先生の友達に、会ってみたいと思った。

 ……色々な意味で、会ってみたいと思った。






『デュエルジュニア大会?』
『うん。オレ、その大会に出場したいんだ』

 参加は中学生十五歳以下限定の決闘ジュニア大会。優勝者にはDMカードにも使えるおもちゃ券一万円分と、その次の日に販売される新作カードパックがBOXでプレゼントされるらしい。


『その大会で、どうしても優勝したいんだ。遊星先生決闘強いでしょ? だからお願い。特訓に付きあって!』

 授業が終わり後片付けをしていた龍亞が、遊星にそう切り出したのは昨日のこと。




 そして今、龍亞は遊星の家で自分のデッキとにらめっこしながら、遊星に詰め決闘形式で特訓をしてもらっているのであった。



「たとえばこういう状況にある場合、お前ならどうする」
「んー……ジャンクBOXでモバホンを特殊召喚してー、ダイヤル・オン!」

「ああ、それもいい。お前のデッキは比較的ディフォーマーが出やすいからな。だが墓地には他にもモンスターがいて、手札にはラジオンがいるだろ」
「……あ、そっか! スコープンだね!」

「そう。レベル3のスコープンを呼び出してその効果でラジオンを特殊召喚すれば、パワー・ツールのシンクロ召喚にも繋げられる」
「そっか〜こういうときのチョイスってすっごく大事だね」

「うん。決闘はたった一枚のカードで逆転が可能になるゲームだが、その逆転出来る切り札を上手く使えるかは決闘者の腕に掛かってくる。どんなカードが来ても、ちゃんと応えられるようにしておくのは大事なことだからな」
「……へへ。遊星先生って、やっぱカッコいいな」

「準備をしておくのはいい事だ。決闘だけじゃなく……テスト前の勉強もな」
「それを言わなかったらもっとカッコいいのにな!」

「で、この間の数学の小テストはどうだった」
「い、今は決闘に集中すべきだと思います!」

「五十点満点で、半分は超えたか」
「超えたよ! 三十五点だった!」

「そうか。最近難しい所に入ったからな。しっかり理解出来るよう教えなければいけない」
「ゆ、遊星先生の授業は凄く分かりやすいよ! ……ただそれを学校で聞くと、よく分かんなくなるだけで」


「なら、ちゃんと学校で聞いても分かるよう、またしっかり教えてやろう」
「うん! ……って、そうじゃない今は決闘! 勉強の事はまた次! もー遊星先生は真面目過ぎるんだよ! もう今から遊星って呼ぶもんね」
「……ふっ、そうだな。教えているとはいえ、決闘の時まで先生でいる必要はないか」




 決闘の事を話していた筈がいつの間にか学校の授業の話になってしまい、決闘に集中出来るよう呼び方を変えた龍亞に遊星は唇へ笑みを浮かべる。

 呼び捨ては、恋人モードへの切替スイッチ。だがそれが決闘の事だけ考えられるようになるかは、またちょっと別だったりする。




「じゃあ次は、こういう状況の場合どうする?」
「えっとねーまずパワー・ツ……わぁ!」

 龍亞の場にはパワー・ツール一体、遊星の場にはジャンク・ウォリアーと魔法・罠の伏せカードが二枚。という状況を作った後そのまま自分の後ろへと移動して座り密着してくる遊星に、龍亞の心臓がドキン! と跳ねる。


「ゆ、ゆ、遊星? な、何して」
「同じ方向を見ていた方が、教えやすいだろう?」

「そ、べ、別にそんな、ていうかじゃあ、なんでそんなくっ付いてるの?」
「今の俺は、先生じゃなく恋人だからな。ほら、まずはどうするんだ?」

「しゅ、集中出来ない」
「冷静さを保つのも決闘においては必要だ。まず、パワー・ツールの効果で装備魔法を加える。その次は?」
「え、う、うーん。……じゃあ次は、手札のこのカードを」


 心臓が物凄い音を立てながらも、段々と決闘の事だけを考えていく龍亞を、遊星は後ろから微笑ましい顔で見つめ続ける。時折その可愛さにそっと腕を回したりして驚かせながらも、久しぶりの恋人としての触れあいに、たっぷりと恋人としての龍亞をチャージしていく。



「も、もー遊星! 驚かせないでよ!」
「ふ、すまない。にしても、本当に覚えが早いな。この調子なら、上達するのもすぐじゃないか」
「え、本当? えへへ、そんな褒められると照れちゃうよ」

「本当に、龍亞はちゃんとルールを覚えてくれているから教えやすい……あいつの時は大変だったからな」
「? あいつ?」
「! あぁいや、結構前にな、決闘のやり方を教えたことがあったんだ。……うん」
「遊星?」


 なんだか突然声のトーンが下がった遊星に、どうしたの? と龍亞は訝しげに振り向いて見上げる。心配そうでもあるその目を見て……遊星が、悪い、と頭を撫でる。



「ちょっとな……かなり、相当、教えるのが大変だった奴を思い出しただけだ」
「かなり? え、その人初心者だったの?」
「経験者だったらしいが……殆ど、初心者同然……いや初心者という自覚が欠けていたから、余計性質が悪かった」
「……お、オレに勉強教えるよりも大変?」
「それは同じ位だろうか」
「な、何それ! ……相当覚えが悪かったんだね。その人」

