問題です。次のテーマについて、理論的にお答えください。






お悩み相談三千円






 ほぼ毎日見てきたものが突然様子を変えると、周囲は大層訝しむ。それが人であったなら、親しければ親しいほど、心配の芽というのももたげてくるものなのだろう。

 いつも元気にわんわんきゃんきゃん吠えながらその辺を駆けずり回っている仔犬がある日から突然静かになり大人しくなったら、大抵の場合何かあったのかと思うのではないだろうか。そうまさに、今のあやつのように。




「…………」

 龍亞が、静かだ。いつもなら無駄に振り回したりしている手を頬にくっ付け、体育座りと頬杖状態でぬぼーっと虚空を見つめている。それだけならまだいい……いやこの時点で充分異常だが……時折、



「……はぁ」

 とか、

「……ふぅ」

 とか、その口からは元気を吸い取ってしまうような溜息が零れてきている。明らかに何かがあったとしか思えない。思えないのだが……





「おい。あやつは何故あのような事になっている」
「それが分からないんだよ。もう三日も経つのに、一体どうしたんだろうね」
 ……時折ちらちらと龍亞の事を気にしながら調整を続けていたブルーノを捕まえて聞いてみた所、俺が知らなかっただけでもう三日もあの状態らしい。そしてその原因は未だ解明出来ず、さらには追究すら出来ないでいるらしい。


「……何故分からんのだ?」
「それは……あ」
 ブルーノが零した声に、その視線を奴と同じ方角へと合わせる。先程まで龍可達のクラスメートにカードの事で相談を受けていた遊星が、龍亞の方へと足を向けていた。どうやら奴も、相当気になっていたに違いない。





「龍亞」
「……あ、遊星」

 心ここにあらずだったのか、遊星の声にも若干反応が遅れている。視線をそちらに向けた龍亞は何故か居心地が悪そうで、遊星もまた、いつもよりも少し眉間に皺を寄せているような印象を受ける。



「……俺では、力になれない悩みか」
「遊星……その、えっと」

 じっと見つめてそれ以上の言葉を言わない遊星に、視線をあちらこちらに彷徨わせた龍亞は、




「……ごめん」
「……分かった。待っている」


 まるで首肯するように俯き、遊星の協力を拒む返事をした。遊星はそれ以上聞くことはせず龍亞の頭を撫でてこちらへと帰ってきたが……その背中からは尋常じゃない哀愁を生み出している。ブルーノが何か遊星に声を掛けようとしていたみたいだが、俺は黙って肩に手を置き、首を横に振って制した。今の奴に、下手な慰めは逆効果だ。


「……やっぱり、今日も駄目だったか」
「今日も?」
「あ、うん。そういえばジャックはいなかったもんね。……龍亞がああなってからさ、遊星さっきみたいに聞きに行ったんだよ。いや遊星だけじゃなくて、僕もクロウもアキさんも龍可もどうしたって聞いたんだけど、教えてくれないんだ」


 特に、性格や立場的に聞きやすいクロウや龍可は、相当聞き出そうとしたらしい。勉強の事かとかデュエルの事かとか具合が悪いのかとかいじめでも受けてるのかとか……だが、それらすべてに龍亞がうんと言うことはなく、口を開く事もなかったという。思いつく限りの悩みがすべて違うと言われ、しかも、


『心配させて、ごめんね。でもこれは、オレ一人で答えを出さないといけないんだ』
 とあの調子の龍亞に気を遣わせてしまって、それ以上掘り下げて聞く事が出来なくなってしまったのだという。というか、そう言うのなら皆の前ではいつも通りを演じろという話ではあるが……いや、それはそれで、何か腹立たしい物があるな。



「……それで、これか」
「そうなんだ。皆なんか、調子が狂っちゃってるんだよね」
 遊星の背中から溢れる哀愁は奴自身の存在を儚くさせているし、遊星の精神面に引き摺られているのか十六夜も元気がない。龍可もクラスメートと明るく話をしているようで視線はちらちらと龍亞の方へと行ってしまっている。クロウがバイトでいなかったのは幸いかもしれない。これ以上部屋の空気を辛気臭くされるのはごめんだった。


 そして、ブルーノによって俺が事情を把握しても尚、事態は、というよりも元の原因である奴に変化はない。この空気を作り出した張本人であるというのに、まったく自覚せず気にせずぬぼーっと上を見上げおって……む。待てよ。




