甘々10のお題H『添い寝』








「ユウセイお願い。……その……一緒に、寝て」
「 ・ ・ ・ !?」

 ……なんだって? とけして口には出さないが。ルアがユウセイに爆弾発言をした事は、揺るぎようのない事実であった。




「お願い。一緒に寝て」
「……どうか、されましたか?」

 ベッドの中から自分の服の裾をぎゅっと握り締めて離さず、真っ直ぐな目で『命令』してくるルアに、ユウセイは思わず疑問の言葉を返してしまう。

 要するにもどうするにも王子は「添い寝しろ」と言っているのだ。寝て、の意味が違うなんてことはけしてない事くらい理解している。それは理解出来るが、幼少時の頃ならまだしも最近はそんなこと一切言わなかったのに、今日に限ってどうしたのだろう。


「……っ……い、いい、から、寝て」
「……畏まりました。ですが、王子の寝床に俺が入るのは」
「いい。それ位。ていうか入って。一人になると、怖い」
「……?」

 一人になると、怖い。ルアの言葉に、そういえばとユウセイは今日の彼の行動を思い出す。今日は教育係の元から一回も逃げ出さなかった。でもって勉強が終わってからも町の方へ降りようとせず、ずっと自分や使用人の誰かの後を付いて回っていた。日が沈むとよりその傾向が強くなって、一人になったのを、見ていない。


「……王子。頼りになるかは分かりませんが、悩みや不安な事があるのでしたら何時でもお話しください」
 ルアが一人になるのを避け始めたのは勉強の後からだから、原因はまず間違いなく教育係によるものだろう。だがユウセイはそれを根掘り葉掘り聞くのは避け、真剣そのものの顔で上記の言葉を掛ける。優しくとか温かくとかではなく真剣そのものなのは、ユウセイにとってルアが本当に大切なのと、爆弾発言による衝撃から回復しきってないからだろう。


 そしてユウセイがルアを大事に想っているように、ルアもユウセイには信頼を置いている。

「な、悩みじゃないけど…………わ、笑わない?」
「笑いません。そのまま、受け止めます」
「……わ、笑わないでよ」
「笑いません」

 ……だからこそ、ユウセイに縋る意味を隠したまま押し通すことは出来なくなったらしい。笑わないでね、と強く念を押し釘を刺した後、



「……一人になったら、食べられちゃうから」

 一人になりたくない理由を話してくれたのだが、正直、全く訳が分からなかった。



「……申し訳ありません。もう少し、詳しく」
「オレは勉強せず逃げちゃう悪い子だから、一人になったらお化けがオレを頭から食べにくるぞって」

 困ったように聞き返すユウセイに、詳しく言い直したルアは、勿論お化けなんて信じてないけどね!? と慌てて念を押す。というか、やはり原因は教育係が齎したものだったらしい。


「も、勿論そんな子供だましに引っかかったりなんてしないけどね!? でも教育係がお化けは頭の悪い子が大好物だって言うしきっと今のオレはさぞや美味でしょうななんて言うしそれが嫌ならもっと勉強に集中しろって……や、も、勿論信じてはないけどさぁ!」
「……」

 どうしよう。滅茶苦茶可愛い。

 ユウセイがそう思ったのかは……い、一応不明ということにしておくが……とにかく信じてはいないがもし本当にお化けが食べに来たらと思うと一人になる気などさらさら起きなくなったルアは、寝室から離れようとしているユウセイを引き止めて添い寝しろと『命令』しているのだ、ということがよく分かった。


「あ! そ、その顔は内心笑ってるでしょ? ほ、本当に信じてなんかないし、こ、こ、怖くなんて、ないんだからね!?」
「承知しております」
 声がひっくり返っているルアの主張にもユウセイはあくまで真面目そのものの声で返答する。この場で優しい、または温かいトーンは“笑ってます”と言っているようなものなので、ある意味これがユウセイの出せる最適な選択肢なのかもしれない。


「ぅ、わ、分かってくれてるなら、いいんだけど……ゃ、よくない、か。うん。と、とにかくオレは、一人になりたくないです」
「はい」
「だ、だから、い、一緒に、寝てください、です」
「ですが、使用人の俺が王子の寝床に入るのは」
「だから、それ位、いいって! オレが入ってって言ってるんだから問題ないでしょ!」
「それは、しかし……!?」

