最近、遊星は疲れているようだった。

 顔には出さないけど、空気も少しピリピリしてて、何か悩んでることでもあるのかなって思った。


「ねぇ遊星。今日、泊っていい? あるいは、泊りにおいでよ」
 だからオレは、少しでも遊星の気が晴れるといいなって思って。困っている遊星に我儘言って、一緒のベッドで寝てもらった。皆にはまだ内緒だけど、恋人として、少しでもオレに何か出来るなら、何でもしたかった。



 そして今、オレは見た事のない部屋に、一人でぽつーんって突っ立ってる。




夢と現の狭間に見たもの




 不思議な部屋だった。


「どこだろ。ここ」

 部屋はとても広くてかなり離れた場所に行き止まりが見える。見上げた天井は横と同じ位離れていて……ひょっとして、天井がないのかな。見上げた先には、満天の星々が輝く夜空が広がっていた。夜だからか全体的にこの部屋は薄暗いけど、何個か床に転がる裸電球が光っているから何かを見るのには困らなかった。

 ゆっくりと部屋にあるものを見渡していく。様々な工具、分解されてパーツになっているがらくたがそれぞれ床に小奇麗に纏められている。古そうな木製の棚にはDホイールやデュエルに関する雑誌や難しい本と、カードが大切に保管されているホルダーがずらっと整理されて並んでいる。その近くにあった使い古された金属製の机の上には、これまた結構古い型のパソコンが置いてあって、オレが見ても分かんない数字やアルファベットを組み合わせた列がズラーって画面に映っている。


「あれ?」
 机の上に置かれていた三つの写真立て。一つは遊星がこないだ見せてくれたサテライトにいた時の仲間達の写真。二つ目はオレ達チーム5D'sが写った写真。そして何故か、もう一つの写真立てにはオレだけの写真が入ってる。ふと視線を上げれば、今まで出会った色んな人達の写真が、たくさん、壁に止められている。


 ……だけど、これって変だ。こんなにもたくさんの写真があるのに、


「どうして、遊星がいないんだろう」
 そう。写真立ての中にも、壁に止められている写真にも、遊星が何処にも写っていない。絶対にいなくちゃいけないのに、どうして何処にもいないんだろう。


「……あれ?」
 おかしいなぁと思いながら振り返ると、さっきは見えなかった部屋の奥に、ぼんやりと赤いものが見える。なんだろうと思ってそれに近づくと、

「え? どうしてここにこれが?」
 そこにあったのは、遊星のDホイールだった。でもどうして、こんなところにこれがあるんだろう。不思議に思いながらもオレはDホイールに近づいて、ちゃんと遊星のものか確認してみる。すると、

「? 何だこれ」
 Dホイールの座席にぽつんと置かれていた、黒い球。ボーリングの球より少し大きい位のそれは、じっと見ていると吸い込まれてしまいそうな黒い闇が水のように揺れ動いて濃淡を変えているのが分かる。今までのものと違って正体が分からないそれに手を近づけてみると、


「! つめたっ」
 突き刺すような冷たさとガラスを触った様な感触がしたと思ったら、突如その球が跳ねて、部屋の中央に浮かんで停止する。


 ピキピキッ
 ジャラララッ

「な、なに?」
 その球を守る様に突如球の表面を分厚い氷が包みだし、更に黒く分厚い鎖が巻かれて錠が設置される。まるでこの球に触れることを拒んでいる様に出現した鎖と氷。オレはさっき球に触れた手をそっと撫でて、さっきの感覚を思い出す。


 冷たさと痛み。そしてその前に一瞬だけ感じた、深くて暗い、様々な感情が入り混じった衝撃。

 寂しさ。悲しみ。怒り。憎しみ。そして、後悔と苦しみ。


 どうしてなんだろう。どうしてあの球からそんなものが感じ取れるんだろう。どうしてオレはあの球に触れた時―――、


「……うん」
 ぎゅっと手を握って、オレは球へと歩み寄る。オレが近付くにつれ氷が厚さを増し、巻き付く鎖が幾重にも重なり中身を見えなくしてしまうけど、オレはそっと鎖の上から球を掴んで、球に、話しかける。