「ジャック?」
 ブルーノが呼ぶ声に振り向く事はせず、俺はずかずかと龍亞の前へと立つ。上を見上げていた為か、遊星の時よりはピントが合うのが早かった。




「ジャック……どうしたの?」
「龍亞。ちょっと付き合え」
「へ?」

 俺の言っている言葉が理解出来んのか、龍亞はぱちくりと目を大きく開く。俺の言動に周囲も何だろうと視線をやってきているが……そのような事、今の俺には関係ない。そして俺は今、一秒でも時間が惜しい。



「いいから、付き合え!」
「へ? う、うわわわわっ!?」

 ガシッと奴の首根っこを掴み持ち上げると、そのままホイール・オブ・フォーチュンの座席へと放り投げ挟み込むようにして座る。むぎゅ、とか聞こえた気がするが、まぁその方が落ちなくて良いだろう。




「ジャック! お前何を」
「龍可! 貴様の兄を少々借りていくぞ!!」

 突然の事態にいち早く我に帰った遊星が俺を止めようとするのを無視して、妹である龍可に事後承諾同然の言葉を掛ける。そして俺はエンジンを入れて発進し、辛気臭い空気で充満したポッポタイムから脱出する事に成功したのであった。








* * *




「お待たせジャック! ブルーアイズ・マウンテンでございます」
「うむ」
 ネオ童実野シティが一望出来る高台。おあつらえ向きに設置されているベンチにて、俺は行きつけのカフェの店員から湯気の上がるブルーアイズ・マウンテンを受け取っていた。最近出来たらしい出張サービスだが、利用するのは初めてだ。食器は後で返しに行くからと帰らせて(とても渋々といった様子で帰っていった)、まずは一口、芳醇な香りと共に絶妙な苦味と酸味を味わう。



「……それで、一体何があったのだ」
「……それ聞く為に、オレを連れ出したの?」
「うむ」
 ベンチの隣に座っている龍亞が、困ったように眉を寄せている。言いたい事はおそらく、じゃあ何故いつものカフェじゃなくわざわざ出張サービスを使ってまでこのような場所に来たのかといった所だろう。



「もし仮に俺には話せる悩みだったとしてだ。……あの場で聞いては、直前に同じ事をした遊星に気を遣うだろう?」
「……」
「そして俺がすぐに行きそうな場所といえば、真っ先に思い浮かぶのはあのカフェだ。奴等はお前の事を大事な仲間として想っているからすぐにでも飛んでくるだろう。が、それでは意味がない。様子を見る限り、どうやらお前の悩みはマンツーマンで聞いた方がいいみたいだしな」
「ジャック……」


 それと、ここ最近連続で飲みに行った為クロウの監視がより厳しくなった。必要経費だといっても聞き入れずギャイギャイ騒がれては、折角のこのコーヒーの味も半減してしまう。なので今回初めてこの出張サービスを利用し、ここで話を聞くことにした。ついでにこいつの悩みも解決すれば、また煩く騒ぐ奴への抑止力となろう。……勿論、少しキラキラした目でこちらを見ている龍亞には、この事はけして話したりしないがな。




「しかしお前の分を頼まなかったが、本当によかったのか」
「……あー、うん。お腹、そんな空いてないし」
「……それも、その悩みのせいか」
「……たぶんね」


 こいつが食欲がないなんて、これはますますもって重大な悩みなのかもしれない。元気のない笑みを浮かべる龍亞の横、夕焼けの広がっていく空を見上げながら、俺は少し慎重に言葉を選ぶ。




「……お前のその悩みは、打ち明けられる人間を選ぶものか」
「……」
「相談出来る者と、出来ない者がいる悩みか」
「……、うん」
「では今ここにいるのは俺だけだが……俺には、話せる悩みか。別に話せないのなら、それでも構わんが」
「…………馬鹿にしない?」



 んん? 



「……聞いてもらっても、いいかな」



 おお?

 予想外にすんなりと口を開いた龍亞に、俺は若干反応を遅らせてしまう。どうやら二人きりという状況もあるが、俺はこやつにとって悩みを打ち明けられる存在だったらしい。遊星や龍可に話せず俺に話せる悩みとは一体何なのだろう。その悩みに若干の興味を示しながら話してみろ、と促すと、……促す、が。




「うん……その、ね」
 もじもじ、いごいご。何故かその先を言うのを非常に躊躇っている様子で、龍亞はそのあのと繰り返す。あぁまどろっこしい。そして焦れったい。ブルーノの話では、こやつの悩みは勉強でもデュエルでも体の具合でもいじめでもないらしいではないか。なら後は一体何があるというのだ。家族関連か? だがそれなら、龍可も知らないというパターンは相当限られてくるはずだが。それとも実は他の者が居たから言えなかっただけでやはり先の四つのどれかなのか? というかやはり、というか……えぇえいうっとおしい!!




