空想的な10のお題
01:さわやかな風
部屋の中。まっ白けっけの燃えカスとなって机に沈んでいるルアに、ユウセイは柔らかい物腰で声をかける。
「王子。起きておられますか」
「…………」
「教育係はもういません。俺だけですよ」
「……づがれ゛だ」
「お疲れ様です」
なんとかかんとか絞り出したような本音に、ユウセイはお疲れ様です以外の言葉を使うのを避けた。長い言葉は必要ない。というより、自動的にシャットアウトされるだろう。
今まで教育係によって勉強を教えられていたのだが、今日は一回もSOSコール……王子が逃げ出したという連絡が入ってこなかった為、疲労もひとしおだろう。……普通は逃げ出さないのが当たり前なのだから、こんなことを考えている時点でユウセイはルアのことをかなり甘やかしているといえる。
「今日は、こっそり抜け出さなかったのですね」
「……逃げたら、夕食までずーっとするって言われたから」
頭痛い……と呻くルアに、ユウセイは苦笑いを浮かべることしか出来ない。どうやら、教育係の目は相当マジの目だったのだろう。直感的に逃げ出した方がやばいということを理解したようだ。
ちらり、とユウセイは時計を見る。午後三時半……教育係の希望によりずらされた、おやつの時間。
「王子。今日のおやつですが」
「あ、おやつ! ……う゛ぅ、頭重い」
おやつ、の単語に嬉しそうに反応したと思ったら、またすぐさま机とほっぺがくっ付いてしまう……想像以上の疲労のようだ。だからユウセイは、どうでしょう、と一つ提案を掲げる。
「今日は、お外で召し上がりますか?」
「ふぇ?」
「日差しもキツくありませんし、気分転換にはよろしいかと」
ずっと部屋の中にいらっしゃったのですから、陽光の下で食べるのもたまにはいいでしょう。そう柔らかい笑みを口元に形作るユウセイに、ルアはキラキラとした目で何度も頷いたのだった。
城の中の庭園に設けたテーブルの上に、ティータイム用の準備を施していく。空と白、黄緑のチェックのテーブルクロスの上に、必要なものを次々と乗せていき、ティースタンドの上に音を立てず下からプレートを乗せて行く。
一枚目のプレートには、ふかふかのパンで挟んだ、二種類の一口サイズサンドイッチ。薄く切ったハムと、トマト、レタス、きゅうりがとろりとした特製のソースで調和している。
二枚目のプレートには、ショートブレッドと牛乳の代わりにヨーグルトを混ぜて焼いた小ぶりのプレーンとチョコ入りスコーン。ブルーベリー・ストロベリーのジャムとクロテッドクリームは、ルアの一番のお気に入り。
三枚目のプレートには、艶めくブルーベリーを作りたてのカスタードクリームの上にたっぷりと載せたタルトレットと、濃厚なチョコチップを混ぜ込んだプチガトーショコラ。キンキンに冷やされたクランベリーとアイスクリームは、ピンと立ったホイップと一緒に器の中で滑らかな光沢を放っている、
「も、もういい?」
「どうぞ」
「い、っただっきまーす!」
うずうずと準備が終わるのを待っていたルアが、待ちわびたようにスコーンへと手を伸ばし一口で頬張る。最初は何も加えずに、次にはたっぷりのジャムとクロテッドクリームを乗せて頬張る。……幸せな顔。
「王子はいつも美味しそうに召し上がられるので、作り甲斐があるとメイドも喜んでおりました」
「だって本当においしいんだもん。……ユウセイは? 嬉しい?」
「勿論。とても、光栄に思います」
朝昼夕の食事はコックがすべて請け負ち、アフタヌーンティーのメニューはメイドが担う。が、今日は彼女の仕事が忙しく、久しぶりにユウセイが調理場に入れてもらい腕を振るった。ちなみにルアが城を抜けだした日のおやつがすべて使用人とコックの腹の中となっていることは、本人には抜け出したから作ってないと言っている為絶対に内緒である。
もきゅむきゅ、あむあむと食べ続けているルアの邪魔にならないように、ミルクの入ったグラスと淹れた紅茶のカップをそっと差し出して一歩下がる。一緒に食べよ? と誘っても、お気持ちだけで充分ですとまたいつものやり取りを繰り返す。
「むー……一人で食べるより一緒に食べた方がおいしいのに」
「お気持ちは嬉しいのですが……立っていた方が、気が楽なのです」
ユウセイは、言葉を多用するタイプ……悪い響きで言えばおしゃべりなタイプではなく、ぶっきらぼうなタイプ。
だがそんな彼もルアを相手にすると、少しずつではあるが言葉巧みになっていく。以前まったく同じ言い方を連発したところ拗ねがピークに達して涙ながらに駄々をこねられてしまった為、同じことを繰り返さないよう言葉選びのスキルを日々磨くことにしたのだ。……自分の為に駄々をこねる彼はとても可愛かったけど、やはり、涙を見るのは好きではないから。
「それに」
「それに?」
座ってしまったら、世話が焼けない。そう考えていたユウセイは、ふとルアの口元へと目をやる。唇の下、クロテッドクリームがスコーンの欠片と一緒にくっ付いてしまっている。
「王子、口元にクリームが付いております」
「んん?」
ぺロ、と舐めてみるが、まったく取れない。失礼、とナプキンで拭き取ろうとして顔を近づけ……
その唇の瑞々しさに、ドキリとした。垣間見える苺のように紅い舌と、人工的ではない甘い匂いに、胸が高鳴った。
「? ユウセイ?」
「え、あ、失礼いたしました」
不思議そうに首を傾げるルアの声で我に返り、すぐにクリームを拭き取る。変なユウセイ、と笑うルアに、少々顔を赤くした彼は無言を貫く。すると、
サーー……
ふわり、と庭園の花を揺らすように、さらさらと樹木の葉を揺らすように、穏やかな風が二人の間を駆け抜けて行く。穏やかな日差しと相まって、何とも、心地の良い感覚を与えてくれる風。
「ん〜ーーっ、ぷはっ」
ぐいーんと伸びを一つして、ルアはその気持ちよさに酔いしれる。穏やかな陽光とさわやかな風の下、綺麗な庭園の中で美味しいおやつを食べて……その傍らに、大事な執事がいてくれて。
街を駆けまわって子供達と遊ぶのもいいけど、こんなのんびりした時間を過ごすのも、悪くない。楽しい。
「ねぇ、ユウセイ」
「何でしょう」
「……ありがとね」
勉強、頑張った甲斐があったよ。そう言って見上げて笑うルアの笑顔は、何よりもユウセイの心を温かく、柔らかな気持ちにさせてくれる。とんでもない、と首を振るものの……その嬉しそうな表情は、ルアにもちゃんと伝わっていた。
「またこんな風に、外で食べようね」
「畏まりました」
その時は、メイドに代わってもらって、今まで以上に腕を振るったものを作ろう。そう、ユウセイは楽しそうに今後のことを考えたのだった。
風はさわやかに穏やかに、アフタヌーンティーの一時を通り抜けて行ったのだった。
―END―
書いている間の心境を語るなら、まさに大☆爆☆笑! だったと言い切れる位笑い続けておりました。とっても楽しかったです。特に料理のところ(やっぱりかっ!)
ユウセイは燕尾の黒服着ててさ、龍亞は袖とかがフリルか膨らんでる白ブラウスで黒サスペンダーの短パンだよやべぇお約束っ! と一人悶えまくり、王道の凄まじさを実感するのでした。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました!
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