甘々10のお題⑧『ぎゅうってして。』
好き好き大好き。遊星先生……遊星のこと、だーい好き。
なのになんで、こんなに寂しいと思うんだろう。
「よし。今日はここまでだ」
「ふわぁ〜っ、疲れた〜」
問題集の採点と間違えた箇所の講釈を終えると、丁度良く時計の針が授業の終わりの時刻を示している。首をこきこきと回した後リュックへと問題集と筆記用具をしまい始めると、遊星が立ち上がって台所へと向かっていく。
「先生?」
「片付け終わったら、ちょっと待ってろよ」
そう言われて暫く待っていると、飲み物の入った白いマグカップを二つ持ってくる。一つは遊星のコーヒー。もう一つは龍亞の為のココアである。彼が龍亞に飲み物を用意するときは、
「今日は、よく頑張った」
「ほ、本当?」
難しい問題を解いたり、いつもよりたくさん頭を使った日。受け取ったココアをずず、と啜ると、甘いミルクとカカオが脳に染みていく感じがして、とってもおいしい。
「先生って、コーヒーに何も入れないの?」
「ん。実は牛乳もガムシロップも切れてしまって、明日買いに行くつもりなんだ」
「じゃあ、いつもは入れてるんだね」
「ブラックでも特に頓着はしないが、どうせならカルシウムも一緒に摂りたいし……だがどうした。急に」
「んー、いやちょっと気になっただけなんだけどね。オレ、ブラックが飲めないから」
憧れるんだ。ブラック飲める人。だって大人っぽくてカッコいいし。
ちょっと苦笑いをする龍亞の話は、まだまだ成長途中の中学生が自分の描く大人に夢見て、憧れているような根拠のない言葉。でも必死に背伸びをしようとしているようなその瞳は、見る者をくすぐったくて優しい気持ちにさせてくれる。
だけど、先生は分かっていますか? 龍亞の言葉に含まれている、巧みに隠されたもう一つの言葉に。
「(先生、あの日からずーーっと変わらないんだよな)」
ずず、とココアを啜りながら、龍亞は横目で遊星の方を見やる。見られている本人は気付いていないように、これまたコーヒーを啜っている。
あの日。この家に龍亞が初めて泊まって、遊星に初めて告白されて……たくさんの、本当にたくさんの“初めて”を経験して恋人になった日。
そう。自分と遊星は恋人同士なのだ。恋人同士の筈なのだ。だけどあれから三週間、授業の数にして六回も二人っきりになっているというのに、まるで以前の状態に逆戻りしてしまったかのように何もしてこなくなってしまった。
恋人なんて初めて出来たものだから何が正しいのかは龍亞には分からない。だけどもうちょっとこう何か恋人だけの特別ーみたいなものがあるのではないか。もっともっと好きな人と色んなことをしたいと思うのではないのだろうか。
「(や、そりゃ確かに色んなことーはもうたくさんやったけど)」
あそこまで深くはいかなくとも、ぎゅぅうって抱きついたりとか、キスとか、そういうこともしたいとは思わないのか。それともそう思うのは自分だけで、遊星はそうでもないのだろうか。
「(先生、結構大人だし……オレが子供だから、してくれないのかな)」
ブラックコーヒーが飲めるというのは、単なる大人へのビジョンの一つだけど。実際に五年も年齢差があったら、色々と我慢させてしまうのかもしれない。好きなことを好きなように出来ない時があるくらい、龍亞だって重々自覚している。……彼の場合は、同じ年の妹だったけども。
「(なんか、恥ずかしいなぁ。オレ一人がっついてるみたい)」
いきなりたくさんハードル飛び越えすぎるのも考え物だけど、だからと言って今まで通りを貫かれてしまったら、どうすればいいのか分からないではないか。求めてもいいのか、手を伸ばしていいのか分からなくなるじゃないか。
「(先生の……遊星の、バカ)」
オレ一人、どんどん好きになってくみたいだよ。浮かんだ寂しげな言葉は、甘いココアと共に喉の奥へと消えていった。
「じゃあ、明日も頑張れよ」
「う、うん。今日もありがとね」
ココアを飲み終わって、そろそろ帰ろうかという空気になる。玄関先で靴を履いた龍亞は挨拶をした後、ふと遊星の顔を見上げる。
「龍亞?」
「あ、うん。あのね」