 ぇい! ルアが握っていた手を裾から腕へと移しぐぃっと引っ張ると、突然の事にバランスを崩したユウセイがベッドへと手を付いてしまう。ルアの体の上に手を乗せるなんてことはなかったものの、丁度いい具合に手と手の間にルアの体を入れることになり、間近から見下ろすことになる。その光景はユウセイの理性的に、予想だにしない一撃を喰らった状態だと言えるだろう。


「お願いだから、一人にしないで」
「……!」
 まるで。まるで告白をされているような錯覚に陥ってしまいそうで、ユウセイは内心、必死に自らを本能の海に投げ出さないよう理性の増強を繰り返す。


「じゃあ、寝るまで。オレが寝るまでは、一緒に寝てよ。それならいいでしょ?」
「…………か」

 畏まり、ました。理性の増強、修復作業でいっぱいいっぱいのユウセイには、そう返すのが精いっぱいだったのであった。



 そしてそれから三十分後。



「ぐぅううう、すぴぴぴっ」
「……」

 ベッドの中、かつユウセイの腕の中では、夢の中へと旅立っていった証明のように、ルアの寝息が響き渡っていた。元々ルアの寝付きはいい方なので、安心さえ与えてやればすぐに眠れるのである。


「……王子」
「すぷぷぷ」
 ぐぴぐぴ、ぷぉぷぉ。何だかどんどん不思議になっていく寝息を繰り返すルアを見下ろしながら、そっと髪を、背中を撫でていく。そうするとルアの顔つきが、また穏やかになっていく。

「……もう、平気ですね?」
「しゅぴしゅぴ、しゅぴりありゅ」
「……」
 こうなることは最初から分かっていたのに、心のどこかで残念に思っている自分がいるのは、きっと不謹慎なことなのだろう。ため息を吐くことだって、失礼な事。自分の胸の中で無防備に眠っているルアを見ながら、しかしユウセイは、やれやれと思わざるを得なかった。


「(……食べにくる、か)」
 教育係が話したお化けの話は、勿論ルアを勉強させる為のホラ、嘘なのだろう。ユウセイだって信じてはいないし、騙されはしない。

 が、もし。もし、そんなお化けが本当にいるのだとしたら、


「(……それはおそらく、俺の事なんだろうな)」

 頭から食べたりはしないけど。美味しそうっていうのは、きっと本当のこと。

 ふくふく、とした柔らかそうなほっぺとか、元気な印象を与えてくる日焼けした肌なんて、指を滑らせたら吸い付くように滑らかそうだし。
 瞼に隠された綺麗な金色は、昼なら人々を照らす太陽のように、夜なら夜空に輝く星のように、眩しくも見続けていたくなるものだし。


「……貴方の無防備な信頼は、俺には刺激が強すぎる」
 そっと、ルアの唇に指で触れる。……この唇だってそう。淡く色付き始めた桃の花のような色をして、でも口付けを交わしていけば、きっと苺のように紅く、そして甘みを増すのだろう。


 ……むく。


「……!」
 ルアを見つめながらそんな不埒な事を考えていた為か。突如ユウセイの目が見開かれ、軽くしがみ付いていたルアの体を剥がすようにして上体を持ち上げる。

「…………」
 恐る恐る自分の下肢へと視線を動かし……軽い、絶望を覚える。視線に捕らわれた自分の息子……いや、分身はとっても正直者だった。


「………………とにかく、寝てしまわれたのだから。うん」
 文章はまったくもって整ってはいないものの、これ以上添い寝を続けるのは危険だということが分かったユウセイはベッドから出ようとする。が、


「……王子」
「すーーー」
 ルアが寝るまでずっと握り締められていた右手は、寝てしまってからもまったく持って解かれる気配がなく繋がれたまま。そしてユウセイに、その手を自分から振りほどくという選択肢は存在しない。要するに、ベッドからは出られても寝室を後には出来ない。


