うっかりって、恐ろしい。

 今日のお話は、そんなお話。





家庭教師とハッピーラブレッスン☆




 それは龍亞から言ってみれば、うっかり以外の何物でもなかった。

 いつものように遊星に教えられながら課題を進めていく。それだけだった。


 いつもと違ったのは、遊星が途中で手洗いに立ったこと。その間龍亞が一人で難しい問題に立ち向かって、やっぱり分からなくて、


「こんなの分かんないよ。こんなの解ける遊星が凄いんだよ」

 早く帰ってきてよゆうせ〜、愚痴る様に助けをぼやいた。遊星先生でも先生でもなく、遊星と呼んだ。いつもと違うのは、それだけだった。




 そして今、龍亞は手洗いから帰って来た遊星によって、後ろ向きに押し倒されている。



「え、えっ、何!?」
「……」
 部屋に入ってくるドアに背を向けるようにして座っていた龍亞は、先程のぼやきの後両肩を掴まれ後ろに引っ張られて仰向けにされている。困惑したように見上げる先には、固い顔をした遊星先生……否、“遊星”? ……分からない。その二つの間で、揺れている表情を浮かべている。


「せん……せ、い?」
 どちらで呼ぶべきなのか。龍亞は少しだけ迷って、先生と呼んだ。彼と向き合って遊星と呼び捨てるには……まだ、授業は終わっていないから。


「……」
「せ、せんせ?」
 長い、長い沈黙。困惑の色を浮かべて見上げる龍亞を、膝を付いて見下ろす遊星はじっと、じっと見つめて、……やがて、大きなため息をついた。


「お前は……本当に」
「せ、せん、ぃひゃ」
 遊星の表情が、“遊星”のものとなって龍亞の頬をみょーんと引っ張る。ほんのちょっとしか力を込めていないから、龍亞もそんなには痛くない。ゆーせい? と呼ぶと、一瞬硬直して引っ張る力が強くなる。いひゃい、いひゃいと抗議すると、引っ張るのを止めた代わりに頬を挟まれ、ゆっくりと顔が降りてくる。


「……」
 体の向きが同じなら後5センチでそのままキスしてしまいそうなほど顔を下ろした後、遊星は悩むように視線をずらし、すぐにまた戻す。



「理性が、焼き切れるかと思った」
「……え?」
 視線が、交わる。煌めく星の光に照らされる夜空の様な、藍色の瞳に揺れる……熱が、見える。それが分かったと同時に、龍亞の顔が真っ赤になる。



 いつもと違ったのは、遊星が途中で手洗いに立ったことと、龍亞が授業中に遊星、と恋人の時の呼び方をした。それだけ。

 それ以外は、いつもと同じ。最後に恋人として触れあってからかなりの日にちが経っているのも、まったくもって、同じ。同じ。


 ……同じな訳、ない。遊星が龍亞を求める衝動の強さは、前よりもっと、時間が巡るにつれ、激しく激しく燃え上がる。


「授業中は……気を抜くな」
 静かに目蓋を閉じた遊星が、コツン、とおでこ同士をくっ付ける。

 忘れちゃいけない。授業が終わるまでは、二人は生徒と家庭教師。その戒めを忘れたら、

「襲いたくなる」
「……っ!」
 見えなくなった遊星の声が、頭の芯からつま先までを駆け抜けて、龍亞の心臓を大きく高鳴らせる。しかし、


「さて、続きをするか」
「え?」
「ほら、後15分だ。分からない問題は早目に質問しろ」
 頬を挟んでいた手が離れ、くっ付けられた顔が上がって視界に映ると……そこにいたのは、先程までのやり取りなどなかったかのような“遊星先生”の顔をした遊星。二重人格かと疑いたくなるような変わりようだが、単に切り替えが人より優れているのだろう。


 こうして残り15分。龍亞は何とかかんとかして分からなかった問題を解決したのだが。


「遊星の前で気を抜かないなんて出来ないよ。……だってすっごく、落ち着くもん」
「龍亞…………その言葉を、今言うな」
「ゆっ、んんっ」

 授業が終わって恋人同士となった時呟いた言葉は、遊星からのディープキスと強すぎる抱擁という引き金を、見事引いたのであった。
 それは龍亞からすればご褒美以外の何物でもないが、遊星からすればお預け拷問以外の何物でもなかったに違いない。



 うっかりは、罪深いもの。龍亞のうっかりという小さな火の粉は、遊星という爆弾を爆発へと導くエキスパート。


「龍亞。今週何曜が空いている」
「……も、木曜以外は、ちょっと無理」
「……そうか」

 不完全燃焼が続く爆弾が次に爆発するのは何時の日か。とりあえず今週の木曜は補講で6時まである遊星(ばくだん)は、来週に希望を託すのであった。


―END―
『龍亞がレッスン中に恋人モードで「遊星」と呼んでしまい色々溜まっていた遊星に押し倒されてキスされる』(意訳纏め)
神薙様とメールやり取りしている内にこんな素敵なネタを頂きました! がいざ書いてみますと、キスするのが明らかに遅い……!
どうやら遊星先生は意地でも普通の授業中にはソッチ方面へ進んでくれないようです。残り15分あるんだから特別授業に移行すればいいのに(マテ
でもそんな頑固というか堅物な理性を持っているからこそ、龍亞は毎週キスとハグだけで無事に帰られるんだと思います。大丈夫だ遊星! 龍亞が卒業すればずっと君のターン!(本当か?>いや未定だけど

ネタをくれた神薙様ありがとうございます。そしてここまで読んでくださった皆様も、ありがとうございました。

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