人間というものは実にワガママで優柔不断な生き物だ。
大事なものが二つ以上になった途端、傾く筈の天秤は上下に揺れ始める。
天秤によってはさほど時間を掛けず傾くやもしれないが、皿に乗っている大事なもののランクが近ければ近いほど、いつまで経っても揺れ続ける天秤だってあったりするものだ。
まぁつまり、幸せな優柔不断って奴だ。
実に真に、羨ましい事ですなぁ。
家庭教師とハッピーラブレッスン?
きっかけを辿ると、と遊星のデュエルから始まっている。
そのデュエルはきっと、傍から見れば他愛ないひと時にしか見えなかっただろう。
だが当事者である彼等・・・彼には、遊星にとっては、真剣勝負であった。
『夢の花園に宿る幼き蕾よ。六つなる星の光を浴び、絶望を包みて咲き誇れ。
融合召喚。
顕現せしは遥か涯てなき神花の希望、ブルームアンブレラ・フローラ』
『異界を繋ぐ渦に根差した照準はいかなる獲物も逃さない。此方に帰還する為の扉へ目掛け、次元の狭間より狙い撃て。
融合召喚。
権限せしは逸危討殲必中の魔砲、スコープアンブレラ・ティラユール』
『あまねく命へ平等に降り注ぐ、恩恵と災禍の霹靂よ。鏤められた飛沫掻き鳴らし、我が声目掛け、突き立てるが如く参上せよ!!
シンクロ召喚。
権限せしは青天井に迸る稲妻、サンダーアンブレラ・ヴィドウ!!』
たった一ターンで三体もの上級モンスターをエクストラデッキから呼び出したは、常よりも飄々とした表情のまま不敵に唇の隅を上げてみせる。それは文字通り、険しさを伴う鋭利な集中力を隠しもせず装着した決闘盤と共に対峙する遊星へ向けた挑発そのものであり、
『……こんなモンスターも、いたんだな』
誰が為か分からないサービス精神であり、
『ああ、見た事なかったっけ?』
『ない。だが』
『だが?』
分かりきった事をあえて惚けてみせる茶番に隠したつもりの、昏い好奇心から来る、
『負けるつもりはない』
重い期待に、潰されそうだった。
『ふーん。じゃあ』
続けるか。
の口はそう言ったけれど、本当にそれが続けたかった言葉かは分からない。
そう疑ってしまうのは、
『じゃ、まずスコープアンブレラ・ティラユールの効果発ど』
がデュエルを再開しようとした瞬間、
♪♪♪♪♪
突如の持っている携帯電話が着信を告げた。
『はいもしもし!』
そしてその着信音を聞いた途端、デュエル中にも拘らずその着信に応じたからだった。
『どうしたの姉ちゃん! え? 今? うんぜーんぜん平気♪』
デュエル中に電話に出て、まるで暇でしたと言わんばかりの物言いに、少なからず驚いていた遊星の額にうっすら青筋が浮かぶ。
どうやら電話してきた相手は彼が時々話に出していた“姉ちゃん”らしいが、の言動を見るに彼の中ではかなり優先順位の高い大切な人物のようだ。今まで自分とのデュエル中にはどんな相手だろうと着信を無視してきた彼が一切の迷いなく出たのが、何よりの証拠だ。
『デパートで? あ、今お中元選んでんの?』
まあだからといって、それが何だという話ではあるが。
『え、俺? 俺は姉ちゃんが選んでくれたものならなんだって嬉しいに決まって、って待ってごめん撤回します洗剤は余ってるからいらないです!!』
というかこいつ、早く電話切り上げろよ。何会話を楽しんでるんだよ今お前はデュエル中なんだぞ。
『うーんリクエストっていっても色々あるだろうし、あ、じゃあ俺そっち行くから一緒に選ぼう?』
は ?
『ね? ね? いいでしょ? 久しぶりに姉ちゃんと会いたいしさ! ね?』
なんだこいつなんで龍亞に似た感じに甘えてるんだ一つも可愛くない龍亞は可愛いけどお前は一つも可愛くない!!
『えぇ!? あと五分位しか待てない!? 分かった大急ぎで向かうよすぐ行くから!! じゃあね!!』
そしてピッと通話を切ったは、遊星へと静かに向き直り、
『というわけだ遊星。悪いが重大な用事が出来たんで速攻で終わらせる』
『それを俺が許すと思うのか? お前のお姉さんがどこのデパートで中元を買っているかは知らないが、ここから五分で行けるデパートなんてない。第一その三体のモンスターがどんな力を持っていようとこのターンで負ける気は』
『誰が速攻で勝つっつった?』
『なに、ッ!? まさかおま』
『サレンダァーー!!』(ドギャ〜〜〜ン☆)
一切の迷いなく、は決闘盤にセットされたデッキへと手を乗せ投了した。
これにより彼の思惑通りデュエルは速攻で終了し、フィールドに出ていた三体のアンブレラ達はやれやれといった感じで肩をすくめて宙へと消えていった。
『よーしこれでデュエルは終了したって事で待ってて姉ちゃん今向かうからね!!』
『待て!! こんな結果俺が納得するとでも』
『あ遊星、また明日なー』
『逃がすか!! おい、話を聞けよ!!』
『取り出しましたは一枚の風呂敷』
『待てッ!!』
『種も仕掛けもありませんが、これから華麗に消えて御覧にいれましょう!! ワン、ツー、』
スリー☆
考えうる限りで最も享受し難いアンブレラデッキへの勝利に、当然烈火の如く怒った遊星がプラスマイナスドライバーと共に鉄拳をブチ込もうと距離を詰める。
が、それよりも早くが懐から取り出した桜柄の風呂敷を被った事で、その拳は虚しく空振りに終わった。再会してからというものちょいちょい見せてくる高レベルのマジックなのだが、この時ほど忌々しいと思った事はなかった。未だタネが分からない事も含めて、まったくもって、いやもう本当、
腹が立つ!!
