【ぬくぬくが好き】

遊星×龍亞




 夜空へ浮かぶ満月は、冷たい寒気に満ちた闇によく映える。

 そんな、冬のある日。午後6時。寒いのが嫌いな遊星が、大急ぎで龍亞の元へと向かった時の事。



『? 龍亞』
「あ、遊星。もう来ちゃったの?」

 いつもなら点いている筈の部屋の明かりが消えていて、風呂にでも入っているのだろうかと思っていた時、カラン、と自転車を出そうとしている龍亞を見つけた遊星は庭へと音を立てず着地する。


『どうした。どこかに出かけるのか』
「うん。ちょっと買い物」
『……明日じゃ駄目なのか』
「うん。今日の晩御飯だからね」
『……』

 猫の顔のまま、遊星の顔が少々不機嫌そうに歪む。満月の夜という妖力と性欲が最大限に高まる日に、その欲を受け止める対象をすぐに貪れない。しかもすんごく寒いのでとっとと家に入って温もりたい。人間でいうところの、放置プレイ、否、お預けプレイか? ……とにかく、妖怪だろうが畜生に変わりない遊星に、我慢するというのは苦痛でしかないのである。


『……ミルクの後じゃ駄目なのか』
「っ! だ、駄目。絶対駄目!」
 絶対ミルクだけじゃ終わらないじゃん! 頬を真っ赤にして抗議する龍亞は、それに、と言葉を続ける。


「それに、遊星のご飯もなくなっちゃったから、一緒に買いに行こうと思って」
『! そうか』
 龍亞の出してくれるご飯は、とても美味しい。首輪を付けているとはいえ龍亞の家には住んでいない半分以上野良猫同然の遊星にとって、龍亞の出してくれる餌は最後のライフラインだ。それがないというのは確かに大変なことである。


「どうする? 先に家に入って待っとく?」
『……こたつを』
「こたつは点けられないよ。だって留守にするんだし」
『なら、付いていこう』
 寒くて暗い部屋で待つなんてごめんだ。ひょこひょこと髭を動かす遊星に、ほんと? と龍亞の顔が明るくなる。


『店は、いつも行っているあそこか』
「うん。どうする? 籠に乗る?」
『……いや。変身して、付いていこう』
「え、今から変身するの?」
『……顔を覚えられているかもしれない』

 今は半野良でも昔は完全な野良。色々と龍亞にも言っていない事情を抱えているらしい遊星は、待ってろ、と龍亞から少々距離を取る。ひた、と満月を見つめながら降り注ぐ月光と高まる妖力に身を任せると、次の瞬間には人間へと姿を変えていた。


「あれ? なんかいつもと服がちがっ、え、何!?」
 変身した遊星はいつもは見ない長袖の服を着ていて、それに首を傾げようとした龍亞に突然遊星がしがみ付いてきた。何、何!? と慌てる龍亞に、

「寒い」
「え、寒い……あ、そ、そりゃあ、寒い、よね」
 てっきり、人間に変身したから我慢出来なくなったのかと。そんな失礼な事を考えていた龍亞は、押し付けられている遊星の腹にあはは、と乾いた苦笑を零す。どうやら遊星は変身する際気合いと妖力を多く込めればいつもの服の上に長袖も出せるらしいが、ただでさえ寒がりなので、それだけでは寒さを凌げなかったようだ。どんな服かイメージ出来ない人は、アニメのあれ、と思えばいい。どんな説明だ。


「あの、遊星。離してくれないと買い物行けないよ」
「寒い。嫌だ」
「遊星ったらぁ」
 ガッチリと龍亞を離さない遊星に、龍亞は凄く困ってしまう。彼が寒がりだっていうのは重々承知しているが、人間の時にこんなことをされたらやはり恥ずかしいし、腰のあたりにぐるっと巻き付けられた尻尾が結構くすぐった……

「あぁ!」
「っ、耳元でいきなり大声を出すな」
「ぁ、ご、ごめんごめん。ってそうじゃなくてさ、尻尾だよ尻尾! あ、それと耳も!」
「?」
「一緒にお店行くなら、耳と尻尾を隠さなくちゃ。でなきゃ」
 イタイ人に見られる、とはあえて言わなかったが、まぁ事情を知らない人が見て遊星に都合よいことは考えないだろう。

「この尻尾、妖力で短く出来ないの?」
「…………出来ないみたいだ」
 沈黙が長かったのは、どうやら試してみたかららしい。伸縮は今まで散々やって来たが本来の長さより短くしたことはない為、ぶっつけ本番では無理だったようだ。


「んーじゃあ、ちょっと来て」
「龍亞?」
 大声を出したことにより緩くなった抱きつきから、よいしょ、と体を引き剥がした龍亞に手をひかれ、家の中へと入る。ここで待っててね、と遊星を玄関に置いたまま、龍亞は足早に走っていく。

「……」
 外よりは寒くない玄関にて、そういえばこの家の玄関を見るのは初めてだ、とか思っていた遊星の元に、何かを持った龍亞が走り戻ってくる。

「これ。父さんのなんだけど、着てみて」
 渡されたフード付きのダウンジャケットは、少々大きいながらも遊星の体へとフィットする。内袖が付いているのか手の隙間から寒い空気が入ってくることもなく、とっても温かい。

「さっきみたいに尻尾をお腹に回せば、外からは分かんないよね。耳もこーやってフードを被れば」
 耳寝かせて、寝かせてと言いながらフードを頭に被せれば、確かに、何処にでもいそうな青年へと早変わりだ。フードに付いたファーが少々くすぐったいみたいだが、これ位は我慢してほしい。

