そう言えば、先生って一人暮らしだったっけ。やっぱ、一人って大変なんだろうな……

「や。そりゃ大変だとは思うけど、あの先生なら多分大丈夫だよ」
 なんだよ天兵。その妙な自信は。

「だっていざとなったら龍亞がいるし」
 ……えっと、喜んでいいんだよな?

「龍亞がいるし」
 ……なんでそんなに、にやにやしてるんだよ。





家庭教師とハッピーラブレッスン☆





 その日、オレは天兵と一緒に下校している最中だった。


「龍亞、最近成績グングンよくなってるよね。小学校の時が嘘みたい」
「へっへー! いいだろーオレだってやれば出来るんだぜ!」
「龍可は家庭教師の教え方が上手いんだって言ってたけど」
「げっ龍可の奴余計なことを……でも確かに上手いんだよ。遊星先生に教えてもらえたら、難しいことよく分かるから」


 歩きながら、遊星先生のことを自慢する。いーっぱい、自慢の先生なんだって胸を張る。そしたら天兵ははいはいと言いながら頷いてくれる。



「なーんか龍亞、まるで惚気てるみたい」
「のろけ?」
「龍亞が勉強に関して先生を褒めるって中々ないよ。本当に自慢の先生なんだね」
「おう! だって遊星先生はオレのー……」

「オレの?」
「や、う、うん。オレの自慢の先生だからね!」

 口から出そうになる恋人って言葉を、必死に飲み込む。本当は胸を張って恋人ですって言いたいけど、それはまだ誰にも……天兵にも、龍可にも言えないことだろうって、思ってる。遊星先生と……遊星と、二人に対する気持ちは違うけど、出来れば受け入れてほしい。せめて否定しないでほしい。そう思ってるから、もうちょっと時間が欲しいんだ。



「でもそんなに自慢されると、なんか見てみたくなるね」
「遊星先生?」
「うん。確か現役の大学生なんだろ? 大学って自由に時間割組めるから、運が良ければバッタリーなんてこともあるかもしれないじゃん」

 あぁそうか。大学って引神札高校みたいなシステムだったっけ。それなら確かに会えてもおかしくはないだろうけど。



「でもさー、そんな簡単に会えるもんかな。そろそろテストとかあるし、遊星先生もきっと勉強とかしな、く、ちゃ」
「……龍亞?」

 天兵が不思議そうに声をかけてくるのが分かる。けど、ごめん。オレ今、それどころじゃないもの見ちゃった。



 だって……だって向こうから、遊 星 先 生 が こ っ ち に 向 か っ て … … ! ?



「ゆ、遊星せんせ」
「え? 遊星先生? 何処?」
「ほら、あの、黒い蟹っぽい」
「龍亞っ」

 オレの説明を遮るようにして、先生がオレ達の元へと近づいてきて……え、え!? ガシって、オレの両手を握った?


「あ、先生。ぐ、偶然だね」
「あぁ。今程偶然に感謝したのは二回目だ……お前に、頼みがある」
「へ、た、頼み?」
「そうだ。お前にしか頼めない重要なことだ。俺一人じゃどうにもならない」
「お、オレにしか?」
「そうだ。龍亞、お前の存在が必要なんだ」

 遊星先生……遊星の言葉に、オレの心臓がドキドキと高鳴るのを感じる。……遊星がオレを必要としてくれるなんて、初めてのことじゃないだろうか。



「わ、分かった! 手伝うよ! 何をすればいいの?」
「お、おい龍亞?」
「そうか。手伝ってくれるか。なら急ごう。こうしている間にも、どんどん数が減っている」
「う、うん? 分かった! ごめん天兵、そういうことだからっ」
「おい龍亞? そういうことって一体」
「急ぐぞ、龍亞」
「また明日なー!」

 猛スピードで走る遊星に引っ張られながら、オレは天兵に手を振る。凄い勢いで離れていったから、


「あれ? あっちって確か……あ。そういうことか」

 天兵が何か呟いてたんだけど、何にも聞こえなかった。





 そして今。オレは買い物籠を持った状態でぶすっと頬を膨らませている。



「助かった。これからレポート作成に入るんだが、非常食が尽きてはどうにもならないからな」

 オレの隣では遊星先生が凄く晴れやかな顔を浮かべながらオレの籠に油を入れていく。籠の中身は、三個のカップ麺と油と醤油一本ずつ。オレは醤油をお酒……あ、料理とかのお酒だよ。に変えただけ。


 そう。遊星先生のいうオレにしか頼めないことっていうのは……一人何個って決まってるものを二人分買いたいってことだったんだ。こ、これって別に、オレじゃなくても大学の友達とかに頼めばよかったんじゃないの? オレのドキドキを返してよ!


