空想的な10のお題

10:幻の花





 まごころのはなを、さがしてみよう。
 あなたのこころが、きよらかならば。まっすぐなおもいが、あるならば。

 きっときっと、みつかるから。




 城の中。ユウセイは一人のメイドと話をしていた。事情を知らぬ者が傍から見れば素敵展開にも見えるだろうが、話しているのは彼らの“主”のことだ。


「王子は、また出かけられたのか」
「えぇ。出かけたじゃなくて、抜け出したですけどね。さっき教育係にお茶と菓子をサービスしにいきました」

 少しは落ち着かれたようで。とニコニコと笑うメイドは、主、ルアがいなくなった場合の教育係への対応にすっかり慣れてしまった。一応他の雑務なども受け持つものの、基本いなくなったルアを探すだけのユウセイとは大きな違いである。


「……悪いな。いつもいつも」
「適材適所、ですよ。わたしじゃルア様を見つけられないもの」

 以前ユウセイと彼女の役割を交代してみたところ、夕食の時間を過ぎても彼女の方が帰ってこなかったという事態に陥った。彼女を見つけた後ルアは彼女にずーっと謝ってたし、一体どこを探していたのかボロボロになって帰ってきた彼女もルアにずーっと謝るという平行線を辿ったことがある。


『ルア様を見つけるのは、ユウセイじゃないと駄目みたいですね』

 疲れ果てた顔でやれやれと笑みを浮かべた言葉は、心の底からの本音だろう。教育係の積もりに積もった愚痴を聞かされ続け頭がガンガンしていたユウセイも、この先役割を交代するのは止めようと彼女と固く誓ったらしい。



「……それじゃあ、そろそろお迎えに行ってくる」
「行ってらっしゃい。あ、そうそう。今日は森を探してみるといいんじゃないかしら」

 ルアを探しに行こうと背を向けるユウセイに、メイドは思い出したように声をかける。森? と聞くと、軽い頷きが返ってくる。


「“真心の花”って、知ってます?」
「あぁ。見たことはないが」


 真心の花。手にした者の心、感情を映し出すといわれている、幻の花。まだ都市が繁栄する前はあちらこちらで咲いていたと言われているが、今ではその姿を見られることは滅多にない。

 真心の花は水と陽光があれば半永久的に咲き続けられるという。だが手にした者が負の感情を抱いていると、瞬く間に花弁を散らし朽ちてしまうとも。負の感情が強ければ触れられずとも朽ちてしまう、シンプルで、デリケートな花。


 だから真心の花は、人の手の届かない、森の中でひっそりと咲き続けているのである。と語り継がれているのだが。


「……待て。もしや王子はその花を」
「探しに行ったのではないかな、と。……夕食の時間、少々ずらしときます?」
「……六時を過ぎても帰らなかったら、三十分ほどずらしておいてくれ」
「承知しました」

 頑張ってね。メイドの言葉に見送られながら、ユウセイは急いで城を出発したのであった。


「教育係じゃないけど……たまにはビシッと、言っとかなくちゃね」

 メイドの最後に呟かれた言葉は、誰にも聞こえることなく、廊下へと落ちたのであった。





 王子は、怖がりだ。だが探究心と好奇心が上回れば、どこにだって足を運べる。
 まして、相手は人の手の届かぬ所にしか咲くことはないという幻の花。

 となると、遊歩道などが敷かれ見通し良く整備された森は、後回しにしていいだろう。ということは、探す場所は自然と限られてくる。……安全な汁が絞り落され、危険な選択肢だけが残されていく。


「……王子は、約束を破りはしない」

 毒蛇と蝙蝠と底なし沼があるというどこのRPGだというような森には、いかにも花がありそうだが行かないだろう。いつもと同じ服で行けるような場所ではないし、何より普段温和で優しいあのメイドがキツーく、それはそれはキツーく釘を刺して約束させたらしいから。

 だけど見つからなかったら、ひょっとすることも、あるかもしれない。


「……軽めのものから探してみるか」

 腕時計で現在の時刻を確認した後、ユウセイは思いつく限りの森を探索していったのであった。 




 そして夕方。空が赤みを帯びた黄金に彩られ始めても、まだ王子を見つけられていないユウセイの姿があった。


「あれ? ユウセイさんどうしたの。そんなボロボロになって」
「奥様……いや、ちょっと。色々と」

 奥様と呼ばれている眼鏡の愛らしい青年に声を掛けられ、ユウセイは言葉を濁した。彼が王子を探しているのは、城下町の者には日常茶飯事かつ既知の事実。だからユウセイの姿を見かけたら、王子の情報を与えるのも暗黙の了解事。


「あ、そうそう。ボクさっき王子に会ったっす」
「! どこでっ、まさかあの危険な森に入ったんじゃ」
「ちょ、ちゃんと言うから離して……第一ボクそんな危険なところ行かないしっ」