「俺に言える悩みならとっとと話せ! くねくねと女の様に焦らしおって、恋に悩む女子かお前はっ」


 そうぴしゃりと叱って、気分を落ち着ける為にブルーアイズ・マウンテンを口に入れる俺に、え? と、龍亞は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。






「凄いジャック。何で分かったの?」

 ん?




「そうなんだよ。オレ、恋の事ですっごく悩んでんだ!!」

「ぶっ!!」




 純粋なる賛辞の色を輝かせてとんでもない爆弾を放り込んできた龍亞の言葉に、俺は口に含んでいたブルーアイズ・マウンテンを噴いてしまう。霧と化して虚空へと散るブルーアイズ・マウンテンは、沈みゆく夕日を浴びてキラキラと美しく輝き……あぁいや、それはいい。勿体無い事をしたが、今はそれ所ではない。


 恋、恋だと!? ガキだガキだと思っていたこいつが、恋の悩みだと!? あぁいや待て相手は龍亞だ落ち着け読みが同じだけで実は違う単語というのもあり得る話ではないか。うむきっとそうだそうに決まっておる!!




「……その、い、池に死にかけのでもいたのか。餌はペットショップに行けばあると思うぞ。そ、それともあれか。こどもの日に飾るというあのでかい方か」
「? あ、ひょっとして鯉の事? 違うよそっちのこいじゃないって」

「か、体にいいのは薄味らしいぞ。ブルーアイズ・マウンテンは別だがな」
「?? あ、もしかして味の濃い? もー違うよジャックそれでもなくて、オレが悩んでるのは恋! 英語で、ラブの奴!!」



 ……どうやら、俺のあがきは無駄だったらしい。純粋そのものの顔で呆気なく抵抗を封じ止めを刺してきた龍亞に、俺は観念するようにブルーアイズ・マウンテンをベンチの横へと置いた。冷めたら風味は消えてしまうが、これからの話の内容によってはまた噴き出してしまうかもしれんからだ。


 だが、素直に奴の言葉を受け入れたことで、納得出来る答えもまたあった。




「……遊星達に相談しなかったのは、それが原因か」
「うん。……何となく、聞いちゃいけないような気がしたから」


 こやつの勘はこれでいて中々鋭い。そして鋭いからこそ、容赦がない。確かに遊星にもクロウにもブルーノにも、そのような浮いた噂が立った事は一度もないし(浮いたらさすがに気付くぞ)、龍亞の目に恋をした事がなさそうだと映っても仕方はないだろう。……んん? いや待て、なら何故俺には話せたのだ。こいつにあの時のカーリーとのやり取りは話してはいない筈だが……カーリー……ん? 待て、おかしい。



「遊星とクロウとブルーノに相談しなかったのは理解出来たが、何故貴様の妹や十六夜にも話さなかったのだ? このような話題は女子の方が得意だろう?」
「んー確かにアキ姉ちゃんなら分かるかなって思ったんだけど……女の人には聞きたくなかったんだもん。聞いたらきっと、また馬鹿にされちゃうし」
「? 人に恋する事が、何故馬鹿にされる事になるのだ。もしやお前の想い人は、クラスでマドンナ的存在なのか」


 だとすれば、きっとくだらん妬み嫉みが飛び交っているのだろう。などと思っていたのだが、問いかけられた筈の龍亞が、え? と不思議そうな顔を浮かべる。



「え? マドンナ? 何の事?」
「んん? お前が恋をしていて、それで悩んでいるのだろう?」
「え、オレが恋を? 違うよそうじゃなくて、恋ってなんなのかなって悩んでたの」
「……は?」


 恋って、なんなのかな? なんだその、哲学じみた悩みは。いや待て。いや待てよ? もしその言葉が真実なら、つまり、こいつの言っている悩みというのは、つまり、






「……お前の言う恋の悩みというのは、お前が誰かに恋をして悩んでいるということではなく」


「そう! 恋って一体なんなのかなーってのが分からなくて、それでずーっと悩んでたんだ!!」





 ………………。



「え? ジャック? どうし、ぃだだだだだだっ!!」



 真相が判明した俺は、無言で龍亞のこめかみに拳骨を当ててぐりぐりと抉ってやる。痛い痛いと龍亞が訴えてきているが、それは無視する。人を散々揺さぶりショックを与えてブルーアイズ・マウンテンを一口無駄にしたのだ。この程度で許してやる俺の寛大さに感謝してほしい。そしてまぁ、大層ほっとしたのも、事実として認めよう。