「今回のレポートは期限が急に決まってな。皆早々に帰ってしまった。唯一先に少々進めていた奴もいたんだが、そいつは俺と同じ一人暮らしだから意味がない」

 一人暮らし同士だと、二人で行っても自分の分しか買えない。だから偶然オレに会えたことは、すっごくラッキーだったんだって。……す、素直に喜べない。



 一通りお得品を入れ終わった後今度は安い肉を選んでいる先生を見ながら、少しだけ体のことを心配する。龍可じゃないけど……野菜を摂らなきゃ体に悪いよ。そう言ったら、きょとん、とした後嬉しそうに笑う。


「そうだな。キャベツともやし……や、もやしはいいか。白菜……うん、白菜とキノコ位はいいかもな」
「え、そ、それだけでいいの? えっとほら、ネギとか」
「あぁ、俺はその気になれば家から徒歩0分で野菜が手に入るから、あんまり心配する必要がないんだ」
「え、そ、それ凄いよ! ひょっとしてタダなの?」
「や、時期によるというか……収穫期になると詰め合わせ200円が100円になったりとか、物々交換したりとか」
「……お店?」
「いや。とにかくそういうのがあるから、俺はそこで栽培していない野菜を買っていればいいって訳なんだ」


 あぁでも、人参も買おうか。安いし。そう言って肉を籠に入れた後野菜コーナーへと歩いて行く先生を、オレは慌てて追いかけるんだけど……先生、どうしてあんなにスタスタ進めるんだろう。オレはおばちゃん達にぶつからない様にゆっくりしか行けないよー。


 わーん先生ー。ちょっと待ってよー!





 結局あの後先生は、キャベツと人参と白菜半分ときのこ(名前忘れちゃった。とにかくきのこ)を入れて、オレとレジでお金を払った。それでやっと終わりだと思ったんだけど、



「龍亞、悪い。もう一軒付き合ってくれ」

 って言われて。ちょっと離れた別のスーパーで今度は一人二つまでのインスタントラーメン(ほら、五袋で一パックになってる奴)を四つと詰め替えコーヒー二つと卵を買った時には、もう太陽もかなり傾いていた。



「ありがとう。おかげでレポートに専念出来そうだ」
「……」
「龍亞?」

 不思議そうにオレを見つめる先生に、オレは何を言うべきか言葉を選びかねていた。もう巻き込まないでよね、とか文句を言うべきか、役に立てて嬉しいよ頑張ってねっていい子に言うべきか、すっごく悩んでいた。

 だって何だかんだ言っても遊星先生の役に立てたことは嬉しかったし、けど都合よく利用されたんだっていうショックもあるし、どう言えばいいのか、すっごく悩む。両方言うにしたって、どっちを先に言えばいいのか……。


「あ、あの、せんせ」
「うん?」

 優しそうに見つめてくる遊星先生の目が、ドキドキさせて、余計に考えが纏まらなくなる。


「お、オレ……先生が作ってくれるご飯、大好きだから」
「・・・?」

 結果、自分でも訳分からないこと言っちゃって、先生が首を傾げる。……オレの馬鹿。これじゃ会話になってないよ。だけど、先生は先生なりに解釈してくれたのか、オレの頭を撫でてくれる。


「なぁ龍亞」
「何?」
「お前は迷惑だったかもしれないが……俺は、今日とても楽しかったと思ってる」
「ふぇ?」
「身近だが、こうやって二人で何処かに行くって、今までなかっただろ? ……まるでデートをしているみたいで、楽しかった」
「でっ!」

 先生の言葉にビックリして顔を上げようとするが、よしよししていた先生の手がそのままオレの頭を押して上げられない……きっと今、先生は“遊星”の顔を浮かべているんだろう。だから恥ずかしがって、見せてくれないんだ。



「……それとな、龍亞」
「なぁに?」

「荷物が多すぎて、運ぶのが大変なんだ」
「うん」

「……部屋まで運ぶの、手伝ってくれるか?」
「! うんっ!」
「ありがとう」

 ぱっと手がどいて見上げてみるといつも通りで、赤くなってるとか恥ずかしがってるなんてことは全くなかった。
 なかなか見られないからちょっと残念だったけど、別にいいんだ。だって今オレの前にいるのは“遊星”なんだもん。

「部屋に着いたら……お礼をしなくちゃな」
「うん!」
 お部屋に着いたら、ぎゅうってしていいよね。ちゅーも……ち、ちゅーは、し、してもらいたいな! それ位、いいよね? 恋人どーしだもんね!



 明日天兵に会ったら、もう一回言ってやろう。

 オレ、遊星先生のこと、大好きだって。


―END―
実は遊星先生、龍亞が(当たり前だけど)自分の知らない男(=天兵)と歩いていたのを見つけて焦ってたと思います。
だからこそ半強制的とは言えどけしてそれを悟らせぬ巧みな話術で龍亞を天兵から引き剥がしたのでした。
龍亞には最後まで分からなかっただろうけど、遊星だって嫉妬するんです。という隠れた感情もありました。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


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