「いや、そうじゃなくて……こっちが予想出来ない考え方をしてくるんだ」
「予想出来ない?」
「例えば……自分の場がこうなっていたとする」



 そう、遊星は龍亞のデッキから、D・リモコンとD・キャメランを場に出す。レベル三のチューナーと、レベル二のモンスター。


「そして手札とエクストラデッキに、共にレベル五のモンスターがいたとする。シンクロ召喚ならこの二体で。アドバンス召喚なら、この内の一体で出来るな」
「うん」



「ところがそいつはこの二体で、レベル五のモンスターをアドバンス召喚した」
「……へ?」



「要するにそいつの中ではシンクロ召喚とアドバンス召喚がごちゃ混ぜになっていたんだ。……後で聞いてみたら、そいつの普段使っているデッキにはレベル五と六の通常召喚出来るモンスターがいなかった」
「で、でも、普通ルールとして覚えてるでしょ!」

「俺もそう思っていたから本当に驚いたが……それだけじゃ終わらなかった」
「まだ何かあったの?」


「シンクロモンスターが手札から出てきた」
「……へ?」

「デッキを四十枚のカードで作るのは知っていたらしいが、シンクロモンスターも入れての四十枚構築をしていた。しかもシンクロモンスターをエクストラデッキに移して再開したら、融合モンスターも手札から召喚された」
「…………そ、その人本当に経験者だったの?」


「だからかなり性質が悪かったんだ。……いや、俺もある意味壁に当たる度に一つずつ教えていったのが悪かったのかもしれない。オレンジ色じゃない特殊な召喚方法のモンスターはすべてエクストラデッキに置くと教えたら、次の決闘では儀式モンスターがエクストラデッキに入っていた。……儀式モンスターは、青色だったからな」
「……た、確かに、相当訳分かんない方へ考えちゃう人なんだね」



「一度教えたことは絶対に忘れないんだが、そこで変な深読みをしてしまうんだ。他にも」
「ま、まだあるの?」

「……墓地のカードが裏向きに置かれ、エクストラデッキがオープン状態だったこともあった」




 ふぅ。肩越しに吐かれたため息の重さに、当時の遊星の苦労が嫌というほど伝わってきて、龍亞は自然とお疲れ様と呟いていた。




「……い、今は、もう大丈夫なの?」
「ああ。今はもう一々決闘を中断して教えなくちゃいけない事も無くなったし、普通に決闘が出来るようになったし、なんなら三回勝負では必ず一回勝利を奪われる位だ」

「遊星に一勝するなんて、大成長じゃん!」
「まぁ、そういうことになるか……だから、あの時のアレを考えれば、この時間は天国そのものだ」

「天国なんてそんな大袈裟な〜。けど遊星がその人に決闘を教えたのっていつ頃なの? やっぱ、小学生の時とか?」
「いや……そうだなあれはまだ大学の入学前で、色々とごたごたしていたのがやっと落ち着いた頃だから……丁度お前に勉強を教え始める、ちょっと前くらいだ」
「結構最近だね」


「そいつとは小学生の時一緒だったんだが、大学が一緒になって再会してな。その時、決闘を始めたと言っていたんだ。だから決闘してみたら……決闘盤が反応しなくて、おかしいとは思っていたんだが」
「シンクロも入れて四十枚じゃね……」

「決闘盤の起動方法は知っていたんだが、いつもエラー音が鳴るからといって、起動した後の使い方を全く知らなかった。だから卓上での決闘しかしたことが無かったらしい」
「なーんかもう、滅茶苦茶な友達だね」


「友達……」
「あ、ごめん違った? 遊星優しいけど、そこまでちゃんと面倒見るってことは友達かなって思ったんだけど」

「……友達……?」
「ゆ、遊星?」




 そこでふと考え込んでしまう遊星に、龍亞は何でここで考えるの? と訳が分からなくなってしまう。と、暫くして重い、重すぎるため息を吐かれて振り返ると……そこには龍亞がまだ一度も見たことのない、苦いというか酸っぱいというか、何とも言えない表情をした遊星の顔があった。




「……友達、とは言えない」

 と、そのままむぎゅうっと抱きしめられ、肩に額を乗せられてまたため息を吐かれる。



「……あいつとの関係を友情だというのなら、俺は道端でたまたま挨拶をした他人とも友達になる」
「つまり、友達じゃないってこと?」

「いや、その……どちらかというと、悪友、だな。恐ろしい腐れ縁みたいな感じだろうか」
「一緒に悪い事してたの?」


「いいや。主にあいつのやった事に俺が巻き込まれて、尻拭いをさせられていた」
「それ、悪友っていうか、ただの被害者なんじゃ」
「あいつはあいつなりに良い所があるんだが……基本、何だかんだであいつはいつでも俺の味方だったし……というかあいつが敵に回ったらなんて考えたくもない。あいつだけは本当に何をするか予想出来ないし、何をしてもおかしくないと思ってしまう。一番成長していて欲しかった所がまったく成長していなかった」