遊星(・・)


 さっきと違って、触れても何も感じなかったけど。オレの言葉に反応するように、ドクン、と球が鼓動する。ガチャガチャと鳴る鎖を束ねている錠を見つめながら、オレはもう一回……何度も何度も、彼の名前を呼ぶ。繰り返す。


「遊星。遊星。遊星」
 ゆらり、と錠が形を変える。0から9までの数字パネルと、*印が4個ある画面。きっと別の場所で見れば、これはパスワードを入力しなくちゃ開けられないと思うに違いない。

 そう。思うに違いない。オレはふっと唇に笑みを浮かべて球を腕で抱えると、教えられた通りに(・・・・・・・・)、長方形になった錠に生体認証のようにピッタリと手を重ねる。すると画面がパァアっと光り、すべての鎖と共に溶けてなくなった。そのまま重ねた手も回して、氷ごと、球をぎゅっと抱きしめる。


「遊星」
 抱きしめている氷は、当たり前だけどひどく冷たい。でも、さっき球に触れた時よりは、冷たくない。バカみたいに名前しか呼ばないオレに、氷の中の球は一つ一つ反応を返してくれる。

 あぁだけど、まだ駄目だ。まだ遠い。こんなにも近くにいるのに、悲しくなる位遠い。


「ねぇ、遊星」
 だからオレは、君を困らせる事を言ってしまう。少しでも近付く為に、普段なら絶対、言わない事を言ってしまう。


「オレの事好きなら、巻き込んでよ」

 ドクンッ! と球が大きく揺れる。気のせいか、さっきより大きくなった気もする。ビキビキとより厚くなろうとする氷。痛いのを我慢してぎゅっと抱きしめると、すぐにそれ以上凍りつくことはなくなる。……本当に、君は優しい。優しすぎて、悲しくなる。


「今のオレじゃあ、きっとたいした役には立てないだろうけどさ」
 ピシッ、と音がする。氷に小さな、亀裂が入る。否定のように入っていく亀裂が、なんだか、嬉しい。

「傍にいるだけじゃ嫌だ。オレだって、君に出来ることはある筈なんだ」
 亀裂の間から、解けた水が流れ出てくる。その水がオレの服を濡らすことはないんだけど、どんどん、どんどん水が漏れ出てくる。


「巻き込まれて、傷ついたって、絶対オレは君の傍に居続けるから」

 ねぇ遊星。君はきっと、気づいているよね。

 オレが球に触れた時、伝わってきた感情。深くて暗い、強くぶつけてきたようなあの衝撃は、



 オレには全部、君の悲鳴に聞こえたんだよ。



「一人で……っ」

 一人で悩まないでって言って、聞いてくれるのならどれだけ楽だっただろう。
 でもそうじゃないから、遊星で。だからオレは、そんな遊星が羨ましくて、つらくて、


「オレを、置いていかないで」

 ずっとずっと、傍にいたいと思ったんだ。


 パキッ、カラ、カラン
 内側から漏れ出る水に剥がされた氷が、床へと落ちて消えていく。そしてオレの手の中に、黒い球が吸い付くように乗っている。さっきの氷よりもずっと冷たくて、まるでドライアイスを抱えている様な痛みを感じるけど……内側に揺れる闇が、随分と穏やかになった気がする。悲鳴ももう、聞こえてこない。


