甘々10のお題I『ずっといっしょだよ』






 永遠なんて、信じない。
 ……信じてないからこそ、憧れる。






家庭教師とハッピーラブレッスン☆






 満天屋ハッピネスタウン。満天屋というデパートと親子関係にあるスーパーマーケット。その一階に設置された食事用スペースにて、一人の男が悩んでいた。遊星である。


「……」
 遊星は悩んでいた。いつもより皺を三本程増やした眉間を更に寄せながら悩んでいた。その背中からは気のせいかゴゴゴゴゴ……という地響きを思わせる音が聞こえてくるし、真剣な眼差しは視点が人に合わされば三人位は失神させられそうな気迫があった。とりあえず滅茶苦茶悩んでいたというのが伝われば嬉しい。


「時計……文房具……ノート……ピンとこないな」
 一体何をそんなに悩んでいるのかと思われるかもしれない。実は今、彼は龍亞に送る為のプレゼントを考えていたのである。プレゼントといっても誕生日のではない。龍亞の……卒業祝いとして贈る、プレゼントなのである。



 遊星と龍亞は、家庭教師と生徒として知り合った恋人同士。そして明後日は、その家庭教師としての最後の授業の日。

 遊星が龍亞に教えるのは中学三年間だけ。だからひとくくりの意味を込めて、今までよく頑張ったというプレゼントを贈ろう。と考えたまでは良かったのだが、そのプレゼントが中々に決まらないという状況なのだ。


 高校生になるという龍亞の立場を考えると、あまり派手なものは渡せないだろう。しかし、かといって文房具やノートなどを渡すのも、なんか、こう、ありきたりではないか。

 そう。ありきたり。遊星が悩んでいる一番の原因は、確かに家庭教師と生徒だけどそれ以上に恋人なんだから特別なプレゼントをしたいという感情から。大抵の恋人達なら、一回や二回位経験したことがあるかもしれない、可愛らしい理由から。

 ありきたりとは王道でもあり結局はそこに行き着いた方が喜ばれたりするものなのだが、そんな妥協的な考えは今の遊星の中には存在しない。 


 高いものを贈ればいいというものではないし、でもちょっと位背伸びもしたい。どうしたものかと悩んでいた遊星の元に、その声は聞こえてきた。



「はいはいはい皆様お待たせいたしました。只今から15分間の特別タイムサービスを開始いたしますっ!」

 催し物などが置かれる特設会場にて威勢のいいお兄ちゃんの声が聞こえてくる。耳を傾けてみると様々な有名メーカーの問屋が協賛し展示品などとして扱われていたジュエリーやアクセサリーなどを商品入れ替えなどの為に一斉棚卸セールをすることとなったらしい。よく見ればお兄ちゃんの声に足を止めたお客達がポツポツと足を運び始めている。


「……行ってみるか」
 このまま座っていても何も閃かなさそうだ。そう考えた遊星はガラスケースの中に納められた宝石やアクセサリーを眺めて行く。天然のサファイヤやルビー、大粒のオパールなどが付けられたネックレスなど様々あるが、やはり女性的。値段はセールなのでともかく、龍亞に贈るには派手すぎる。


 が、その時。興味なさげに眺めていた遊星の目が、一つのアクセサリーに吸い寄せられた。そして次には、


「すまない。これを両方くれ」
 まるで予め定められていたかのように、何の迷いもなく財布を取り出していたのであった。





 そして最後の授業の日当日。最後、というだけあっていつもよりも真剣に取り組んだ龍亞は、ぷしゅぷすと白い煙を出して沈んでいた。そこに遊星が、二つのコップを持って台所から戻ってくる。


「よく頑張ったな」
「あ、やったーココアだ」

 鼻をくすぐる甘いカカオの匂いに龍亞の頭が持ち上がる。ほら、と差し出され口を付けると、あれ、と首を傾げる。いつもと味が違うような気がしたのである。


「先生、ココア変えた?」
「いや。今日はホットチョコを作ったんだ」

 あまり作らないが、結構好きなんだ。そういう遊星のコップにもコーヒーではなくホットチョコが入れられている。特別だと言う遊星に、龍亞は嬉しそうに……ちょっと、寂しそうに笑う。


