『空想的な10のお題 10:幻の花』の後日談です。






 平日、そろそろ人々が昼食の時間を迎えるころ。ユウセイもまたその例に漏れず、昼食にしようと城下町への道を歩いていた。いつもなら城の中で一人か使用人達と一緒に食べるのだが、今回は特別な理由がある為足早に道を下りていく。


「……ここだったな」
 暫く歩いていたユウセイの足が、ある小さな食堂の前でピタリと止まる。確認の様にドアを少し開けた後、安心したように開ける。



 カランカラ〜ン♪

「はいいらっしゃ、あっユウセイさん! 来てくれたんだねっ」
「はい。約束しておりましたから」

 扉の開いた音に振り向いた従業員――皆には、“奥様”と呼ばれている城下町の(人妻)アイドルだ――がもぉ、と苦笑する。


「約束してなきゃ来てくれないんすか?」
「……昼時は、あまり城から出ることがないので」

 聞く人が聞けば恋人の様な、さらに勘違いが聞けば不倫現場を目撃したような台詞をさらっと吐く奥様に、根はぶっきらぼうのユウセイはそう返すことしか出来ない。彼らのやり取りが羨ましいのか、店に来ている客達がしきりに悔しがっている。



「奥様ー! こっち特製ランチ一つ追加ねー!」
「はぁい! 6番テーブル特ラン一つ! ごめんね今混んでるから、カウンターに座ってね」
「かしこまりました」
「もう! 今はお客さんなんだから丁寧な言葉は使わなくていいよ!」
「奥様ー! こっちも注文ー!」
「はーい!」

 清潔そうな白の三角巾とエプロンの裾をはためかせながら飛んでいく奥様を見ながら、ユウセイは男二人に挟まれて空いている二つのカウンター席へと進み、右に座る。王子の傍にいる時いつも右側に立つせいか、無意識な癖になったのかもしれない。



「(……何にしよう)」

 ずら、と並ぶメニューを見るユウセイの目が、右へ左へと流れていく。お礼も兼ねての昼食なので、あまり安いものを頼むのも失礼だろう。そう考えたユウセイは、戻ってきた奥様に注文する。



「オムライススペシャルセットを一つ」
「オレは特製ハンバーグカレー!」
「……!?」

 空席の筈の左側から自分の注文に付け足すようにして響く聞き覚えのありすぎる声。視線が奥様から席左側へ俊敏に動き、



「ユウセイさんはオムライススペシャルで王子は特バーグカレー一つ!」
「王子! 何故ここに!?」

 賑やかな狭い食堂の中に、明るい奥様のオーダーの声とユウセイの驚愕の声が響き渡ったのであった。





「……それで、どうしてここにいらっしゃるのです?」
「ユウセイがコックさんにここで食べるって言ってたの聞いちゃったんだ」

 オムライススペシャルセットに付いてくるサラダを貰って食べながら、だからこっそりつけてきたんだ、と王子……ルアは悪戯っ子の笑みを浮かべる。


「あ。勿論コックさんにはオレの昼ご飯いらないって言っといたよ」
「左様ですか」

 なら、王子が急にいなくなって困っているという訳ではないだろう。早急に連絡する必要もなさそうだ。



「でもユウセイ水くさいよー。どっかに食べに行くならオレも誘ってよ」
「今回は、お礼も兼ねての食事でしたから」
「お礼?」
「以前の……花を探している王子を捜していた時、ここの奥様に世話になったので」


 現在ルアの部屋に飾られている幻の花、“真心の花”。人が滅多に踏み込まない場所にしか咲かないその花を探して城を抜け出したルアを捜していたユウセイは、結果奥様の情報によってルアを見つけ出した。今回ユウセイが奥様の食堂に足を運んだのは、そのお礼の為というのが大きい。


「花……あー、花。え? あ、そういえばあの時オレも奥様に」
「王子と会った後俺に会って、王子の場所を教えてくれたんです」
「はーい王子様お待たせ! 特製ハンバーグカレーっすよ!」

 ユウセイとルアの会話が一段落したのを見計らったように、テーブルの上にドン☆と皿が着陸する。



「わぁあスッゲー!」

 皿の中央に盛られたご飯の上に大判型のハンバーグへ流れるようにカレーが掛けられ、アーチを描くようにスライスしたゆで卵が並べられている。


「はいこっちはユウセイさんのオムライススペシャルね」
「ありがとうございます」

 スペシャル、と名が付くのには訳がある。定番の薄い卵焼きで包まれたオムライスの傍らには、大ぶりのエビフライとソーセージが二本ずつ添えられている。一緒に運ばれてきたオニオンスープも、ほこほこと湯気を立てて食欲をそそる代物だ。



 いただきまーす! と勢いよくスプーンを口に運び……慌てて水を飲む。出来たてのカレーは、予想以上に熱かったようだ。


「王子。ここの食堂の出来たては、かなり熱いそうです」
「そうですじゃなくて本当に熱いっすよ。だってトメさんとボクの愛が詰まってるもの。なんちゃって」
「おや〜奥様、言うじゃないかい」
「だって本当のことだも〜ん」

