずともシャワーを浴びながら考えればいい。掃除機も、後で片づければいいだろう。こきこきと肩を回しながら、遊星は脱衣所へと足を進めるのであった。




 ピーンポーン
「? 誰だ」

 シャワーを浴びて髪を拭いていた遊星の耳に、インターフォンの呼び出しが掛かる。今日はは出かけると言っていたし、新聞代はこの間払ったから、誰かから郵便や宅配便でも届いたのだろうか。それとも友人の誰かが遊びに来たのか。そう思いながら遊星は上半身裸のまま玄関へと歩いていく。リビングにあるインターフォンまで行くよりもこちらの方が早いし、宅配便等なら少し待ってもらってハンコを探す間に服を着ればいいと思った為だ。


「はい」
 だが、そんな休日モードで気の抜けていた遊星の考えはすぐに吹っ飛ぶこととなる。髪を拭きながら下着とジャージのズボンだけ穿いた状態でドアに向かって声を掛けると、


「あ、先生ー。今平気ー?」
「! る、龍亞か!? ま、待て。平気だがまだ開けるな!」

 ドアの向こうから、とっても元気で明るい声が返ってきた。龍亞の声にびっくー! となった遊星の体が、まだ開けるなと言いながら慌てて脱衣所へと走る。なんてったって龍亞はこの部屋の合鍵を持っている。先にそう言っておかないとそのままガチャっと行って、ちょっとだらしない恰好をした自分を見られてしまうからだ。

 洗濯機にパジャマと下着を突っ込み蓋を閉め、置いていた替えのシャツを着てタオルを首に掛ける。そしてダッシュで玄関へと走り、勢いよくドアを開ける。


「すまないっ、待たせ「ぶげっ!」」
 ぶげ? 龍亞の発した奇声にどうしたのだろうと頭を出し、一気に顔を青ざめる。視界の下で何故か制服姿の龍亞が、あたたたたと呻きながら顔を押さえてしゃがみ込んでいた為である。どう考えても、勢いよく開いたドアと顔が仲良しになったことは明白だった。

「す、すまない。大丈夫か」
「いてて。もぉ、先生ったら慌て過ぎだよぉ」
 そう苦笑しつつぼやいた後、龍亞は顔を押さえていた手を外して遊星を見上げると、


「こんちは、先生!」
 来ちゃったv っと茶目っ気たっぷりに、眩しい笑顔を浮かべたのだった。





「友達に誘われて、高校のオープンキャンパスに行ってたんだ」
「オープンキャンパス? この時期にか?」
 いつも使われている勉強机の前に座ってそう説明する龍亞に、掃除機を片づけて台所へと向かった遊星は意外そうに返答する。大学に限らず高校も夏休み前や夏休み中に行うものだと思っていたので、この時期に行われるなんて珍しいと思ったのだ。

「うん。オレもちょっと意外だったんだけど、一人で行くのが恥ずかしかったんだって。そんで一緒にお昼食べようと思ってたんだけど、そいつの親が迎えに来ちゃったから、どーしよっかなって考えて」
「ん? じゃあお前も、昼はまだか」
「うん。あ、先生もまだなの?」
「ああ。シャワーを浴びた後に作るつもりだった。……飲むか」
「ありがとう」

 コップに入った牛乳を飲みながら、龍亞はベッドの上に視線を動かす。この間授業で来た時には無かった分厚い布団は、去年も見た冬用のものだ。

「今日は予定がなかったから、衣替えをしていたんだ」
「そうなんだ。あ、じゃあオレ邪魔しちゃったかな」
「いや。丁度終わったからシャワーを浴びていたんだ。だから別に邪魔ではない……ビックリしたけどな」
「えっへへーそうでしょそうでしょ。遊星先生すっごい慌てた声してたもんね」
「あぁ、本当に驚いた。……俺がいなかったら、どうするつもりだったんだ」
「え? そりゃそん時は家に帰るけど。あそっか。いないってこともあったんだよね」
「……考えてなかったのか」
「んー用事があって無理かもってのは考えてたけど、いないかもってのは考えてなかった。なんとなくだけど」

 今日は、先生に会えるって気がしたから。
 コップを持ったままなんてことない事のように話す龍亞に、同じくコップを持ったままの遊星の動きが、少しだけ固まった。……きっと今、龍亞は自分がとんでもない爆弾を投下したことに気づいていない。それが嫌という程理解出来てしまったから、遊星も必死に、“遊星先生”としての自分が崩れるのを抑える。