「ひどぃよジャック……オレが一体何したのさ」
「胸に手を当ててよく考えてみるといい。…………お前が一人悶々とその事について悩み出したのは、恋について女子に馬鹿にされたから、というところか?」
「え、凄いや。何で分かったの? そうなんだよ龍亞君はお子ちゃまだから恋なんて分からないわよねーってさ!! 言われちゃったんだよね!! それがすっごく腹立ってその位分かるって言っちゃったけど……やっぱり分からなくて、それで考えてたんだ」
「あぁ、まぁ貴様がお子様だという事に関しては否定しないが」
「何さそれー!!」
「ブルーアイズ・マウンテンの良さが分からぬ者は皆子供だ……それはともかく。確かにそのような言い方をされたのであれば、お前の性格上同じ女子である十六夜や龍可に相談しないのも納得だな」
「……うん。恋が分からないなんて子供ねって、笑われちゃうんだろうなって思うと」


 思いつく限りの知人の女性をすべて頭の中に浮かべてみたが、【もし龍亞が正直に悩みを打ち明けた場合】をシミュレーションした結果……「子供らしくて可愛いわね」と笑わない女性は、一人も当てはまらなかった。龍亞もそれを無意識に感じていたのだろう。それがたとえ馬鹿にするのではなく微笑ましい感情から来るものだとしても、笑われるという結果は同じ。だから三日もこのような状態が持続したのだ。……聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥というが、今まさにこいつはその一時の恥を掻きたくないばかりに一人で悶々と不毛に悩み続けているのだ。しかも、無意識に周りをも引きずりながら。恋について分からんだけではなく、自分が周りにどれだけ愛されているのかも、よく分かっておらんらしい。





 ……さて。どうするか。脇に置いていたカップを取り、ブルーアイズ・マウンテンを口に含む。生温い液体は、やはり先程よりも香りが消えてしまっていた。




「ねージャック。恋ってなんなの? どうすれば出来るの?」
「龍亞。貴様は、バンジージャンプをした事があるか」
「へ?」
「スカイダイビングでも構わんぞ」
「え、え? いきなり何? どっちもした事ないよ?」
「なら、どのような感じだと思うのだ」
「え、そ、そりゃあ……すっごい風を感じながら、ばびゅーんって下へと落ちて行く感じ? ん、わ、分かんない、けど」

「そういう事だ」
「どういう事!?」

「恋もまた、それらと同じだ。した事のない人間に「どのような感じか」と説明した所で、所詮そいつの中では空想の域を出はしない。加えて人間には十人十色の性格がある。仮に俺がお前に詳しく恋について語りお前が納得したとしても、いざお前が恋をした時に俺が与えた情報すべてが役立つ事はない。詰めデュエルばかりしていても、実際に相手とデュエルしなければ得られない物はたくさんある。それと同じだ」
「……つまり、教えられるようなものじゃないってこと?」
「触り程度なら教えてやれん事もない。ただ、あまり詳しく説明すればその知識が先入観となり、逆にお前から恋を遠ざける事にもなりかねん」
「……じゃあ、ちょっとだけでもいいから教えてよ。このままじゃオレも納得出来ないよ」
「うむ。いいだろう」




 ぶー垂れた顔をする龍亞の隣で、もうすっかり沈もうとしている夕陽を見ながら、俺は暫し言葉を模索する。……こいつの事だからおそらく精通はまだだろう。なので性交をしたいと思えたら恋だというのは憚られる。第一、精通前の男の恋など飯事と変わらん。……キス程度なら、平気だろうか。




「……手っ取り早いもので行けば、そいつとキスをしたいと思えるなら恋だろう」
「ふむふむ」
「それよりも前なら、そいつと手を繋ぎたい。そいつと抱きしめ合いたいになるんだろうが……貴様の場合は、そのハードルが低そうだからな」
「うーん。そうかも」
「ただ海外では挨拶でキスをする国も少なくない。……そいつとだけ、キスをしたい。そう思えるようになったら恋だろうな」
「なるほど」