「……最後、だから?」
「それもある」

 三年間、よく頑張った。遊星の言葉はどこまでも温かくて、心地よくて、龍亞の中にさっと溶けていく。


「……なーんか、寂しいな」

 学校生活とはまた別に、遊星との三年間……恋人になってからの一年間は、特に、色濃い思い出として龍亞の中に焼き付いている。

 遊星と自分が恋人になった始まりである“家庭教師と生徒”という関係が、もう終わる。そう思うと、中学を卒業するのとはまた別に、何だか、寂しい。


「不思議だよね。先生とは卒業してもちゃんと会えるのに」
「何かが終わる時は、大抵寂しいものだ」
「そういうものかな」

 くー、とホットチョコを飲み終えた龍亞は、ふぅ、と息を吐く。遊星も飲み終えているのでいつもなら帰宅の準備を始めるのだが、動く気配がない。ホットチョコを作る時間がココアより長くて準備を済ませたというのもあるが、それだけじゃ、ない。絶対、ない。



「ねぇ先生。……もうちょっと、いていい?」

 まだ、帰りたくない。龍亞の溢した小さな我が儘は、授業が終わって半恋人モードの遊星の理性にボディブローのような一撃を与える。



「…………俺は、別に、構わないが」
「ありがと」

 まるで衝撃を和らげていたかのように沈黙を生んだ後、遊星は言葉を切りながらなんとかそれだけを口にする。幸運にも、寂しそうながらも嬉しそうに微笑む龍亞には、動揺は伝わっていないらしい。



「オレ、思ったんだけどね。きっと先生との授業が終わるのが寂しいのは、ただ終わるからってだけじゃないと思うんだ」
「?」

 不思議そうな顔をする遊星に、照れくさそうに笑う龍亞は、結構、天然の小悪魔なのかもしれない。


「たとえ授業だからでもさ……一週間に二回、遊星と絶対に会えるのがもう終わっちゃうんだって思うと、すっごく惜しいなって」
「……!」

 恋人としてではなく、家庭教師と生徒としての、親公認の授業という名の逢瀬。何があっても、一週間に二回は絶対に会えたのが、もう出来なくなる。龍亞が高校生になったら、今度は遊星が就職活動に力を入れることになるだろうから……今までと同じ位の頻度で、逢えるかどうかも分からない。


「ね? すっごく、惜しくない?」
 寂しくない? そう遊星を上目づかいに見つめる龍亞は、小悪魔なのかもしれないではなく、本物の小悪魔だ。遊星限定の、可愛い小悪魔。

 そんなことを、そんな可愛い事を考えていてくれたなんて。龍亞の可愛らしい甘えに、遊星の口元が無意識に緩む。


 そして、今この時、プレゼントを渡す最良のタイミングになったことに気付く。



「……そう、だな。なら、これもやらない方がいいか」
「へ?」

 言葉を慎重に選択しながら、遊星は龍亞に、隠していた小さな包みを見せる。


「卒業祝いのプレゼントを買ったんだが……そういうことなら、渡さない方がいいか」
「へ!? ぷ、プレゼント!? や、そ、そんなことないよっ、それとこれとは話が別だよっ」

 ちょうだいっ! と慌てて手を出す龍亞に、よかった、と苦笑しながら遊星は包みを差し出す。何だろう何だろうと外から中身を当てるように触りながら取り出すと――、


「お、お守り?」
「あぁ。結構ご利益があると言われているらしい」

 学業でもよかったんだがな。こちらの方がいいと思って。
 彼の話を聞きながら首にも掛けられるように改造したのだろう鮮やかな紅い厄除けのお守りをしげしげと見つめる龍亞は、遊星らしいなと思いつつ、ちょっと残念にも思っていた。よく分からないけど……もっと、こう、恋人同士の、ロマンティックというかなんというかなプレゼントを期待している自分がいたみたいだ。


「あ、ありがとね。先生」
「……」

 たぶん、たぶん無意識に先生へと戻しちゃった龍亞に、遊星は内心、やはりと思った。やはり、間違ってなかったと思った。


「先生としての贈り物なら、それがいいと思ってな」
「……へ? 先生として?」
「あぁ。……“俺”からのプレゼントは、その中だ」

 開けてみろ、とお守りを指さして言う遊星に、戸惑いながらも龍亞はお守りの口を開けて手の上に振ってみる。すると中から……カットボールチェーンの鎖に通された指輪が、掌に滑り落ちてきた。


「え? ……こ、これって……!」
「……一歩進むのに、丁度いいと思ってな」

 チェーンに通された指輪はプチリングではないが穴が小さくて、龍亞の小指にやっと入る程度。指輪として贈るなら、正直言って力不足。

 でも今は、それでいいと遊星は考えた。今の自分では、こんなお飾りのような誓いしか捧げることは出来ないけど、



「お前が学生じゃなくなった時、本物を渡せるように努力する」
 
 それは、龍亞が大学まで行くとしたら7年。短大でも5年は先の未来の約束。遊星はお飾りの様な指輪をチップとして、龍亞の未来を買おうとしている。手に入れると、宣言している。



