空想的な10のお題

07:木漏れ日の下で






 太陽が少しだけ傾き始めた昼下がり。


「……ん?」
 洗濯し終わったベッドカバーとリネンを運んでいたユウセイは、ふと庭園の向こうに見慣れた顔を見つける。それはユウセイとも仲の良いこの城の唯一のメイド。普段ぽけーっとしたオーラを持った癒し系で掴み切れていない所もあるが、あんなところで何をしているのだろう。

「……ん?」
 じっと見ていた事で視線に気づかれたのか、振り向いたメイドと視線が合う。影が差しているが、こいこい、と手招きされているのが分かった。何だろうと思いながらも、庭園を抜け、彼女の元へと足を進める。


「珍しいな。あんたが休んでいるのを見るのは」

 この城には人数はあまりいないが雑務もそこまである訳じゃないので、決められた休憩時間等無く皆思い思いの時間に休憩を挟んでいる。彼女が休んでいようと、まったくもっておかしなことはない。これはユウセイにとって彼女がまるでハムスターのようにパタパタとよく動き雑務をこなしている印象が強いことからの感想だ。


「わたしも結構休んでますよ。ただそろそろ戻らないといけないから、交代していただきたいなって」
「交代?」
「うん。交代」


 苦笑の絶えないメイドが動かす視線を追うと……膝枕で眠っている、自分達の主の顔が。


「……こんなところにいたんですか」
「教育係は今日来ないから、抜け出す必要が無かったんでしょうね」

 つまり、抜け出したと騒がれる事もない。だからユウセイも今日は王子が好きなだけ遊んでくればいいと他の雑務を片づけていたのだが、


「わたし、膝の上に乗った猫を降ろせないタイプなんです」
「? ……交代するか」
「そうしていただけると嬉しいです」

 遠回しな伝達で少々理解が遅れたが、要するに彼女は足が痺れ始めていると言いたいらしい。ちょっと矛盾している言い分にも思えたが、


「そのリネンとカバーはルア様の部屋でいいのかしら」
「あぁ……悪いな」
「いえ。助かります」

 起きないように慎重にルアの頭を浮かせて入れ代わると、よいしょ、とリネンとカバーを受け取って伸びをしている。


「コックには三時半におやつを準備するようお伝えしますから」
「あぁ、頼む」
「たまには貴方ものんびりするといいですよ。ここからの景色、抜群ですから」
「……甘えようか」
「ふふっ」

 それじゃ、と彼女は楽しそうに微笑みを浮かべた後、足をふら付かせながら城の方へと戻っていった。一体どれだけ膝枕していたのだろう。後姿を見届けた後、ユウセイは視線を元に戻した。



 この城は町よりも少し高い所に建てられている。ユウセイとルアをすっぽりと影で包み込む大樹の向こうには、城下の町並みと自然の木々、そして綺麗な空が広がっている。まだ昼は暑さを感じるものの、大分秋に近づいてきた為か、山の所々が色鮮やかに彩られてきている。


「……」
 ふぅ。最初こそ王子を起こさないよう気を使っていたユウセイも、景色を見ている内にゆっくりと心が穏やかになっていくのを感じた。さー、と涼やかな風が吹き抜けていく。見上げると葉と枝の合間から陽光がキラキラと輝いていて、眩しい訳ではないが目を細めた。


「(こんなにもゆっくりと季節が流れていくのを感じたのは、初めてです)」
 そしてそれを美しいと、綺麗だと、穏やかな気持ちで感じ取れたのも、きっと、初めてかもしれない。


「(……貴方と一緒だからですか?)」
 王子。自分の膝の上で穏やかな寝息を立てているルアに、ユウセイは穏やかな目を向ける。


「……王子」
 そっと、一瞬だけ躊躇った後、ルアの頭を撫でる。柔らかでさらさらとした手触りが心地よく、何時までも触っていたくなる。



 ゆっくりと変化を齎すのは、季節だけじゃない。……自分の心も、同じなのかもしれない。この小さな主が、変化を齎した。……違うとは、言い切れない。



「……」
 ゆっくり、ユウセイの頭がルアの頭に近づく。頭の何処かで、警鐘にも似た音が聞こえるのに、頭を下げるのを、止められない。


 そしてユウセイの唇がルアの頬に触れるか触れないか……その瞬間。


「ぐしゅっ」
「!」
 ルアの顔が歪み、小さなくしゃみをした。それにより、まるで魔法が解けたかのように慌てたユウセイが頭を持ち上げる。勢いよく上げられたその顔は……茹でた蟹のように赤かった。


「……寒いのですか?」
「すー」
 赤いのを誤魔化そうと問いかけるが、まだ夢の中にいるルアが答えを返す筈もない。その事に気付いたユウセイはまた恥ずかしそうに視線をずらした後、

「……失礼します」
「ぷすー」
 ユウセイがごそごそと身動きしてもまったく目覚める気配のないルアは、ある意味、大物なのかもしれなかった。



 そして三時半ちょっと前。おやつを庭園に用意したメイドがユウセイ達の元へと歩み寄ると、


「……あらあら」

 そこには上着を掛けられ温かそうに眠っているルアと一緒に仲良く眠っているユウセイの姿があったということだ。


 でもってメイドがユウセイを起こし、ルアも起きておやつの時間になったのだが。


「……すまない」
「別に構いませんよ」
「ユウセー、大丈夫?」
「全然平気です」
「ユウセイも猫を降ろせないタイプってことですね」
「?」
「……」

 長い間膝枕したせいかまったく足に力が入らなくなったユウセイは、メイドに肩を貸してもらって椅子に座らされる羽目になったのであった。

 しかしルアにとってはユウセイと一緒に座っておやつを食べれたから、凄く嬉しかったらしい。



 忙しく動き回っていると中々気が付けないものだけど。季節はこんなにも穏やかに、ゆったりと移ろい色を深める。

 木漏れ日の下でのんびり過ごしたあの時間は、ユウセイの中に温かな記憶として染み込んだに違いない。


―END―
某所で遊龍亞で膝枕のことを語っていたというかそんな絵を見た為、テレビで無理なら書いてしまえばいいじゃない精神で書いてみました。
ルアの頭を下ろすことは出来ないのに膝枕を交代させられるのって、ある意味矛盾している気がします。が、案外それはそれこれはこれ精神ってことでと思うことにしました。単純です。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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