 キスキスキス、と憶えるように繰り返されると、ずしりと肩に何か重い物が乗ってきている感覚がある。これはきっと……責任だな。今俺はこいつが大人の階段を上るのを見守りながら、いきなり三段飛ばししないように見張っているような気分だ。



「……それとこれはとても大事な事なのだが」
「うん。何?」
「恋をする、という言い方は、間違いなのだ」
「え?」
「女が好きな恋愛漫画やドラマでよく言うが、聞いた事はないか。恋に落ちたと」
「あ、うん。龍可が前見てた漫画に、そんな事書いてた」
「それがおそらく、本来の恋の正しい捉え方だ。恋とは頭で考えるだけで行えるものではない。人によっては、相手に思いっきり振り回され動揺し感情のコントロールが不可能になる者だっている。恋をしたいと言って大勢の異性に会おうと行動する事は出来る。恋をしたいからと自分を磨く事もいい事だ。だが最終的にはいつだって、恋に落ちたか否かなのだ。その相手に出会えるか否か。それだけは誰にも分かりはしない」


「……恋は、落ちるもの」
「そうだ。ただ、その落ち方にも個人差はある。いきなり落とし穴に嵌った様に真っ逆さまに落ちて行く者もいれば、自覚出来ぬ程緩い傾斜の下り坂を歩き続け気付けば落ちていた、という者だっているだろう。貴様がどのような落ち方をするかは、その時が来れば分かる筈だ」
「ちなみに、好きかどうか分からないけど告白されたって場合は?」
「されたのか? ……すまん愚問だったな」
「愚問って何さ! よく分からないけど馬鹿にしたよね今!!」
「ふむ。確かにそれは少し難しいな。俺ならば付き合う事はしないが、先程も言ったようにゆっくりと恋が芽生える事もある。どうしても嫌だと思える要素が無いのなら、付き合ってみるのも一つの経験になるかもしれん」
「どうしても嫌って、その人の事殆ど知らなくて分かるものなの?」
「第一印象というのはとても重要視されるものだ。あと声や匂いなら、初めて出会った者相手でも分かるものだろう? ……無いとは思うが、それを正直に言ったりするなよ」
「言わないよ!! さすがに失礼だって分かるし!!」



 憤慨するように頭から湯気を出している龍亞を尻目に、最後の一口を飲み終えた俺は、そろそろ帰るかと考え始めていた。コーヒーも飲めたし、こやつの悩みも大幅解決しただろうし、もういいのではなかろうかと思っていた。が、ふと視線を見やればそこにはまだまだ知りたいという欲求を隠しもしないいつもの龍亞の顔があって……うむ。やはりそろそろ仕舞いにしよう。あまり長く連れ出していたら、遊星達に余計な事でとやかく言われそうだ。



「お前は確か、女子に子供だから恋が分からないと言われたんだったな」
「うんそうだよ。だから知りたいんじゃん」
「人間は体の作り的に、どうしても女の方が大人になるのは早い。精神面もな」
「……ほぼ同じ年の女の子に子供って言われた気持ちなんてジャックには分からないよ」
「そう僻むな。第一、俺から言わせればお前にそう言った女子も、充分子供だぞ」
「え?」
「当たり前だろう。その女子達が恋に落ちた事があるのかどうかまでは知らんが、その事で貴様にお子様だから分からないだろう等と口にするのは、自分はガキだと大声で言うようなものだ。本当の大人ならそのような事は言ったりしない」
「ジャック……」
「貴様が子供なのは当たり前のことなのにな」
「その一言はいらなかったかな」
「まぁしかし、良かったではないか。三日もかかったが、貴様は俺に相談をしたことで有意義な答えを得る事が出来た。お前に子供だから分からんだろうと言った奴も子供なのだと気付き、恋について少し知ったことで大人への階段を一段上ったのだ」
「大人の、階段? オレ、ちょっとは大人になったの?」
「ああ。恋について悩み考えるというのは、大人への大きな一歩だ。そしてほんの少し知ったことで、貴様は今大人の階段を一段上ったのだ。だから良かったではないか」
「大人……」




 自分を馬鹿にした相手は子供 + 自分は今日大人の階段を一段上った。


 この二つを当たり前で何でもない事のように言ってやればどうなるか。……聞かずとも分かる。見る見るうちにキラキラと輝きだした、こいつの目を見れば一目瞭然。





「さて。そろそろ帰るとしよう」
「うん!! へへ、なーんかお腹空いてきちゃった」
「うむ。今日はカップラーメンの日だな」

 それって毎日でしょ? それはブルーアイズ・マウンテンの事だ。龍亞にカップとソーサーを持たせて後ろへと挟み込み、俺はすっかり暗くなった道を下り、家路へ……つく前に、カフェの方へと走るのであった。