不思議そうな顔を浮かべる遊星に、龍亞は今自分が言おうとした言葉をぐっと呑み込む。
言えるわけがない。どうして何もしてくれないの? なんて。オレのこと好きじゃないの? なんて。そんな遊星を傷つける言葉なんか、言えるわけない。
「お、オレ。早く……大人になりたいなぁって思った」
早く、大人になりたい。大人になったら、きっと上手くこの気持ちを伝えられると思うから。
「あ、あはははっ、お、オレ何言ってんだろ。ごめんね先生、じゃあまたこ」
「龍亞」
ちょっと待った。恥ずかしそうに誤魔化しながら玄関のドアを開けようとする龍亞の手を、遊星が制する。そしてそのまま、龍亞の体を腕の中へと納める。
「……っわ」
ぎゅうっといきなり抱きしめられて、龍亞は慌ててしまい腕の中でじたばたもがく。だけど遊星は構わず、ぎゅ、ぎゅーっと龍亞を抱き締める力を強くする。龍亞が落ち着いてもがくのを止めても、回された腕が解かれることはない。
「せ、せん、せ?」
「……不安にしたか?」
「え」
胸に顔が押し付けられている龍亞が見上げると、よしよしと後頭部を撫でられる。瞳に映る遊星の顔は……あの日、たくさんの“初めて”を経験した次の日の顔。“遊星先生”じゃなくて、“遊星”の顔。
「すまなかったな。いつも通りに接していないと、我慢が効かなくなりそうだったから」
「え。せ、先生? いったい、何言って」
「だがどうやら、お互いに逆効果だったみたいだな」
「いや、だから、何言って……どうして、なんで」
想いが纏まらないと、言葉も纏まらなくなってしまう。どうして、という単語ばかり、何度も何度も口から零れていく。
どうして、こうして欲しいって分かったの。オレ、そんな事一言も言ってないのに。
「どうしてって、言われてもな」
「え、ぁ」
抱き締めたまま顎を掴まれて持ち上げられると、苦笑する遊星の目と視線が絡む。ドキ、ドキと心臓が早鐘を打ち始める。
「こんなに寂しそうな顔をされたら、我慢も効かなくなる」
不安にさせたな。すまなかった。コツン、とくっ付けた額と近くなった唇から、遊星の抱いていた想いが龍亞へと伝達されていく。
「あ、の。あの。それじゃあ」
「ん?」
不安げに揺れる龍亞の唇が震える……見つめる遊星の瞳が、大丈夫だと促す。今は教師と生徒じゃない。授業が終われば、恋人同士なのだから。
「も、もっと……ぎゅ、て、して」
「あぁ」
リュックの隙間に入れるようにして、遊星の手が龍亞をより引き寄せる。その強さに、龍亞も遊星の背中に手を回す。響く二つ分の心音が、泣きたくなるほど嬉しい。
「龍亞」
「ぅん?」
「……抱きしめるだけで、いいのか?」
「……ん」
遊星の問いかけに、龍亞は恥ずかしそうにしながら視線をうろうろとさせる。でも、龍亞ともう一回呼ばれたら、もう隠すことは出来ない。
「……ち、ちゅーして」
「あぁ」
よく出来ました。そう言って三週間ぶりに触れた遊星の唇は、甘くて苦い、大人のコーヒーの味がした。
遊星先生のこと、だーい好き。
遊星のこと、だーい好き。
バカだなぁオレ。全然気がつかなかった。……遊星はちゃんと、オレのこと見ててくれたんだ。
年下だとか子供だからとかそんなんじゃなくて、恋人として甘えたかったんだ。
またこうして甘えられるのは、次の授業の後までおあずけだけど……つ、次の次になったりするかもしれないけど……。
ねぇ先生。ねぇ遊星。
また、いっぱいいーっぱい、
ぎゅうって、してね。
―END―
龍亞はいつも積極的にいくけど、人の気持ちに敏感だからこういうのもいいと思うのですが欲目?>聞かれてもなぁ
ラブレッスン遊龍亞も十翔同様一般的な恋人同士が体験する順序の階段みたいなのをいきなり4段位飛ばして登っちゃったから、今度はゆっくり地盤という名の赤い糸を強固にしていけばいいよ。ていうかTF4の攻略本見てると、むしろ遊星先生の方がココア飲んでそうに思e>ry
ここまで読んでくださり、ありがとうございました!
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