「……そうか。なら、一緒に昼を食べるか」
「え? いいの?」
「そのつもりで来たんだろう?」
「え。あー、うん。えへへ、あ、でもオレちゃんとお弁当買ってきたから、オレの分は気にしなくていいよ?」

 じゃじゃーん! と少し照れた顔を誤魔化すように、横に置いていたビニール袋からスーパーで買った弁当を取り出す龍亞に、そうか、と遊星は飲み干したコップを持って立ち上がる。

「なら、俺も何か適当に作るから、待っててくれるか」
「うん。あ、後でレンジ借りていい?」
「構わない」
 コップを軽く水で洗った後、遊星は冷蔵庫の中身を確認する。この間から購入した野菜がある。それと卵。……今日の昼は野菜炒めにするか。肉は、ハムでいいな。
 頭の中で素早く献立を決めるとフライパンやまな板を洗い、トントントントン! と綺麗な音を立てて野菜を切っていく。待っててくれと言ったもののあまり時間を掛けては悪いので、迅速に、スピーディーに、遊星は流れるように作業を進めていく。龍亞もその間に机を拭いたり自分のお弁当を温めたり、遊星に言われてこの家用の自分の箸を出したりして動き回る。


「うわ! 何これスッゲー美味そう!」
「先に持って行っておけ。……あと、冷蔵庫に麦茶が入っている」

 深皿に盛られる野菜炒めに目を奪われる龍亞に、遊星は苦笑しながらも的確な指示を飛ばす。そして茶碗にご飯をつけ、龍亞の待っている机へと運ぶ。



「いただきます」
「いただきまーす!」
 丁寧に手を合わせると、それを習って龍亞も手を合わせる。今日の遊星の昼飯は、玉ねぎ、ピーマン、もやし、ミニトマトにハムと卵を加えた中華風野菜炒め。冷蔵庫に入っていたインスタントラーメンの粉を少々とヒューちゃんの中華料理の素、そしてゴマ油が味の決め手である。

 もくもくと食べている遊星の手元を、ちらちらと龍亞が盗み見る。盗み見、とはいってもバレバレなその視線が、遊星にはとてもいい意味でくすぐったく感じる。


「……食べるか」
「ホント!? いいの?」
「別に構わない」
「じゃあいただきまーす!」

 わくわくしながら卵とハムともやしの所を取って行く龍亞に、遊星は黙ってピーマンと玉ねぎも一緒に渡してみる。オレあんま好きじゃないーとごねる龍亞に、いいから食べてみろと言っている図は恋人同士というより仲の良い兄弟、いや父子のようだ。

「え、嘘……おいしい!」
「それはよかった」
「遊星先生本当に料理上手だよね!」
「……そうか」
「うん!」
 素っ気なくではなく少々照れている様な声を、龍亞は元気に肯定する。おいし〜いvと野菜炒めを食べ、あ、と何か思い当たったようだ。

「そうだ。オレも唐揚げあげるv」
「いいのか」
「うん。甘酸っぱくて美味しいよ!」
 新発売なんだって! と中華風の唐揚げを箸で掴むと、ふいにその表情が、悪戯っ子のように笑う。



「はい遊星、あーん!」
 悪戯っ子そのものの笑みで、箸で掴んだ唐揚げを遊星の皿に置くことなくそのまま宙で止めたまま上記の台詞を言ってしまった。きょとん、としている様子の遊星に、

「あはは、冗談だよ先生」
 と言いながら龍亞は箸を下ろそうとする。が。


 ガシッ!

「え、ゆぅせ」
 遊星、と言おうとしたのか。それとも遊星先生と言おうとしたのか。驚く龍亞の事など気にしもせず、掴んだ腕の先、箸で挟まれている唐揚げを遊星は口で招き入れる。無駄にスローに、見せつけるようにして行われた“あーん”は、龍亞の驚いている顔を、徐々に、徐々に真っ赤に彩って行く。


 あーんを仕掛けた時彼が“きょとんとしている”と思った時点で、龍亞の悪戯は、見事にカウンターの道を辿ることが決定していたのだ。


「うん。美味いな」
「っ、ゆ、ゆ」
「今度、買ってみるか」

 唐揚げを食したことで手を離し、しれっとしたまま味わっている遊星に対し、


「ゆ、ゆ……遊星ぇっ!」

 仕掛けたのは自分だというのを綺麗に棚に上げた龍亞の、照れがたっぷり詰まった非難の声が部屋へと響いたのであった。



―END―
衣替えをしていて汗びっしょりになった時思いついたネタ。
きっとこの後特別授業……ではなく遊星のお食事タイムが続行する確率シックスナイン%。勿論食事というのは超広義的な意味です。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました!!

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