同じ轍を踏まない為には、記憶だけに頼らない方がいい。
そう、思わざるをえなかった。
家庭教師とハッピーラブレッスン☆
遊星の通う大学への通学路途中に、そのスーパーはある。そのスーパーで今日は、サランラップと豚肉と牛乳が安かった。
「……よし。これで全部だな」
そのことを広告でチェックしていた遊星は、大学の帰りにそのスーパーへと足を運んだ。欲しいものをあらかた籠へと入れた遊星は、そのままレジに向かおうとする。がその途中、コーヒーに入れるガムシロップとクリープンも切れていたことを思い出した。
「…………」
彼の中でコンピューターが起動しあらゆる方面から“どちらを購入すればより損か得か”をシミュレートしていく。普通こういう場合頭の中でそろばんがパチパチ鳴っているというのだろうが、彼の場合はコンピューターの方がしっくりくる。
「……どっちも買っておくか」
財布の中を覗いた彼の頭がそう結論付ける。一人暮らしとは思えないリッチな発言だ。ガムシロップを籠へと入れて、クリープンのある棚へと足を進める。
「あ」
クリープンを取ろうとした遊星の手が止まった。視線の先に、“広告の品 モリナーガミルクココア”という字が見えた為だ。そこにはいつも298円の数字が並んでいるのに、今日は228円と表記されていた。まぁ要するに、お買い得品ということである。
遊星はココアを飲まない。滅多に、飲まない。なのに何故ココアを見て手を止めたかと言うと……龍亞が、飲むからである。彼が遊星の授業でいっぱい頑張ったら、遊星は褒美の意味も込めて彼にココアを作る。だから彼の家には、彼が飲まないココアのパックが棚の中へと入っているのである。
「(……いや。待て。確かこの間予備を買ったから、今回は買わなくていい)」
筈。そう考える遊星だが、すぐさま次の“いや待て”がやってくる。本当に買ったのか。ひょっとして気のせいではないのか。いや買った。筈。……埒が明かない。
レシートを確認しようと財布の中を開けてみたが、もう家の家計簿に貼り付けてしまった為見当たらなかった。そしてもう一つ。ココアとガムシロップとクリープンを一緒に購入するという選択肢がないということを、財布の中身は切々と語りかけていた。
「(どうする。ガムシロップとクリープンのどちらを諦めるか。いやその前に、ココアを買うか買わないかだ。確かにこの間買った筈なんだ。だからこの場合はココアを買わない)」
べきだ。そこまで考えた遊星の頭に、また“いや待て”が聞こえてくる。埒が明かないので同じことは記述しないが、彼は今かなり面倒くさい状況に自分を蹴落としている。
ココアを買った記憶が思い出せないので、この間龍亞にココアを出した時のことを思い出すことにした。いつもココアを入れるのは自分だ。ならあの時パックの中身の量も見ている筈。そう思って記憶をリプレイしようとする。した、のだが。
『わぁー、おいしいっ』
リプレイした記憶に映ったのは……そのココアを飲んでいる龍亞の笑顔であった。両手でこくこくとココアを飲んでいく様はまるでショt……小学生低学年のように幼く、可愛らしく映っている。いや実際相当可愛らしく映っているのだろう。なんたってこれは遊星の記憶。フィルターなしなんてありえない。
「(待て。これじゃない。俺が知りたいのはココアの残量であって)」
『先生って凄いなぁ。頭いいしー料理もおいしいしー、ココア作るのも上手だしー』
気のせいか少々顔が強張った遊星の脳内では、彼のいいところを一つ一つ上げていく龍亞が流れている。その映像は遊星にとっての癒しの映像なのだが、今この状況では必要とされていないものである。
「(この前だ。これよりも前だ。どれだけのココアが残っていたのかだけでいいんだ)」
だが遊星の思いとは裏腹に、記憶の中の龍亞はココアを飲み終えて、玄関の方へと向かっていく。巻き戻しを望んでいるのに記憶はどんどん早送りされている始末。顔こそ焦ってはいれどその体から溢れているのは、ハートにも似た四葉のクローバーっぽいほのぼのオーラ。花のオーラは出せないらしいが、中々に正直……いや、器用不器用な男である。
『ねぇ先生。今度もまた作ってね。オレ、次も一生懸命頑張るからさっ!』
「(おいっ、何故どんどん映像が進んでいくんだ。俺が思い出したいのはココアの残りょu)」
『だから……その……えっと』
もじもじとしている様子の龍亞が、紅くなった顔をこちらへと向ける。そのバックに大量の花が見えるのは、脳内フィルターが勝手に捏造・合成したものに違いない。
『ちゅー、して? 遊星』
「……っ!」
そこまで映像が流れた後、彼の口内に飲んでいない筈のココアの味がした、気がした。真っ赤になった顔を隠すようにする遊星の体から溢れる四葉のクローバーオーラは、気のせいか、桃色の葉っぱになっているようだった。
結局、遊星はガムシロップを諦めて財布の中身ギリギリのお金でココアを購入した。だが家に帰って予備を入れている棚を開けた彼は、
「……これが、色惚けというやつか」
三つの予備ココアパックを見た後四つ目のココアパックが入った袋を見て頭を抱えた。はぁ、とため息をついた唇は、くっきりと苦笑の形を取っていたということだ。
それからというもの、遊星は買い物に行く時には必ずメモを作るようになったという。そしてそのメモには必ず、“予備 ○”という風に予備ココアの数を記入しておいたということだ。
―END―
遊星先生のアホらしくとも幸せなお話。でもって遊星先生は龍亞しか見ていないというお話。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
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