 笑顔の奥様の発言に胸をズギュゥウウ〜ンとやられた者達はまぁ置いといて、だからふーふーしながら食べてね。という言葉にルアは素直に従う。ふー、ふー、とする様がユウセイの目にかーなーり可愛らしく映ったのは、最早言わなくても分かることだろう。



「……」
「……? 王子?」

 時折ルアの口元を拭きながらも黙々と食事を進めていたユウセイだったが、ふとルアがこちらをじーっと見つめていることに気づく。いや正確にはユウセイをではなく……オムライスとエビフライとソーセージを見つめている。


「ユウセイ。ちょっと、ちょうだい?」

 ハンバーグカレー、ちょっとあげるから。上目遣いに強請ってくるルアに、ユウセイがNOと言える筈もなく。


「……どうぞ」
「ありがとうっ」

 パァアアア、なんて音が聞こえてきそうな程(実際はパァッと程度である。フィルター効果だ)顔を輝かせた後ユウセイの皿へとスプーンを伸ばしオムライスを口に運ぶ……幸せな顔。


「エビフライと、ソーセージも、ちょっと、ちょうだい!」
「どうぞ」

 ハンバーグは乗っているものの基本メインはカレーの為、ルアはフォークを持っていない。スプーンでは持ちにくいだろうとユウセイは自分のフォークでエビフライを刺し王子の皿へと運ぼうとする、の、だが。



「あーん」
「……」

 まるで、まるでそれが当然なのだと言わんばかりに口を開けて待っているルアに、ユウセイは内心動揺をエネルギー源にユウセイブレインカリキュレーターを暴走する勢いで稼働させる。……要するに、動揺しているのが分かれば嬉しい。


「……あむっ」
「あ」

 硬直しているユウセイのフォークに刺さったエビフライを、待ちきれなくなったのかルアが顔を寄せてパクリと口に銜える。大ぶりのエビを使ったエビフライはルアの口を少し広めに開けさせ……ユウセイに、不埒なことを妄想させるには充分すぎる衝撃を齎す。ユウセイがどんな不埒な事を考えているのかは知らないが、サクサクサクとそのまま口が進み、ついにはすべてを口の中へと納め入れてしまう。


「……あっ!」
「!」

 咀嚼して呑み込んだルアが突如上げた声に、ユウセイは大げさな程体を震わせてしまう。とすぐさま、ごめんね、とルアに謝られる。


「ごめんユウセイ。ちょっとって言ったのに全部貰っちゃった」
「……あぁ、別に、構いません、から」

 ソーセージも、召し上がりますか? 自殺行為に近いことは分かっていても、ユウセイにはこの行為を止めるという選択肢はなかったのであった。





「えっへへ。よかったね。持ち帰り出来て」
「あの店ではよくあることらしいですよ」

 奥様の働く食堂で出される料理は基本が大盛りなので、ユウセイは完食したがルアにはまだ量が多かったらしく奥様がタッパーを出してくれた。ユウセイのセットに付いていたデザートも貰って、晩ご飯はこれでドリア作ってもらえばいいですよと教えてもらったから、王子の機嫌は今かなりのご機嫌である。



「ねぇユウセイ。手、繋いで」
「畏まりました」

 タッパーを持つのとは逆の手でユウセイの手を掴むと、ギュ、と握り返してくれる。それはルアにとって、とっても幸せな事。


「ねーユウセイ。今度一人でご飯食べに行くときは、オレにも言ってね」
「畏まりました」
「絶対、絶対だよっ」
「心得ております」
「……む゛〜、心配だなぁ」
「……あそこのオムライスは、とても美味しかったですね」
「あ、また行く気だ! そんときはオレも一緒に行くからねっ。絶対内緒で行っちゃダメだよっ!?」
「はい」

 口元に、楽しそうな笑みを浮かべて返答するユウセイに、つられてルアにも笑顔が広がる。



「ところで王子。後10分で午後の勉強の時間が」
「ゲッ! ゆ、ユウセ〜、ちょっと、寄り道して帰らない?」
「…………真心の花が、朽ちるかもしれませんよ」
「そ、それはダメだ。うー……気が重い〜」
「勉強の後のおやつはとても甘くて美味しいそうです」
「今日のおやつはなーに?」
「焼きチョコプリンとバニラのアイスに、色々とトッピングを添えているそうです」
「うわ〜美味しそうっ。よーしじゃあおやつの為に頑張っちゃおっと!」
「頼もしい限りです」



 じゃあ急ご、ユウセイ。
 はい。


 ギュッと手を握ったまま駆けだすルアに、ユウセイもまた、繋いだ手を離さず走り出すのであった。



―END―
日替わりランチ(700)…ご飯、スープ、日替わりのおかず二種類
特製ランチ(850)…日替わりランチに+おかず一種類とデザート付き
オムライススペシャルセット(1200)…オムライス+日替わりのおかず二種類(今回はソーセージとエビフライそれぞれ二本付き)、サラダ、スープ、デザート(日替わり)
特製ハンバーグカレー(900)…ハンバーグ+日替わりカレー(たっぷりの野菜に牛豚鶏ループ)+スライスゆで卵

食堂のマスター兼主な料理人はトメさん。奥様は料理もするけど専らウェイターと盛り付け係。
ちなみに奥様はルアが一緒に入ってきたのは気が付いてたけど、しーってされたから言わなかったのでした。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました!

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