「さ、行こ。結構遅くなっちゃったし」
「……そうだな」
 次変身する時はこれが出せるようにしよう。とってもぬくぬくなダウンジャケットは、遊星のお気に入りになったのであった。





「いつもよりいっぱい買っちゃったなぁ」
「……色々なご飯が売っているんだな」
 カラカラ、と自転車を引きながら歩く龍亞に合わせて、遊星は自分用のご飯が入った袋を持って一緒に歩いている。初めて店の中に入った遊星は、様々な種類のキャットフードに惹かれペットの餌コーナーから動かなくなってしまったのだ。だから龍亞はいつもなら買わない他の餌も買ってあげることになってしまった。

「いっつもは買えないからね! 親には遊星にご飯あげてるの内緒にしてるんだから」
「苺も食べれる。今日は贅沢だな」
「本当にね!」
 オレの財布は貧乏になっちゃったけどね! 拗ねるようにカラカラと小走りする龍亞を、遊星も同じスピードで追いかける。袋に腕を通して、ぬくぬくダウンジャケットのポケットに手を突っ込んで歩いている彼を、人間ではなく化け猫が変身した姿だとはまず気付けないだろう。


 だがその時、

「!!」
 何かの……ナニカの気配を感じ取った遊星が、弾かれたようにある一点を見た。ぱさりと落ちたフードから現れた耳と、ジャケットから出た尻尾がビンビンと立ちその正体を探ろうとする。
 それは自分と似たような気配……同じ妖怪の類であり、自分と同じ位の、強力な妖力を有している妖怪の気配。袋を落として出した手は、相手の出方によってはすぐにでも戦闘に移れる構えだった。
 しかし、

「遊星?」
 呼ばれた声に、遊星はハッと振り返る。突然立ち止まって、袋を落として怖い顔をしている遊星を、怪訝そうに、心配するように見つめる龍亞の顔。

「どしたの? すっげー怖い顔して」
「え、あ、……」
 あぁ、そうだ。……龍亞を、巻き込んじゃいけない。遊星は逆立てた気配を深呼吸をしながらゆっくりと落ち着かせ、そのまま消した。そのまま待ってみたが襲ってくる気配はない。どうやら向こうも戦う気はなかったようだ。

「なになに? なにかあったの?」
「……いや。なんでも」
「なんでもなくないでしょ?」
 袋を拾う遊星に、龍亞は質問の体制を崩さない。それだけさっきの遊星が、滅多に見ることが無い顔をしていたというのが大きい。そんな彼に、遊星は

「……龍亞」
「な……」
 何? と聞き返そうとした龍亞の言葉は、そっと触れてきた遊星の唇によって途切れさせられた。ビックリして逃げようとする龍亞を尻尾で捕えて、ちゅ、ちゅと何度もキスを繰り返す。


「けほっ、な、何? なんなのいきなり」
「龍亞……、欲しい」

 今すぐ欲しい。今すぐミルクが飲みたい。今すぐ……お前がいっぱい欲しい。熱っぽい遊星の瞳と言葉に、龍亞の顔がガチンと凍りついた。


「だ、だ、だ、駄目に決まってるじゃん!! ここは駄目! せめて家まで待って! ていうか尻尾と耳隠して! ご飯もまだでしょ!?」
「ミルクの為ならご飯は我慢する」
「ご飯の為にミルクを我慢してよ!!」
「……、……なら両方我慢しない」
「なんでそうなるの!?」
 ヤバい。遊星目がマジだ。ハンドルを握る龍亞の手に、じんわりと汗が滲み出る。ヤバい。このままじゃ、本当にここで……!

「!」
 その時、龍亞の頭に妙案が浮かびあがった。彼はその閃きに導かれるまま、えいっと遊星に手を伸ばし、……ジャッ! とダウンジャケットのファスナーを下ろした。とそこに、タイミング良く寒風が通り過ぎる。

「!!」
 ダウンジャケットに守られていたぬくぬくが一気に消えたことで、遊星の意識がミルクどころではなくなった。急いでファスナーを上にあげ、ぬくぬくを育てるようにその場にしゃがみ込む。そんな彼の頭にフードを被せながら、ほら、と龍亞は帰宅を促す。

「ここじゃ寒いから、早く家に帰ってこたつ入ろうよ。えっと、苺も食べるんでしょ?」
「……、……あぁ」
 こたつと苺。寒さに耐える遊星に、その二つはとても魅力的に響いた。それが分かったのだろう。龍亞もようやくほっとした顔を浮かべ、早く帰ろー、とカラカラ自転車を引っ張って行く。が。


「……帰ったら、しこたま貪り尽くす」
 ダウンジャケットに口を埋めようとしていた遊星の言葉は、幸か不幸か、龍亞には聞こえず地面へと落ちたのであった。


―END―
あれ、なんか久しぶりにENDマーク付けた気がする(愚神紀ばっか書いてたからです)
実はこの小説以前えななさんとの合同誌に寄稿させていただいたジャッカリの『フルムーン・ハングリー』とリンクしていまして、遊星が感じた強力な力の正体はカーリーを探しに出たジャックのものだったという設定の上書き上げました。……その合同誌出たの、去年のSCCなんですけどね!!(汗)
しかしこの蟹猫、本能に忠実である。いつかマジでアオカーンしそうでドッキドキですね!←コラ
ここまで読んでくださり、ありがとうございました!!

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