2月14日。世の中の恋人達……殆どの男と女が、妙にそわそわする日。
家庭教師とハッピーラブレッスン☆
「ほら、よく頑張ったな」
「わーいココアだー」
遊星が持ってきたマグカップから香るカカオの匂いが、机の上で煙を出していた龍亞の頭を持ち上げさせる。
「今日は、一工夫してみた」
「え、一工夫? って、これ何? すっごい!」
受け取ったカップの上には、カップの中身を覆う生クリーム……? いや、溶けたマシュマロが乗せられている。ふー、ふーと息を吹きかけながら一口飲むと、マシュマロと一緒に、濃厚なチョコレートの味が口いっぱいに広がる。
「お、美味しい! なんか、いつものココアじゃないみたい」
「あぁ、今日はココアじゃなくて、ホットチョコを作ったんだ」
あらかじめ刻んでいたチョコレートを、鍋で温めた牛乳で溶かして丁寧に混ぜて作るホットチョコ。手間を掛ければぐんぐん美味しくなるけど、もう一つ、大事なものがある。
「? 今日、ココア切らしてたの?」
「……」
「え? え、先生?」
確信犯と天然なら、どちらの方が性質が悪いのだろう。龍亞の言葉に、遊星は呆れたような、気まずいような顔をして視線をそらしてしまう。
「龍亞……今日は、バレンタインだろう」
「え? ……あ。えぇ?」
遊星の言葉に一旦納得した龍亞は、すぐにまた驚きの表情に戻る。視線が手の中のホットチョコと遊星の顔を行き来して、
「じゃあ、これ、先せ……遊星からの、本命チョコ?」
「……面と向かって言われると、照れるものだな」
よく見れば、いつも一緒にコーヒーを飲むはずの遊星の手元にカップがない。
単にコーヒーを切らしているだけなのかもしれないが……遊星の分のカップがないというだけで、まるで本当に自分の為だけにホットチョコを作ってくれたのかという、幸せな錯覚に陥ってしまいそうだ。
……でも、
「どうしよう。オレ、チョコレート用意してないや」
今までの龍亞にとってのバレンタインとは、女の子からチョコを貰うというものだった。自分から贈るなんて考えたこともなかったし、恋人、ではあるが同じ男である遊星から貰うとも考えていなかった。
だからこそ学校ではドキドキしていたけど、遊星との授業に向かう時にはもうバレンタインは終わったものとして考えていたのである。
それは遊星も、想定済みだったのだろう。気にするな、とあくまでも優しい目で龍亞を見つめている。
「ホワイトデーを、楽しみにしているから」
「んー、いや遊星がちゃんと用意してくれてたのに、やっぱりそれはちょっと」
んー、んぅー、んーぅー、と一生懸命考える。一ヶ月後なんかじゃなく、今ちゃんと、遊星の気持ちに応えたくて、ない知恵とは言わずとも勉強後で8割以上稼働を停止してしまった脳を必死に動かして、何かないかと考える。
と、その時。
「あ!」
龍亞の頭に、今日の昼休みに教室であった記憶が走り抜けた。
「ね、ねえ遊星、チョコって、まだ残ってる?」
「? ああ、市販のものでいいなら、ホットチョコ用に買ったあまりがまだあるが」
「やった! それじゃあさ、すぐに返すから、そのチョコちょっと貰っていい? すぐに返すから!」
「?」
龍亞の言葉に、今度は遊星が不思議そうな顔をする。だがすぐに何か思い当ったのか……口元が、普段の三割増しで柔らかく緩む。
「分かった。チョコは、調味料の傍に置いてある。牛乳は、冷蔵庫だ」
「ん? うん、分かった。ありがとう!」
少々赤い顔になっている龍亞がキッチンへ行ったと思ったら、間を置かずすぐにチョコを持って帰ってくる。それに今度は遊星が、ん? となる。
「……そのチョコ、どうするんだ」
「んーふっふ、今から遊星に食べさせるの」
牛乳の場所を言ったことといい、どうやら遊星は龍亞が自分にホットチョコを作ってくれると思ったらしい。確かに龍亞へ渡してもすぐに返っては来るが、龍亞の考えた方法の方がより時間が短縮されている。