 王子、の単語に凄まじい勢いで喰らいつくユウセイに、奥様はもう、と息を付いてから話し始める。



「あそこの高台で会ったの」

 あそこ、と指差された場所は……たしか、たくさんの墓地があった場所。



「ユウセイさんは知らないかな。あそこ、墓地の奥に小さな林があるんだけど」
「……林?」
「そう。でも場所が場所だけにあんまり行く人もいなくてさ。王子とは墓参りの帰りに会ったんだけど」

 何でも、花を探してるって、言ってましたよ。その言葉を聞いたと同時に、ユウセイはガシ、と奥様の手を掴んで感謝する、と短く言葉を切る。


「……御礼はまた今度ゆっくりさせてもらいます」
「いいよ別に。その代わり今度うちのご飯食べに来てね」
「承知しました。必ず向かわせてもらいます」

 どうやら奥様は食堂か何かに勤めているらしい。PRを忘れない奥様の手をパっと離すと、そのままユウセイは高台の方へと大急ぎで駆けて行くのであった。




 長い長い階段を上り、墓地を抜け、ユウセイは林の前へとたどり着く。一言で林といってもどちらかと言えば雑木林に近いといえる。背の高い木が多く見える為、子供の王子から見れば森に見えてもおかしくはない。


「はぁ……ハァ……」

 今までの疲労にも加え、もう体力の限界を迎えそうなユウセイは、荒い息を付きながらその林へと足を進める。木々の合間から見える狭い空は、鮮やかな赤に黄昏が迫り始めている。明かりもなしに、これ以上奥へと進むのは危険だろう。



「……王子っ!」
 荒い息を整えて深く吸い、森の奥に向けて大きく呼びかける。今日何度も繰り返して、一回も返事は得られなかった。だが、ユウセイはその時、

「……!」
 確かに、聞きとめた。聞き止めたと同時に、その声の元へと駆ける。道が分かれたら、もう一度呼んで、そしてまた駆けて……見覚えのある翠の髪を、視界に捉えた。


「王子っ!」
「ユウセイ! やっぱりユウセイだったんだ!」

 こちらへと振り向く顔は確かに王子そのもので、ユウセイの顔にやっと安堵の表情が浮かぶ。こちらへと駆け寄ってくる足取りを見ても、大きな怪我などはしていないらしい。


 だが、安堵したからこそだろう。自分程ではないがボロボロになった服と、小さな傷をたくさん負った姿を見たからだろう。ユウセイの心に、もう一つの想いが渦を巻き、


「ユウセイって、本当にオレがどこにいても見つけちゃうんだねっ」
「……っ!」

 あまりにも無責任なルアの褒め言葉に、一気に、発火して噴き出した。



 ……ベヂンッ!


 木々のざわめきを裂くようにして、乾いた音とは言えないまぬけな音が響き渡る。ユウセイが、ルアの両頬を叩き挟んだのである。何が起こったのか分かっていない様子のルアに、貴方は、とかすれた声でユウセイが思いをぶつける。


「……もう少し、捜す者の身にもなってくださいっ。捜す者の気持ちを、考えてくださいっ」

 聞いたことなど殆どないユウセイの鋭い声に、ルアの体がビクリと震える。馴れていない言葉は、叱責されていると思ったのだろう。泣き虫癖の直らないルアの目尻にじわ、と涙が浮かぶ。いつものユウセイならそこで言葉を失っていたであろうが、今はどうしても、引くわけにはいかない。頬から肩へと移した手に、ぐっと力を込めて、



「どれだけ……心配したと思ってるんですか」

 ここにもいなかったら。その思いに、何度も心は寒気を覚えた。城に帰っているなら、それでいい。だけどもし、……もし、危ない目に遭っているのだとしたら。そんなことになれば、自分を責めても責め足りない。後悔だって、一生分しても足りないだろう。


 どうして、そこまで思えるの? ……“貴方”のことが、大切だから。



「……ゆ、」

 ユウセイの想いが、ルアにどこまで伝わったのかは分からない。だけど、浮かべられた今にも泣きそうな表情は、言葉と相まって酷く心配させていたのだということを、伝えることが出来た。そして同時に、自分がユウセイにこんな顔をさせてしまったのだと、思い知った。



「―――〜っ! ご、めん。ごめんなさいっ!」

 顔を俯かせ、ギュッとユウセイの首へとしがみ付く。草と、土と、大量の汗の匂い。自分以上にボロボロになって捜してくれたユウセイが、怒ってる。嫌われたくないという思いが幼い心をいっぱいにして、ごめんなさいとしか言えなくなる。

 そんなルアを、ユウセイも力強く……縋るように抱きしめて、


「ご無事で……何よりです」

 絞り出すように心の内を零したら、後は二人して、暫くそのまま、何も言わずに抱きしめ合ったのだった。




「さ、もう帰りましょう」
「う、うん……」

 夕陽もかなり傾いた頃。ユウセイの言葉に、ルアは後ろ髪を引かれているような返事をする。もしかしてまだ探したいというのだろうか。それはさすがに呑めないと思っていたユウセイの手を、ぎゅ、と握る。