 つまりこれは……プロポーズの、第一段階。



「……それまで、待っててくれるか」
「……うん」

 うん。うん。感情が溢れて、言葉が紡げなくなった龍亞は、何度も何度も遊星に頷く。嬉しくて嬉しくて、涙で視界が滲んで、それでも噛みしめきれないほど幸せが大きすぎて。


「遊星、好き」

 好き。すき。大好き。俯き、お守りと指輪を握りしめて何度も繰り返す。するとそのまま、移動した遊星によって押し倒される。


「お前は……このまま帰らないつもりか」

 無防備にも程がある。自制が効かなくなりそうだ。そう続ける遊星に、龍亞は何故か、悪戯っ子の笑みを浮かべる。



「あのね、遊星。オレ、実は今日ね。家出る時、“今日は最後だから一時間多めにやるみたい”って言ったんだ」
「……!」

 最後の授業は、いつも通りの二時間。でも龍亞の嘘の伝言を聞いた家族は、三時間だと思い込む。そして授業が終わってしたやり取りの時間を引けば、残り、後四十五分も残っている。特別授業、三回分の時間だ。



「それで……帰り、バイクで送ってくれる?」
「……あぁ。お安い御用だ」
「えへへ……?」

 悪い笑みを浮かべる遊星に、嬉しそうに小悪魔の笑みを浮かべた龍亞は……そこで、遊星の首元で光る鎖に気付いた。その鎖の先は服の中に入っていたのだが、


「……! 遊星、これっ」
「あぁ……本当は、お揃いがよかったんだがな」

 取り出した同じデザインの指輪に龍亞が息を呑むと、遊星はちょっと悔しそうな顔を浮かべる。表面に文字が彫られたリングを二つ挟むようにして作られた指輪は、間に小さな宝石がずらりと連なっている。宝石の色は、龍亞の黒に対し遊星は白。購入した時、もう一色ずつしかなかったのだ。

 でも、そんなこと龍亞にとっては些細な事。遊星と同じ指輪。これが、重要なこと。


「オレ、白も黒も好き。でも……遊星がそれを付けてくれてるのが、一番好き」
「襲うぞ」
「襲ってよ」

 その為に、嘘吐いたんだから。龍亞の小生意気な言霊は、確かに遊星の耳へと届けられ……爆弾の導火線に、点火した。


「卒業おめでとう。龍亞」
「ありがとう。遊星」

 祝福の言霊はホットチョコのキスと交わり、後はただただ甘くて蕩ける熱が交わされ合ったのだった。




 ずっと一緒だよ。 そう言うのは簡単だけど。
 ずっと一緒だよ。 努力もなしに、言ってもいい言葉じゃないから。

 永遠なんて、信じない。 憧れて、渇望して。貴方の事を愛し続けたいと思うから。

 今はまだ、幼い誓いしか出来ないけれど。貴方がもっと大きくなって、俺もちゃんと稼げるようになったその時は、


「お前が死ぬまでの、時間を貰う」


 未来を貰う。奪い取る。掻っ攫う。……だからどうか、その時は潔くその身を捧げて欲しい。委ねて欲しい。
 俺が死ぬまで、貴方は“ずっと”俺のもの。貴方が死ぬまで……いや、死んだ後も、


 俺は“ずっと”、貴方だけのものであり続けると誓うから。

 だから、龍亞。これからも……よろしく。

―END―
遊星のプロポーズは真顔で淡々ととんでもないことを言うイメージ。聞かされる龍亞は堪ったもんじゃないねっ!
作中で龍亞は今度は遊星が就活で忙しくなって逢えなくなるんじゃって思っていたのですが、私的には遊星先生、院に入りそうなイメージがあります。父親があんだけ白衣似合うんだから彼も付けるといいよっ! 絶対いいってっ!(力説ふんふん)

ここまで読んでくださり、ありがとうございました!

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ちなみに作中で登場した指輪は↓を参考にいたしました。絵にカーソルを合わせると龍亞と先生が会話してます。













 遊星の言葉は真実。だが普通に店で買ったら一つ9800円というのも、また真実。ちなみに従業員だった私は千円とワンコインで入手(最終日に店員さんが違ったことが理由?)
 この小説の為だけに購入した私はネタに生きてると思います。
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