 そしてカフェを経由しポッポタイムへと帰還すると、そこには龍亞達のクラスメートの代わりにクロウが帰ってきており、皆で俺達の帰りを待っていたらしい。ご苦労な事だ。



「たっだいまー!!」

 皆俺に対して何か言いたそうに口を開いたが、それはすべて俺の後ろに乗っていた龍亞の、いつも通りの笑顔と元気な声によるお気楽な挨拶が封殺した。どうやら龍亞の悩みが俺によって解決したというのを理解したらしい。いつもの調子を取り戻した龍亞に対し、皆どこか安心したような顔を浮かべている。……まったくこれだけ想われているのにも気づかんとは、ある意味で、将来大物になるのではないだろうか。



「ジャック」
「何だ」

 龍亞を取り囲みわいのわいのと盛り上がっているのを見ていると、いつの間にその輪を抜けたのか遊星がこちらへと声を掛けてくる。



「……ありがとう」
「ふん。何の事だ」

 わざととぼけてやると、いや、と奴はそれ以上言う事はなく、クロウにヘッドロックを掛けられている龍亞へとまた視線を戻す。すると、




「ところで、龍亞はいったい何で悩んでいたんだ」
「つーかよー、三日もいったいなーに悩んでたんだ? そろそろ白状しやがれ!」

 視線を合わさぬまま俺に尋ねる遊星の言葉と、龍亞を捕まえたままのクロウの言葉が同時に俺達の耳に届けられる。ふむ、と口元に手をやる俺の前で、龍亞は少々くすぐったそうに、嬉しさ120%の声でこう答える。



「内緒ー♪」
「だそうだ」


 まぁ、貴様等には少々荷が重たい悩みではあったな。
 と龍亞の言葉に続けて肩をすくめてやると、クロウがまたギャンギャン喚いてくる。


「んだそれ!! 俺等に言えなくてお前には言える悩みって何だよ一体!!」
「それは」
「あ、ジャック駄目だよ!! ぜーったい内緒だからね!?」
「ということだ。ジャック・アトラスは応援してくれる子供の味方だからな」
「子供じゃないよーオレもう大人だよ?」
「龍亞の何処が大人なのよ」
「大人になったんだぞ!! 見えないかもしれないけど」
「龍亞。言葉は正しく使え。お前は大人になったのではなく、大人への階段を一段上ったのだ」
「あ、そっか。そうだったそうだった。とにかくジャックのおかげで、オレ大人の階段登ったんだv そしたら悩みも吹っ飛んじゃった!」
「うむ。こいつもいつまでもガキではないという事だ」


 恋を理論と理性で語れなどと無理難題をふっかけてきたのも、いつか笑い話として語れる時が来るのは、案外遠い未来ではないのかもしれない。……まぁ、その場合はブルーアイズマウンテンは横に置いておこう。あのような勿体無い真似は、何度もしたいものではない。


「……大人の階段?」
「そーそー! オレ自分でも知らない内に、大人の一歩踏み出してたんだって!!」
「……ジャック。大人の階段とはどういう意味だ」
「……ふっ。まぁ、まだ一皮剥けるまでには至っていないがな」
「それもすぐだもん! オレもちゃんと、成長してってるんだからね」
「うむ」
「……」
「(遊星の目が超怖い……)」



 いつもなら宥め役の遊星も何故か黙ったままなので、騒ぎが収まるのにはもう少し時間を要するだろうが。



 少なくとも、あの辛気臭い空気よりは遥かにマシだ。ふと視線が交わった龍亞が擽ったそうに笑ったから、俺もふん、と笑ってやった。


―END― 

「ところでジャックー、腰が痛いんだけど」
「あぁ、少々(座席に)強く打ちつけたか」
『……!?』

「お尻もちょっと痛いよ。ジャックがぐいぐい(車体に)押してくるから、凄く擦れちゃった」
「だが、(落ちなかったから)良かっただろう」
「それはそうかもしれないけどー」
『!?!?』
この後、ジャックと龍亞が付き合い始めた疑惑が生まれ、もうちょっと混乱は続く事になる。勿論、ジャックにも龍亞にも、他意なんて一切ないんだぜ。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました!!


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