「遊星優しすぎだよ! いっぱい迷惑掛けられたんならびしっと文句言っちゃえばいいんだよ」
「もう言っている。実際に手も出している。俺を知っていてそいつを知らない人が、俺とそいつ二人での会話を聞いて仰天していたからな。その位ちゃんと注意して手を出すのも躊躇わない位にはたっぷりと迷惑を被ってきたんだが……堪忍袋の緒が切れるのは、いつだって俺の方だ」
「その人との付き合いはまだ続いてるの?」
「……まぁ、な」



 というか、隣に住んでるんだが……と言う訳にもいかず言葉を濁しまくる遊星の腕の中で、龍亞はぷりぷりと怒り続けたままだ。ぷりぷりという擬音はきっと遊星の脳内フィルターを通して聞こえている音だと思う。



「遊星を困らせる悪い奴はオレが許さないぞ!」
「その気持ちだけで、充分過ぎるくらいだ。……あと、一応いい奴だと思う。……基本ふざけているし、真面目になることは少ないし、あらぬ誤解を振りまいてはいるが、一応、いい奴だと思う」

「全然足りないよ! ていうかそれいい奴になってないよ。もーその人に会えたら、オレが文句言ってやるのになー」
「いい。それはいい。頼むからあいつとは会うな。本当に頼むから会おうと思わないでくれ」

「……何でそんなにその人の事庇うのさ」
「あいつを庇ってもいい事なんて殆ど起きない。そうじゃなくて、純粋にあいつとお前を会わせたくないだけだ。会ったらまず間違いなく気に入られる。絶対にお前のことを好きになる。そうなったら心臓がいくつあっても足りない……!」



 尋常じゃない遊星の制止に、むくっと、龍亞の中に何かが芽生える。ちくんと、胸が痛む。



「……遊星にとって、その人ってそんなに特別?」
「特別……そうだな。いくら親しくても他の人にあいつと同じ態度は取れない。悪い意味で、一番特別だ」


 その言葉にその何かが急激に膨らんでいって……ぶくっ、と龍亞の頬も膨らむ。そして彼の手を取り、すりすりと頭を彼の肩へと擦りつける。



「龍亞?」
「……遊星。何かオレの悪口言って」
「え?」
「……なーんか、面白くない!」


 とっても優しい遊星が、『あいつ』の事を考えると龍亞の見たこともない表情ばかり見せて、愚痴とも悪口とも取れる言葉を紡ぐ。普通なら遊星のイメージダウンなのかもしれないが、龍亞はそうは思わない。遊星がそうなるのは、彼の中で『そいつ』だけの特別な対応なのだと思い至った。だから、面白くないとぶーたれる。




「そいつばっかりずるい。オレも、遊星と悪口言い合える位、特別になりたい!」
「…………、龍亞……」


 あぁ、その言葉がどれ程の威力を持って遊星の胸を貫くのか……龍亞は何も分かっていない。遊星と恋人同士でも尚恋愛に疎い彼に、初めて芽生えたその気持ちを、遊星が喜ばない筈など無い。




「ほら遊星、悪口言ってみて!」
「……龍亞。今日、何時まで平気だ」
「へ? 今日は、七時までなら大丈……んっ!」


 ぎゅぅ、と抱きしめていた遊星の腕が彼と龍亞を向かい合わせて……キス、キス、キスの、大雨。軽く触れ合うだけのキスからじっと唇を押し付けるキス、そして、舌を絡めて吸う、恋人同士でしかしないディープなキス。

 悪口を言えと言ってどうしてこうなるのか分からなくて……でも遊星とのキスは嫌じゃなくて、遊星のやりたいように体を委ねる。肘が当たったテーブルの上から、重ねていたデッキがぱらぱらと崩れるのが視界の隅に映った。キスを解かれて、龍亞は若干潤んだ目で不思議そうに遊星を見上げる。



「ん、はぁ……ちょっと、遊星、どうしたの」
「……良かった。なら、決闘の特訓は、もう少し後回しだ」
「え? ……ぁ」

 龍亞はそこで漸く、自分の腰に当たっている熱くて硬いモノに気付いて、首まで赤面し湯気を出す。そんな彼の熱した首筋にちゅぅっと吸いついた遊星は、少し浅くなった呼吸で、耳元に囁く。



「……もう、我慢出来ない」

 今すぐに、お前が欲しい。テーブルをどけて、その場で始めてしまいそうな程熱い瞳で見下ろす遊星に、



「……ん。いい、よ」

 龍亞は今この瞬間、遊星にとって自分が一番の特別なのだという事を理解し、嬉しそうに、目を閉じるのであった。


―END―
千バト6にて販売したお試し本のラブレッスンです。このお話で遊星先生は龍亞と『あいつ』が出会うフラグを作ってしまったのでした。


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