「王子……手を、離してください」
「くーー」
 勿論そんな言葉が夢の世界にいるルアに届くはずもなく。


「……」
 勘弁してくれ。内心でため息を吐くユウセイの心を表わすかのように、


 窓辺に飾られた真心の花は花弁をピンクに淡づかせながら、ゆらゆらと花瓶の中で揺れるのであった。




 そして、朝。



「ん……んん?」
 目が覚めたルアは目蓋を擦りながら、あれ? と不思議そうに言葉を漏らす。いつもなら光が差し込んできて明るいはずの部屋が、まだ暗い影を落としたままなのである。

「……あれ、まだ夜?」
 そんな筈はない。もうとっくに朝を迎えている。ぐぅ〜っと鳴りだす腹時計が目覚まし以上にそれを主張している。そろそろ冬が訪れようとはしているものの、ルアが目覚める時間もまだ暗いなんてありえない。第一いつもならユウセイが部屋のカーテンを開けに……


「って、あれ?」
 そこでルアは、やっと部屋のカーテンがまだ開けられていない事に気が付く。いや正確に言えば真心の花が飾られている前の窓だけはカーテンを閉めていない為、そこからは朝の光が差し込んでるものの圧倒的に光量は少ない。そして、


「ゆ……ユウ、セイ?」
 ぎゅ、と何かと繋がれたままの自分の左手。その手を伝って行くと、ベッドの外へと腰かけている見覚えも特徴もありすぎる後頭部を……ルアの手を握ったまま眠っている、ユウセイの姿を見つけた。


「ゆ、ユウセイ? 一体何して……」
 あ。そこまで言ったルアは、昨日自分がユウセイに一緒に寝てと言った事。そして怖くない様に、彼の手をぎゅっと握ったまま寝てしまった事を思い出した。そして同時に、そこからどうしてユウセイがこんな行動を取ったのかも、全部ではないけど、ルアなりに察した。


「……もぉ、手ぇ位離してもよかったのに」
 自分の手を離せず……いや、離さずベッドの傍らで一晩過ごすなんて、まるでお化けから自分を守ろうとしてくれてたみたいじゃないか。いやお化けなんて信じてないけど、そんな感じに見えるじゃないか。


「……ありがとう。ユウセイ」
 おかげで、怖い夢を見なくてすんだよ。

 照れくさそうに、でもいっぱいの幸せを詰めたルアの笑顔を、夢の中にいたユウセイが見ることは出来なかった。もし彼がそれを知ったら、顔には出さなくとも大層悔しがったに違いない。



 そしてその日から三日程。


「ぐしゅっ」
「あらユウセイ、風邪ですか」
「……ぢょっと、な」
「鼻声じゃないですか。ルア様が勉強している間に、医者に掛ってきたら? きっと今日も抜け出すことはなさそうですし」
「……ぞうだな」


 そろそろ冬が訪れるというのにスーツ一枚で夜を越したユウセイは、風邪薬とティッシュを離せなくなってしまったのであった。このことでルアの笑顔もしょぼん、としぼんでしまったのだが。


「ユウセイにはホットハニージンジャーを作れば、きっとすぐにでも元気になりますよ」
「ほ、本当? じゃあオレも手伝う!」
「ルア様が作ったって聞いたら、ユウセイも喜びますよ」
「オレ、頑張るよ!」
「うふふ」

 メイドの提案によってルアが一生懸命作ったホットハニージンジャーは、ユウセイの体をほっこり……なんて生温い感じじゃなく熱々にさせ、次の日には綺麗に風邪菌を追い払ってしまったので。


「王子……ありがとうございます」
「今度からは手を解いていーからね! 離せないんならベッドの中にいてよ?」
「それは」
「いてよ?」
「…………畏まりました」

 元気になったユウセイに礼を言われたルアの顔にも、またいつもと同じ、眩しい笑顔が戻ったのであった。
 ひょっとしてまた一緒に寝てと言われたりするのだろうかと考えるユウセイへは、幸運な事に、答えを教えられる者は誰もいなかったということだ。


―END―
馬鹿な奴ほど愛おしい。この場合はルアだけじゃなく、ユウセイにも言えることでしょう。
おバカな攻めって可愛いくていいと思います。カッコいいだけの攻めなんてつまらないぜ! ユウセイはとことん、ルアの無意識爆弾に翻弄されてればいいんじゃない? と思ったのでした。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました!

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