『――――!!!』
その日。大学のどこかの敷地内にて、怒りにまみれた遊星の怒号が響いた。
その後怒号を聞き駆け付けたチーム満足とのデュエルに明け暮れるまで、遊星の怒りの炎は轟々と燃え続けたのだった。
そしてそれから三時間後。
地平線の向こうへ太陽が消えた空の下を、一定間隔で照らされる赤い大型バイクが走っていた。
普段あまり足を運ばない道を、けして広いとは言えない住宅街をすれ違う人々に、ヘルメットと闇の下に隠れている運転手の表情を知る術はない。
……否。少し付け加えよう。
「……」
たとえ知る術があったとしても、知らない方がいい。今の彼の……遊星の表情は、まさに無知こそ救いだと言わんばかりのものだからだ。
「……」
目的地まではあと少し。遊星はバイクのスピードが今の自分の感情に感化されないよう注意しながら、カチカチと左折のウインカーを点滅させる。
到着したのはこじんまりとした一軒の食堂だった。白壁にレンガを積み上げた外壁が赤いシェードの下電球に照らされて温かくアットホームな印象を与えており、一見カフェにも見える。だが軒先に吊るされた看板にはしっかりと、この店の名前である乙女食堂と書いている。
もし遊星の顔つきが穏やかなものであったなら、恋人である龍亞とのデートで出かけるリサーチとも考えられただろうが……それだけは、絶対になかった。
カランカラン♪
なぜならその店は、
「いらっしゃいま・・・」
扉のベルに振り向いてそのまま固まったウェイターが、働いている店だからだ。
今日のすべての元凶たる、悪友が、働いている店だからだ。
背を屈めて机を拭いている姿のまま固まってる悪友を絶対零度の視線で一瞥した後、遊星はカウンターの中央へどっかと座り、振り返る。
「おい。水出せよ」
「あ、はい」
どうやら自分がこれほどまでに機嫌が悪い原因は理解しているらしい。いつものように茶々など入れずすぐさま水とおしぼりを出してさっとはけようとする。
勿論、逃がす気などさらさらない。遊星はメニューをちらっと見ただけで、すぐに悪友へ注文する。
「生姜焼き定食」
「え、あ、はい。生姜定一つ!」
「サバ味噌単品」
「え」
「ナポリタン大盛り」
「ちょっ」
「ダブルステーキ」
「おぉお客様!?」
「チャーシューメン」
「ちょ、おま遊星!! やけ食いする気か!?」
今にも両手の中指をオッ立てそうな面構えのまま淡々と注文していく遊星に、注文を聞いていた悪友、がついに待ったをかける。普段の彼等とは綺麗に真逆となっている光景なのだが、今店内にいる他の客及び乙女食堂の亭主であるふくよかな女性が分かる筈もない事だ。
珍しいのツッコミに、しかし遊星は眉間の皺をより断崖絶壁にしながら、
「ヤサイマシマシカラメマシアブラスクナメニンニクチョモランマ」
「お客様うちJIROU系じゃなくて昔ながらの中華そばです!!」
「代金はすべて君にツケといてください」
「代金俺持ちなの!? じゃなくてお前落ち着けよいやマジで百円やるから!!」
トメさんもちょっと作るの待ってね! と厨房で様子を窺っている亭主にストップをかけつつ、は足と腕を組んでいる遊星の正面へと回る。
「……」
「……」
そして、ギリギリまで張り詰められた空気の中で、遊星の隣の丸椅子へと膝を乗せ、
「もーしわけありませんでした」
器用に土下座してみせた。
突然の土下座に様子を窺っていた周囲が驚く中、遊星の口がゆっくり開く。
「何に対してだ」
「えっと、デュエル中に電話出た事」
「それから」
「お前とのデュエルより姉ちゃんの中元優先した事」
「それから」
「迅速にサレンダーして強制終了した事」
「それから」
「お前からの鬼電オールスルーしてバイトに行った事」
「それから」
「え、後なんかあったっけ」
「それからっ」
実に面倒くさい女、いや女々しい男、いやいやねちっこいクレーマー、いや、うん……とにかく最初こそ土下座を強要されているへ同情していた周囲だったが、内容を聞くにつれどちらにも同情し難い状況へと陥っていった。
決闘こそすべて、決闘が一番その他は二番とまではいかないものの、DMの認知度及び人気度・浸透度は野球やサッカーにも匹敵する一大エンターテイメントであり、週末や休日ともなれば多くの人々がプロ決闘者達の熱戦に心弾ませるし、自分で楽しむ者も多い。
だからこそ、おそらく真剣勝負の真っ只中に電話に出られ、後から入った用事を優先され、勝手にサレンダーで終了させられ、今の今までオールスルーでないがしろにされた遊星の怒りは最もだろうとに対し白い目で見始めた周囲だったが、
「俺が怒っているのはそこじゃないっ!!」