「じゃあ遊星、あーんして」
使いさしだったのだろうチョコのアルミを取ってパキ、と一口サイズに割っている龍亞に、遊星は軽く口を開く。すると、
「あ。じっと見られると恥ずかしいから、目も閉じてね」
見ちゃダーメ、と照れる龍亞の可愛さと言ったら、今すぐにでも理性がどーにかなってしまいそうな位可愛い。が、そこはぐっと堪えて、龍亞の望み通り目を閉じる。
「見えてない? 見てないよね?」
「あぁ。出来れば早く開けたいが」
「そ、それはダメ! すぐあげるから、まだ待ってて!」
見えはしないけど聞こえてくる声から、あたふたしているんだろうなぁというのがよく分かって楽しい。愛おしくて、とっても優しい気持ちになれる。
けど、それだけじゃない。目を閉じている遊星の前で……龍亞の顔は、真っ赤一色で。
「じゃ、じゃあ、あげるね?」
「ああ」
昼休み、龍亞は同級生のパティが読んでいた漫画を、後ろから覗き見した。
それは恋愛漫画で、丁度今と同じ、バレンタインのお話だった。龍亞が覗いたのは、物語のピーク、一番盛り上がる見開きページ。
「遊星……」
す き 。 その二文字が遊星の耳から脳へと伝達されるよりも早く、
チョコを銜えた龍亞の唇が、軽く開かれた遊星の口にピトっと重なり、舌で軽くチョコを遊星の口内へと押しやった。
「……!」
「ん、んん!? んぅ、んんぅう」
チョコを口内へ入れたらすぐ離すつもりだった龍亞は、それよりも早く遊星に腰を抱き寄せられ阻止され、たっぷりと、堪能される。
「ん、んふっ、ん、ん」
口内のチョコが二人分の熱で溶かされドロドロになり、絡み合う舌でかき混ぜられ極上の甘味となっていく。腰を固定されたまま押し倒されても、まだ、口付けは解けなくて。
「ん、ふ、ぅ」
押し倒され、かき抱かれ、好き勝手に蹂躙されると……体の奥に、甘い熱が灯って疼く。チョコを溶かすには温度が高すぎて焦げ付かせてしまうような熱が、甘いチョコの匂いと一緒に体の芯へと伝導していく。
ごく、ごくと喉の鳴る音がする。それが暫く続いた後……漸く、遊星の唇が離された。久しぶりに味わう激しいディープキスの余韻でほけーっとしてしまう龍亞は、そのまま視線を遊星へと向け、離せられなくなってしまう。
「ぁ……ゆぅせ」
「……この」
エロガキ。普段ならけして言わないであろう言葉。どうやら、理性がどーにかなってしまったらしい……唇をちろりと舐めながら見降ろしてくる彼の目は……熱を、強く求めている、“遊星”の色で塗りたくられていて。
「今度は、俺からやろう」
「ぇ、ぁ、まっ、て……んんっ」
蕩けた瞳で紡がれる“待って”なんて、YESと言っているようなもの。再び銜えたチョコが口内で蕩けて溶けきってしまうまで、
遊星と龍亞のバレンタインは、まだまだ、終わりそうもなかったのであった。
手間をかけて、大事に大事に。
愛をこめて、たっぷりたっぷり。
そうして出来たチョコがとっても美味しくなるのは、その人の心が甘くて美味しいエキスをたっぷり振りまくから。
もし、時間がなくて、手間を掛けられなかったのなら、
手間の分を補う位の、
たっぷりの気持ちと、蕩けるような熱を込めて。
HAPPY SWEET VALENTINE !!
―END―
この後龍亞がどうなったかって、そりゃあ遊星先生に食べられちゃったに決まってない>ええ!?
ちゃんとお家に帰ったよ。遊星先生が送ってくれたよ。無断外泊はさせられないもんね。遊星先生の本能不憫すぐる^p^
(↓移したことで追記)
ホットチョコのレシピは色々あってどれも美味しそうでした*^ ^*
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
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