「遊星……」
 君の事、大好き。好きで好きで好きで、すっごく、大好き。

「オレ、強くなるよ。龍可だけじゃない。遊星だって守れるくらい、強くなるから」
 君のこの闇を受け止められる位、君を支えられる位、強くなりたい。


 だから遊星、絶対に忘れないで。遊星がオレ達に言ってくれた、あの言葉を。


「遊星だって、独りじゃないんだからね」

 そう言って、そっと球にキスをする。すると球から部屋の中を包み込む程の白い光が溢れ出て、そこでオレの意識はふつりと途切れた。

 光が溢れた時、誰かがオレを力強く抱きしめた気がしたのは、きっと、気のせいなんかじゃなかったと思う。





 そしてあれから、一週間が経った。

 遊星はなんだか疲れが取れたみたいで、ピリピリした空気もなくなって、今日もブルーノと一緒にDホイールのチェックをしている。遊星の様子がおかしかったのはオレ以外の皆も気付いてたから、遊星が元気になったことを、言わないけど皆安心したみたいだった。

 今思うと、あの部屋は夢だったのかな。けど夢にしてはやけにリアルで不思議な部屋だった。夢だったからこそありえた不思議でもあるんだろうけど、それにしてもリアルで……あーもう、よく分かんなくなってきた。

 それによーく振り返ってみると、遊星の悩みが何なのか一つも分からないままだったし、本当にオレは遊星の役に立ったのかすら怪しい。恥ずかしくてあの部屋の事は誰にも言っていないけど、ひょっとして単なる自己満足の夢を見たんじゃないかとすら思ったこともあった。


 あぁ、けど。あの部屋に行く前まではけしてなかった変化もあった。


「龍亞」
「? なに?」
 チェックの方をブルーノに任せて、遊星がオレの方へと寄ってくる。財布を持っているから、これから買い物に行くみたい。

「えっと、買い物?」
「あ、あぁ。……その、あんまり買う予定はないんだが……その」
 その、あの、と言いにくそうに何度かその言葉を繰り返した後、


「……一緒に、行かないか」
 少し小さな声で、オレに聞いてきた。一緒にってところが少し強調されているのは、きっと無意識なんだと思う。

「……うん! いいよ!」
 嬉しくなって弾んだオレの声に、そうかって、遊星の顔も嬉しそうになった。



 今までは一人で行っていた買い物を、誘ってくれるようになった。それがすっごく、嬉しかった。それはとても小さな変化かもしれないけど、


「龍亞」
「なに?」
「……いや、何でもない」
 時折遊星が何か聞きたそうな顔をするんだけど、何も言わずにオレの手をとって繋ぐようになった。小さな変化がまた、小さな変化を呼び寄せてくれた。



 あの部屋にオレが行ったことで、遊星の中で何かが変化したのなら、

 それは今のオレと同じように、嬉しい変化だといいなって思う。



「今日は新作カードが発売されるみたいだよ」
「なら、帰りに寄ってみるか」
「うん! いこーいこー!」

 繋いだ手はとっても温かくて、ぎゅっと離れない様に、その手を強く繋ぎ返した。


―END―
中々寝付けなかった夜に突如ネタが浮かんで「よっしゃ眠くなるまで書いてみっか☆」という真夜中のノリとテンションと勢いのみで書ききろうとしたけど結局寝ちゃってお昼の理性で整えた美幸さんの超好み設定小説です☆(なんて身も蓋もねぇ解説……!
要するに龍亞は、夢の中で遊星の心の部屋に行った。そんでもって彼の抱えているマイナス(=黒い球)に出会った。そしてそして黒い球に受け入れられて、結果現実の遊星にいい変化を齎した。みたいな感じ。遊星の心の部屋をイメージするのはとても楽しかったですv
元ネタはとある脱出ゲーム(プレイしたのがかなり昔の事なので紹介が出来ないのですが;)で、最初浮かんだネタでは龍亞がマイナスの球を壊して遊星の心の悩みが晴れてハッピーエンド☆ だったのですが、書いていく内にその位で遊星の抱えている闇は晴れんだろ、と考えたので↑の様な感じに路線変更しました。遊星の事だからきっと黒い球を壊したとしても、見えないところにスペアがごろごろ転がってそうだ(笑)

ここまで読んでくださり、ありがとうございました!

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