「え、じゃあお前が何に怒っているのか分かっていない事に怒ってるとか?」
「そうだなやっぱり分かっていなかったみたいだな!!」
ついに声を荒げ始めた遊星に対し、終始表情と言動はおろおろしている……が背中にしっかりめんどくせーなコイツと書いているという、これで性別が男女ならどう見ても痴話喧嘩です本当にな修羅場を見るのも飽き始めた頃。
「っ、ちょっと来い!」
「え、いや俺まだ仕事中」
「いいから来い!!」
「ちゃん行っといで。ちゃーんと仲直りするんだよ〜?」
「えぇちょっとトメさぐぇっ!!」
痺れを切らした遊星に腕を引っ張られ、来た時よりもだいぶ荒々しいドアに挟まれながらが店の外へと連れ出された。それを見送った亭主……トメが、店内に残っている他の客に頭を下げる。
「騒がしくしてごめんねぇ」
「いいよいいよ。トメさんは悪くないって」
「そうそう。悪いのは君とあの蟹頭だからさ」
「ていうか君、いつもと感じ違ったな」
「そうだな。いつもはすっごく礼儀正しいもんな」
「遊星って言ってたけど、ひょっとしてあの子がいつも自慢してた友達なのかな」
「確かに、終わってみればコントみたいなやり取りだったもんなぁ」
「なんだかんだで仲がいいんだろうねぇ。今回は怒らせちゃったみたいだけど」
「俺も決闘してるけど、そりゃキレるわって思った」
「ホントそれ。でも君のシスコンも大概だって知ってるからな」
「なんつーか、遊星って子にはホント同情するわ」
「とりあえずそろそろ帰る気だったけど、もうちょっと待つか」
「そうだな。今出たら鉢合いそうだし」
「というわけでトメさん。生中おかわり♪」
「僕は生小で」
「おいおいお前給料日前だからってケチってんじゃねーぞ! 俺も生小で」
「お前もかよ!!」
「お客様! お客様!! 困ります!! あーっ!!! お客様!! 困ります!! あーっ!!! 困ります!! あーっ!!!! 困ります! お客様!! 困ります!! あーっ!!! あーっお客様!!」
『うるせー!!!! 何時だと思ってんだ!!!!』
「あー!! お客様!!!!! 困ります!!!! お客様困ります!!!! お客様お客様!!!! カンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカン!!! あー!!!!!! 困ります!!!! お客様!!! あー!!!! あー!! 困りますお客様!!!」
「お前俺の声を使って何一人で騒いでいる!!」
「あー!! お客様!!!!! 困ります!!!! ネタバレするとかマジ困りますお客様!!!!」
『龍亞きゅん萌えー』
「俺の声でお前の感想を大声で言うんじゃない!!」
『━╋┃┃
┏┫┃┃┏┻
┗┫━┓┃
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╋━┃╋┓┃┃
┃┃┃┃┃┃┣━┃━╋┃┃┣━
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┗┛┗┃┛┗┛┗┗┛┃━┗┛┗』
「なんて!?」
「本当に君いつもと調子違うな」
「うん。なんか被害さえなければ酒飲みながら見たいかも」
「瓶なら50円引きだよ♪」
「うわトメさん商売上手!!」
店の中にまで聞こえてくると遊星のやり取りを聞きながら、他の客達は瓶ビール代を掛けて仁義なきジャンケンを始めるのであった。
が遊星と共に店へ戻ってきたのは、それから五分後の事で。
「で、結局何が食べたいのお前」
「大盛りオムライスとダブルステーキ」
「はいはい。ちゃんのお給料から差し引いておくね」
「トメさん俺もう責任は果たしたと思うんですけど」
「よろしくお願いします」
「あ遊星てめっ、もー仕方ねぇな〜」
頭にたんこぶ五重塔を建立されたの奢りでオムライスを口に運ぶ遊星は、今度龍亞を昼食に誘ってみよう、と平和に思ったのであった。
―END―
大切なものの優先順位がハッキリしていると、そのせいで蔑ろにされた遊星さんが面倒くさい女みたいになる話。あるいはすげぇ女々しくなる話。
なお遊星さんの強い希望によりこのデュエルの勝ち星は無に帰しました。
地味にトメさんが登場。乙女食堂という食堂のマスターです。店の外見は岡山にあるやまとという食堂を参考にしました。昼は奥様が、夜はが週四位でアルバイトしています。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました!!
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