「あ、あのね。ユウセイ」
「真心の花は、また今度一緒に探しましょうね」
「ち、違うよ! いや、違ってもないけど……違ってる、けど?」
「?」

 自分でも何が言いたいのか分かってない様子のルアに、首を傾げる。するとボソボソと、恥ずかしそうに



「あのね……一緒に、見てほしいんだ」
「何をです?」
「……花」

 凄いの、見つけたから。見てほしいんだ。いつもなら手を引っ張ってそこまで連れて行くのに、そうしないのは、よっぽどさっきの事でこたえたのだろう。見てほしいんだ、と繰り返すだけのルアに、ユウセイは分かりましたと頷く。不安そうに俯いていたルアの顔が、明るくなる。


 こっち、と握った手を引っ張り、その場所へと誘導する。暫くすると、木々が大きく開けた場所に出て、



「これは……っ!」
「ね? 凄いでしょ?」

 その開けた場所へ敷き詰められたようにして咲く満開の花泉。咲いている花はすべて白い花なのだろうが、夕陽の赤と橙と黄金の光に彩られ、言葉を失うほど美しい姿を醸し出していた。



「凄く綺麗で、これが真心の花だって思って、持ち帰って皆に見せたかったんだけど……取ろうとして屈んだら、元に戻っちゃったんだ」

 この美しい色合いは、夕陽の光によって齎されたもの。屈んで取ろうとすると、その者の影によって花は光を遮られる。だからこの光景は、ここにいるからこそ見えるもの。



「心配かけちゃって、ごめんね。……だけど、来てくれて、本当に嬉しかった」

 ユウセイ、ありがとう。見上げて、満面の笑顔でストレートな賛辞を言うルアに、先程のことも加えてかなり恥ずかしい気持ちになったユウセイは、いえ、と視線を花泉へと移す。その顔は彼にしては珍しく赤みを帯びていたのだが、夕陽にまぎれて、ルアには分からなかっただろう。



「(……ん?)」

 ふと、ユウセイの視線が一つの花に注がれる。自分達にかなり近い位置に咲くその花は、夕陽の光に照らされる周囲の花と、明らかに色が異なっている。



「まさか……」
「え、ゆ、ユウセイ?」

 すたすたと泉へと歩み寄ると、そっと手を伸ばしその花に触れる。……橙色の光に染まっていた、白だと思っていた花弁が、さーっと黄色に染まった。


「……王子。貴方は、素晴らしい人です」
「へ? な、何いきなり……え、待って。それって、もしかして」

 駆け寄ったルアが、ユウセイがすくい上げた花を見る。……周りの白を映し出していた、透き通る水のような花弁。その花弁が遊星の手の中で、黄色と、橙を灯して揺れていた。ルアが触れると、よりその彩りを深くする。



「ねぇ、ユウセイ。これって……この花って」
「えぇ……まず、間違いないかと」
「……うわぁ〜」

 やった〜! 嬉しそうにルアがガッツポーズを作ると、その花……真心の花の花弁が、ふわ、と桃色に彩られたのだった。




 城に持ち帰られた真心の花は、背の低いガラス製の花瓶に生けられルアの寝室へと飾られることとなった。人が集まる場所は負の感情も呼びやすいだろうから、こちらの方がいいだろうということだ。


「それと、あんまり教育係を怒らせない事です。壁を伝って花が朽ちてしまうかもしれませんから」
「……あー、うん。これからは、あんまり心配させないようにするよ」

 あら、と花瓶を置いたメイドはルアの言葉に微笑みを零す。……どうやらちゃんと、あの甘やかし執事も注意したみたいだと。ちなみにその甘やかし執事は、夕食の準備を手伝う為食堂へと先に向かっている。


「? どうしたの?」
「いいえ。なんでもございません。さ、コックが首を長くしてお待ちしておりますよ」
「あそっか! ご飯だご飯だ〜!」


 今日はなぁに? さぁ? お楽しみですよ。 え〜気になる〜。早く向かいましょう。そんなやり取りを交わしながら、ルアとメイドは部屋を後にした。



 窓辺で揺れる真心の花は、閉じた花弁を夜の月と星の光に、静かに照らされていたのであった。



―END―
ユウセイとルアの距離が、少しだけ縮まったお話。でもってユウセイとルア以外の登場人物が出ました。メイドは、あの子。奥様は、もちろんあの子。
本当は5D’sの他メンバーを出したいのですが、そこはちゃんと決めたげないとという想いにかられるから中々出せません。そういえば奥様眼鏡もそうだったよな自分……。
ちなみにルアに真心の花のことを教えたのは、メイド。花の水換えをしていたところふと世間話のように話しちゃったということです。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました!

5D'sNOVELTOP
inserted by FC2 system